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目を開けた瞬間、違和感を感じた。身体が重たい。指はいつもより心做しか太い。王宮でメイドさんたちに王子様にいつ会っても良いようにと完璧に整えられたソレじゃない。目の前に鏡はないけど、髪の毛が目に入る。茶色だ。私の髪は白金色のはずなのに。胸がざわつく。
これは…私の身体じゃない。
記憶がはっきりとしない。 学園の古い部屋、埃っぽい本棚、奇妙な光。女の子の声。
「珍しい本を見つけたの。見てほしいな」
アレは誰だった? 顔も名前も思い出せない。学園に通う貴族の令嬢の一人、ただそれだけ。私が知るはずもない人。平民の私には、貴族の顔なんて覚えられる訳がなかった。
なにがどうしてこんなことになったのか、分からない。
私はミーティア・シルヴァ。平民街で育ち、貧しいながらに市場で貧相な野菜を買い、子供たちと笑い合って、癒しの力があることを知ってからは、人を助けながら生活してきた。
ある日、貴族に連れられ、王宮に行き、そこで私の血に王族のものが混じってると知らされた。よくわからないけど、私の力が必要だと言われて、たくさんの大人に囲まれた。白金の髪と蒼い瞳を褒められ、笑顔を向けると皆が喜んでくれた。それが私の日常だった。なのに、今、この身体は…誰?
半ば強引にメイドさんによって強引に屋敷に連れ戻されたとき、私はまだ何も理解できなかった。使用人たちが「エレシア様」と呼ぶたび、首をかしげる。エレシア? それがこの身体の名前? 私はミーティアなのに。鏡を見ると、茶色の髪とブラウンの瞳。私の白金の髪はどこにもない。私の力、指先から溢れる暖かな光も感じられない。代わりに、弱々しい魔力がわずかに脈打つだけ。
屋敷の中は豪華だ。ふかふかの絨毯、きらきらした燭台、毎日違うドレス。でも、私には窮屈だ。平民街の小さな家で、母と一緒に粗末なスープを飲んでいた方がよっぽど落ち着けた。使用人たちは丁寧だけど、冷たい。誰も私のことを見ていない。まるで、ただの飾り物みたいに。
幾日もの日々が過ぎても、王宮からの便りは来ない。私の癒しの力はもう使えない。貴族たちの噂話が耳に入る。あの女――私の身体を奪った女――が、ミーティア・シルヴァとして王宮で輝いているらしい。私の名前で、皆を癒し、皆に愛されている。私の髪、私の目、私の力で。彼女は誰なの? なぜ私の人生を? 考えるたび、頭がぐちゃぐちゃになる。
日が経つにつれ、断片が繋がり始めた。あの女、エレシア・ベネット。伯爵家の令嬢。学園で何度かすれ違ったかもしれないけど、私にはただのお貴族様の一人だった。名前も顔も覚えていなかった。彼女がどうして私を騙したのか、わからない。でも、彼女が私の身体にいる。私がここにいる。入れ替わったんだ。どうやって? あの光、あの部屋…魔法? 私は本を読んだこともないから、魔法のことはよくわからない。でも、きっと何か悪いことをされたんだ。
この身体では何もできない。舞踏会に出ても、誰も「エレシア」には注目しない。笑顔を見せても、ただの礼儀として受け取られる。私の力はもうない。平民街で子供の傷を癒したときの笑顔、王宮で兵士を救ったときの感謝の言葉――チカラを使って感謝されチヤホヤされる。それが私の喜びだったのに。全部、奪われた。
彼女――偽のミーティア――は、私が私だった時以上に成長し、王子に愛されているとの噂を耳に入れた。私の力を使って、人々を虜にしている。私の人生なのに。私には何も残っていない。この茶色の髪、この平凡な顔、この弱い魔力。私のすべてだった輝きは、彼女のものになった。
夜、屋敷の窓から星空を見上げる。エレシアはよほど目が良くないのか、星がぼんやりとしか見えない。平民街の家から見た星は、もっとキラキラしていた。母に会いたい。市場の友達に会いたい。でも、この身体で帰っても、誰も私をミーティアだと信じないだろう。母すら、私を単なる貴族の娘だと思うかもしれない。
助けてくれる人はいない。王宮の貴族たちは、偽のミーティアに夢中だ。私の力、私の笑顔、全部彼女が持っている。私はただのエレシア。誰も知らない、誰も気にしない存在。どうしてこんな目に? あの女に何をされた? わからない。考えると、頭が痛くなるだけ。
私はただ、元の生活が好きだった。癒しの力で人を助けて、笑顔を見ること。あとはちょっとチヤホヤされること。それだけでよかったのに。私の世界が、私には十分だった。それなのに、なぜ奪われたの?
涙がこぼれる。この身体は私の牢獄だ。逃げられない。叫んでも、誰も聞かない。私はミーティア・シルヴァだったはずなのに、今はただのエレシア・ベネット。知らない女の身体で、知らない人生を生きるしかないのだ。