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目の前には血の海に沈んだ男
何も映すことはないその瞳は、確かにゆらゆらと視界に揺らされながらも此方を睨んでいたのだ。
その睨む瞳に対して、私は悲しい涙を忘れようと精一杯な優しい微笑みを彼へ向けた。だが、その見つめ合っていた時間も数分足らずで終わる。
彼の睨みは段々と也を潜めていて自身の生を求めて動いていた喉も、もう息をする事を諦めようとしていた。
嗚呼、嗚呼、やっぱり無理だったのか、
何処か人間離れしている君は、
こんな状態になっても大丈夫なのかもしれない
その可能性を少し信じていたからこそ君が死に向かっていっていることに驚いた
君も今まで殺してきた者たちと同じ人間だった
本当に、これが最期となるのだ…。
だがこの彼に苦しみを与えたのは他でもない自分だ、この感情の支配から逃れる為には私は親友を殺さなければいけなかった。
「可哀想な、可哀想な、ドス君。
苦しいよね、ごめんね」
その痛みを思うと私も涙が止まらない。早く楽にさせてあげなければいけないのに私はそれ以上何もすることはない。
血の海に沈んでしまった彼を抱き上げて、涙しながら彼の美しい顔を見つめていた。
その時間は数秒だったか、数分だったか、
「さようなら」
彼がその瞳を閉じようとしている事を悟った私は、再び血の海へと彼を戻して死に顔を見ようともせず別れを告げたのだ。
『また会いましょうね』
彼の声で返事が聞こえた気がした。
最期に聞くその声を、言葉を、私は心に留めた。
次に会うこととなるのはきっと地獄だろう。
君が死んだ日から少し経った頃、
真の自由意志を証明するという自身の目的を果たした私はこの組織に居続ける意味は無いだろう、なのにどうしてか此処から離れる考えはなかった。
そうやって組織で今までのように過ごしていく内にもすぐに気付いた。ボスもシグマ君もブラム君も彼の死を話題にも表情にも上げることはないということ。彼がいた日常との変化は何も起こらないということ。
君が居なくとも本当に世界は回ってしまうのか、
君が死んだあの日は全て夢だったのか、
ふと彼が頻繁に出入りしていたアジトの一つに行ってみたくなった。思い至った理由は何故だか分からなかった。
異能を使って苦労して歩くこともなく、すぐに君がいた部屋の前へ辿り着いた。何時も電子機器の明かり一つを頼った真っ暗の部屋。
ゆっくりとドアノブに手を掛けて、キィと音を立てて部屋を開いた。
「また会いましたね」
死んだ筈の彼がその部屋にはいた。
「どうしましたか、死人を見たような顔をして」
耳に届く声も、不思議そうに首を傾げる仕草も、
何も何も変わっていない。
「ぼくが死んだ夢でも見ましたか?」
そうか、あれは夢だったのだろうか、
「貴方が僕を本当に殺す日を待ってますよ」
何も映さない瞳は、確かに全てを知っているかのように此方を見つめていたのだ。