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あー死にたいな。」ぽつりと漏れてしまった本音。
その言葉を聞いて正面に座っている男はガタリと座っている椅子が倒れる勢いで立ち上がった。「なんですかそれ」怒りとも悲しみとも取れる瞳で俺を見つめるのは1つ年下の俺の恋人。
「んーん。なんでもないよ」とヘラりと笑っても彼の表情は変わらず何かあったら相談しろだとか誰に何されたとか質問攻め。
別に隠してるわけでもないが彼は今年受験生。余計なことで悩ませる訳にはいかない。「今日暑いからさ…暑いと死ぬーとか女子高生言うだろ?」「冗談でも死にたいとか言わないでください。木葉さんが死んだら俺も死にますから」
俺の言い訳で納得したのか倒れていた椅子をなおし何事も無かったかのように座る。ちらりと時計を見ると11時を指し示している。「もう、こんな時間か…寝ないとな…」 明日も早いし。「そうですね、木葉さん今日一緒に寝ましょ」 俺の手をグッと引っ張る。感情を滅多に出さない赤葦がオネダリをする時にする癖。
可愛いからいつもみたいに甘受しようと思ったけど今日だけはダメ。
「ごめんなー赤葦。明日早朝からなんだ。起こすのも悪いし今日は別で寝よーな?」頭にぽんと手を乗せる。俺の大好きなくせっ毛のある黒髪。これに触れるのも最後だと思うと心が痛くなる。
「…分かりましたおやすみなさい」少しくぐもった返事であったが不満そうな顔をして了承し自分の部屋へと戻って行った。
俺は明日死ぬ。予定。俺の会社はブラック会社で、サビ残当たり前、休日出勤当たり前。最初のうちは社会ってこんなんなんだな…とか得意の器用貧乏精神で何とか乗り越えてきたのだが最近の待遇には少々骨を折る。朝5時から出勤。オフィス掃除から始まり先輩の仕事を押し付けられプラス自分の仕事もこなす。お昼も食べられるかどうか。でも、大好きな恋人の手作り弁当を残すのも悪いのでお茶を片手に一気に流し込む。
赤葦は栄養を考えて沢山の種類のおかずを入れてくれるのだが、速さで言ったら麺類が1番食べやすいため毎日カップラーメンでいいと思ってる。赤葦に怒られるから言わないけど。
でも、そんなことよりどんなことより嫌なことがある。「木葉くーん、ちょっとこっち」気持ちの悪い音が耳に響く。あいつだ。
怒らせたら何をし出すか分からないので素直に声の方へ向かう。「木葉くーん、ちゃんとご飯食べてるー?腰こーんなに細いよー?」 するりと腰に手を回される。気持ち悪い。「す、すいません。午後の会議資料の作成があるので失礼します」「そーかー、わかったよ!頑張れよ~」俺をお尻をぺちりと叩く。
気持ち悪い。男にセクハラされる俺も俺だけど恋人がいると言っている人に向かってあんなに触るものなのか。どうせ、自分は奥さんに愛想を尽かされて欲のはけ口を探しているだけだろそんなこと言葉が喉まででかかったため必死に飲み込んだ。
この前少し反論したらお前の恋人とか言うやつ犯してやるからな。なんて言われた。あいつは俺の恋人が男だって知らないからこんなこと言うのだろうけど、そんときは本当にこいつを殺そうかと思った。俺ならまだしも赤葦に手を出そうとしたら絶対に許さない。
だから俺は我慢する。世間からすれば訴えればいいとか言われるかもしれないけど出来ないんだ。怖い。こいつが半端な判決で直ぐに出てきて仕返しされたら。そう思うと誰にも言えない。昨日漏れてしまった本音は置いとくとして。
休みなんて言ったらドヤされるから無断欠勤って形になるけどまぁいいか。朝5時。いつもは会社にいる時間に俺は自殺スポットで有名なとある山に来ていた。下には流れの早い川。水深は低そうだしここから落ちたら確実に死ねる。
いざ、死のうとしてもやはり人間の本能は生きようとするみたいで足が竦む。息も途切れ途切れになる。「はぁ…はぁ…。あかー…し…、怖い…よ…」涙で前が見えなくなる。
死にたい、でも死にたくない。赤葦とずっと一緒にいたい。でもあの会社に居たくもない。自問自答を繰り返しているうちに俺は過呼吸を起こしその場に倒れ込む。
だんだん遠のいていく意識。「あか…し…」最後の力を振り絞って出した言葉は俺の大好きな恋人の名であった。
・木葉さんが変だ。最近思い詰めた顔ばかりする。そして昨日ぽつりと呟いた「死にたい」の一言。
俺が何かしただろうか。…心当たりは無いし職場なのか?最近帰りが遅いし、朝も早い。一緒に寝ててもスマホの通知がなる為に小刻みに震える。
大丈夫だよとぎゅっと抱きしめるとビクッと体を震わせるが落ち着いたようにすーすーと寝息を立てて寝始めた。最初は悪夢でも見たのかと思っていたがある日木葉さんがお風呂に入っている時に届いたLINE。
