揺られている。真っ暗な中で目を覚ました。何も見えない。ただ何も無いCD-Rの中で独り、うずくまっていた。
私はぼんやりとした頭で考えていた。私はどこへゆくのだろう。誰の元で私としての役割を果たすのだろう。大切にしてもらえるのだろうか。マスターになる人を愛することができるのだろうか。でもきっと、考えていても無駄なのだろう。
がたんと大きく揺れて、また何も無かったかのように小刻みに揺れる。私は再度眠りについた。
ピーンポーン
俺は飛び起きた。土曜の朝九時半。こんな早く来るとは思っていなかった。急いで布団をたたみ玄関へ走る。埃が朝日に照らされきらきらと舞った。勢いよく開け放つと宅配の配達員が驚いたように目を見開いたが、俺は構わず判子をポケットから取り出した。
「ここに押せばいいんですよね」
「は、はい……はい……OKです。ありがとうございましたー」
やる気のなさそうな配達員からひったくるように荷物を受け取り、意気揚々と家に戻る。
ワンルームの安マンション。キッチンは錆びたコンロとシンク。床がギシギシするのは当たり前。時々、鼠が天井裏を駆ける音が聞こえる。そんな所だったが、俺みたいな金のない大学生が住むには事足りる場所だった。
足元の服やらペットボトルやらをぞんざいに蹴り飛ばし、パソコンのデスクの前に座る。待ちに待ったこの時が来た。俺は机の中を引っ掻き回しハサミを取り出す。そして中身を傷つけないようゆっくりゆっくり封を開けた。中身をそっと引き出す。思わず声が漏れた。「来た……」
〈初音ミク V4X〉
幾度となく見てきたお馴染みの青緑のツインテールが眩しいくらいに輝いて見える。見慣れた衣装も肌も全部美しい。自分の心臓が気持ち悪いくらいに拍動しているのがわかる。こちらを見つめる綺麗な瞳があまりにも綺麗で、美しくて、愛おしい。
はっと意識が戻る。いつまで見ているつもりだろう。パソコンにインストールしなければ意味が無い。急いで電源ボタンに手を伸ばす。
ボタンに触れたところで手が止まった。金属特有の冷たさが指先に伝わる。俺は本当に、曲を作れるのだろうか。曲を作って発表できるのだろうか。本当に「初音ミク」を使えるのだろうか。
いや、作ってみせる。使って見せる。この子に、「初音ミク」に曲を作って歌ってもらう。
パソコンの電源ボタンを押してマウスを握る。起動する間、俺はいつの間にか懐かしい歌を口ずさんでいた。
――あのね早くパソコン入れてよ どうしたのパッケージずっと見つめてる――
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