(第1話あらすじ続き)
…俺はアラームをセットしたままTATAMI宿に飛び込んだ。
やはり居た!
コーリャンタウンの”ワンハンド“のタレコミ通りだ。
とうとうNO.2に手が届いた。
’PiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPi’
部屋中にアラームウォッチを鳴り響かせる。
「ゲロッパ!!お前には黙秘権などない!全ての罪状は睡眠捜査官であるこの俺がこの場で決める。」
いつものセリフを言いながら、俺が放った“ランギッドショット”が奴に命中した。(ランギッドショット…昔はショックを与える“スタンガン”というもの を使っていたらしいが、現代では当たった相手が倦怠感、無気力に襲われるこちらが主に警察では使用されている。)
確保した容疑者は横向きに寝ながら澱んだ眼でこちらを眺めている。
俺は男の鞄を開け、物色をした。
「ほう?こりゃ何だ。アイマスクか。これで1 年、蛇型の抱き枕か?これは。2年。それに…ちょっと待てお前ローズヒップ…いやラベンダーティーも服用しているな。あーあ、たまげた!肉球付きのモコモコスリッパまで持ってやがる(苦笑)。合計で懲役12年ってところか?とりあえずの罪状はこんなもんだ。しかしまぁ余罪でもう2000年ぐらいはぶち込めるがな。」
「死刑廃止に感謝しな。」
そういって俺は無気力で怠そうにしている男を立たせ、入室前に争ったボディガード達の死体を足で端に寄せながらその場を後にした。…こいつらの後始末は他部署がやってくれる。もちろん今月分の正当防衛クーポンにはまだ余裕があるので大丈夫だ。
「さあ車まで歩くんだ」
俺は男を無理矢理警察車両まで歩かせた。
男はランギッドショットが効いているにもかかわらずなにか俺と話したがっている。
俺は停車中のPat-Remotor(無人警察車両)の後部座席に犯人と並んで乗り込み、署に向かった。
気だるさの後を引きながら男はゆっくりと話し出した。
「…なぁ刑事さん。最後に観た夢はいつだ?」
今日は酷い渋滞だったので不本意ながら少し会話に付き合うことにした。
「そんなのはとっくに忘れたよ。…あれは人間社会の負の遺物だ。」
「本当にそう思うのか?」
「あぁ思うさ。歴史を見てみろよ。産業革命前に戻りたいと思うか?インターネットなしの社会を考えられるか?睡眠法もそれと同じ事なんだ。」
男が言った。
「…かつて産業革命は『人間らしさ』を奪っていった。インターネットは『家族関係』を破壊し、そして睡眠法は個人の『夢』を取り上げた。
それは人間性の 『最後の砦』だった。…こうして人類は存在の理由そのものを根こそぎ奪われたんだ。」
男は段々と意識がハッキリとしてきたらしい。
ランギットの効き目が落ちている。
熱くなった俺は反論した。
「ご都合の良いことを言っているが、この理想の社会は人間が自ら寝ないで支えているんだ。
産業革命が悪だとか言うがそのおかげでどれだけ多くの人々が飢えなくなった?
インターネットのおかげで人は素晴らしく多くの物資に恵まれ、 睡眠法は日本を遥か遠く世界一の超大国に押し上げた。
他のどこの国が全く眠らず100%稼働し続ける国に勝てるって言うんだ?
それをお前らテロリストが旧時代に戻そうとしている。俺にはまったく訳がわからないね。」
それは刑事として生きてきた俺の本心だった。
男は少し間を置いて語り始めた。
「…なら聞くが、なぜ金持ち達は産業革命で得たその有り難い大量生産フードを食べない?
なぜ成功者達はインターネットよりも高級車を乗り回したり現実世界を好むんだ?
そしてまたなぜ権力者達の多くが俺たちに接触して何時間も何時間も眠りに耽るんだ?」
俺が言葉に詰まっている間に、男は話し続ける。
「…連中が少量しか採れない自然栽培された有機食料を食べ、最先端技術のはずの仮想現実を楽しまず、
あらゆる媒体が提供する代理体験を毛嫌い、実体験を好む。
また、今は可能なはずなのに24時間寝ないで働こうともしない。」
「…なぜだ? 」
「さぁ答えてくれ。刑事さん。」
…俺は苦しかった。俺もわかっているんだ。だがそれを認めるわけにはいかなかった。
なぜなら俺は刑事なのだ。しかし男の論理に押されてつい言葉が漏れてしまった。
「…その必要がないから…それは理想…ではないからだ。」
…そうなのだ。自分が本当に食べたい物を食べたい時に食べ、表に出て自由に表現したいことをし、
また、愛する人が自分の腕の中で眠る幸せというものがあるという事も俺は知っていた。
「…しかし…俺は、刑事で…お前らはテロリストだ…だからー」
「ありがとう!刑事さん。今日はここまでにしようか。」
そう言うとほぼ同時に、男のピアスから霧状のガスが噴射された。
「な…にを…。」
高濃度クロロフォルム・ヘイズ(麻酔煙)だった。
「まぁ、たまにはゆっくり寝たらいい。」
「…Sleep-tight(おやすみ)、刑事さん。」
(続く)