見てはいけないと思ったが人間、好奇心には勝てないらしい。カチリと電源ボタンを押す。『明日、4時に来てくれるかなー?彼女さんのお名前けいじちゃんって言うんだね!男の子の名前みたい~』『手出されたくなかったら早く来てね』
寒気がした。こんな奴が木葉さんの上司なのか。今すぐにでもこいつを殴ってやりたかった。俺が4時に行って殴ってやろうかなんて考えた。
でも、このことを木葉さんに問いただすのは野暮だと思った。察するに前からこのようなLINEが来ているのだろう。けど木葉さんはこのことを顔に出さない。絶対に。仕事?楽しいぞーなんて言って無理して繕っている木葉さんの努力を踏みにじるみたいだから。まぁ、木葉さんに手を出したは木葉さんがなんと言おうと警察に届けるし仕事も辞めさせる。
今思えばこの思考を何故もっと早く実行しなかったのか。今となっては後悔しかない。
朝起きると部屋の小さな机に白い紙切れがあった。そこには大好きな人の字で『赤葦、ありがとう。ずっと大好きだからな』嫌な予感。急いで木葉さんの部屋に行くと昨日から寝ていないのかベットは綺麗なままでスマホも充電されっぱなし。昨日の夜と何ら変わりない部屋で木葉さんだけが居ない。
玄関に向かうと木葉さんのお気に入りの赤いスニーカーだけが無くなっていた。血の気が引いた。木葉さんが死んでしまう。
その言葉だけが頭をグルグルして気分が悪くなる。もし死ぬとしたらどこだ?人目のつかない場所…。「…!」近くに自殺の名所の山がある。絶対そこだ。そこからの赤葦は無我夢中で走った。いくら運動部だからといってこんなに走ったら喉から血の味もする。でも、そんなこと今は関係ない。大切な人がいなくなってしまうのと比べたらかすり傷。「木葉さん…!!」
『命を大切に』なんて立て看板のある崖に辿り着く。そこにはあの赤いスニーカー。言葉にならない。彼は飛び込んだのか。スニーカーだけが寂しく置かれている。「木葉…さん…な、なんで…!!」
止められなかった俺にもセクハラしている上司にも腹が立つ。そして、俺をおいて死んだ彼にも腹が立つ。「木葉さん…待ってて…ください」
綺麗に整った赤いスニーカーの隣に自分の黒いスニーカーを脱ぎ捨てる。眼下には流れの早い川。ゴクリと唾を飲む。「木葉さん、俺も行きますから待っててください」
目を閉じ意識を手放そうとしたその時。
「あかーし!!!!待って…!!」後ろから誰かに抱きしめられる。その瞬間大好きな匂いがぶわっと鼻に飛び込んでくる。「こ、木葉さん…!?」目を真っ赤にして息も絶え絶えに俺より少しだけ小さい先輩がグリグリと頭を押し付ける。
「ごめんなさい、ごめんなさい」子供のように泣きじゃくる木葉さんを宥めながら崖から離れる。近くの木の麓へ行き腰をかける。
「こ、木葉さん!あんた死のうとしてたんでしょ!?」元はと言えば俺がここに来たのは木葉さんが死のうとしてたからだと思い出し木葉さんの肩をぐらりと揺らす
「…うん…ごめんなさい」溢れる涙を袖口で拭いながら彼はそう答える。
そこから木葉さんが受けたパワハラ・セクハラについて聞き出した。最初は、はぐらかそうとしたらしいが途中から母親に怒られる子供のように身を小さくしながらぽつりぽつりと話し出した。幸い、服の上から腰やお尻を触られただけで(それだけでも許し難いが)それ以上はされていないらしい。
「木葉さん、仕事やめましょ。俺、進学じゃなくて就職します」俺は最初から木葉さんを養う予定だったからそれが少し早まっただけのこと。「あかーし絶対そう言うと思ったから言いたくなかったの…」鼻声混じりに話す木葉さんがどうしようもなく愛おしくてきつく抱きしめる。「分かりました、木葉さんは働いてもいいですけど何か嫌なことがあったら絶対に言ってくださいね。約束ですよ」「うん…約束する…」同じ男のはずなのに俺より白くて細い小指を絡めとる。
・あれから数ヶ月。木葉さんは職場を辞め、あの上司は地方転勤になったそうだ。警察にも相談したため木葉さんへの接近禁止令を出されたらしく俺たちは今遠くの町外れに住んでいる。
「あかーし!海、海!!」子供のように目を輝かせながら窓際にある大きな海を指さしている。「木葉さん、今度こそ死にたいって思ったらあの海で一緒に心中しましょうね」
少し前の木葉さん自殺騒動の腹いせに出た言葉。いつもの木葉さんのように笑ってはぐらかせると思っていた。
「うん。約束な」あの時絡めた小指を俺の方へすっと差し出す。
『死がふたりを分かつまで』という言葉があるが、俺たちは『死』すらも共有してしまうかもしれない。それくらいお互いに依存しあっている。
『指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲―ます、指切った』