「げげっ! なんっ! なのっ! こいっ! つはっ!」
大蛇がルーヴァを目掛けて何度も大口を開けて迫ってくる。彼女は深緑色をしたリスのラタを両足でしっかりと掴んだまま、世界樹を滑降するかのように地上へと向かって高速で飛んでいる。
「スネークだろ? フロッグにでも見えるのか?」
ラタが小ばかにしたようなセリフを吐く。
「それくらい、あーしでも分かるわ! バカ言ってないで、なんでこんな蛇がいるかって聞いてんのよ!」
「いや、分かんね」
ルーヴァの返しにも、ラタは短く返す。本当によく分かっていないようだ。
「はぁ?」
「そっちこそ、バカとか言わずに魔力で感じ取ってみろよ」
「魔物ってことも分かるわよ、バカ! なんで、魔物がこんな世界樹の上層に現れるのよ!」
「それが分かれば苦労しないんだよなあ」
ラタはどこかに隠していた木の実を頬張りながら、余裕そうな表情をしている。ただ運ばれているだけなので、本人は割と気楽なようである。
「いい加減怒るわよ!」
「そう、カッカしないでくれ。まあ、推測だが、普通の鳥かなんかに巻き付いて、たまたま上の方に落とされたんじゃないか? アニマルは妖精と違って、魔力で魔物を探知もできなければ、対抗する術も持たないしな」
木の実を1つ食べ終えたラタが、今度は腕を組みつつ眉根を上げて難しそうな表情で、ルーヴァの疑問に推測を提示する。
「魔物が動物を利用して、世界樹の上層に? ってことは、厄介ね。そこの蛇のあーた、もしかして、話せるわけ?」
「話せると思うぜ。俺らの会話に微かに反応してるからな。楽しいお喋りまではできないだろうけどな」
ルーヴァは散々追い掛け回されて、ストレスも疲労もピークに達していた。ストレスの半分はラタによるもののようだが。
「……気付かれたか。まあ、いい。我が名はヤクルス。高位の魔物族にして、貴様ら同様に話せる存在だ」
大蛇はヤクルスと名乗り、しばし攻撃を止めた。そして、舌をチロチロと出しつつ、いつでも動き出せる準備は怠っていない。ルーヴァとラタはお互いに顔を見合わせた後に、大蛇と会話ができると思われるので、彼女が警戒をしつつもその場に留まるように翼を動かす。
「魔物……族? まあ、いいわ。それじゃ、話が早いわね。さっさとこっから出て行ってもらえる? 魔物のあーたがおいそれと居ていい場所じゃないの」
「そーだ、そーだ!」
ルーヴァは手短にヤクルスへ警告した。出ていけという言葉に大蛇は苦虫を嚙み潰したような表情をつくる。
「そうやって貴様たち妖精族は特権階級と言わんばかりに居丈高にしているのだな」
「はあ? 樹海はともかく、世界樹は妖精族が適切に動かしてこそ機能するのよ? 魔物が世界樹にはびこっていると世界がおかしくなるってママに教えてもらわなかったの?」
「……癪に障る物言いは貴様固有かもしれんな。無論、知っている。故に、魔物の世界にするには世界樹を掌握することが必要だ」
ヤクルスは魔物の世界を創るために世界樹の掌握を狙っているとはっきり伝えた。それは今の世界に破滅をもたらすと言っていることと同義である。
「マジで言ってるわけ?」
「そーだ、そーだ!」
「冗談だと思えるならそのまま思って去ってくれ」
「できるわけないでしょ?」
「そーだ、そーだ!」
ルーヴァはヤクルスに警戒しつつ、ラタをじとっとした目で見遣る。
「あーた、自分だけ省エネしてない?」
「そーだ、そーだ! うわ、やめろ、何する。くちばしを近付けるな!」
ついにキレたルーヴァがラタの頭や身体を鋭いくちばしで突き始める。
「貴様らの無駄話には付き合ってられん! 我が糧となれ!」
ヤクルスは再び大きな口を開けて、ルーヴァとラタを捕捉する。今、口が閉じれば、彼らは大蛇に丸呑みにされる。しかし、彼らからは不安や警戒の感情がなくなっていた。
「あーら、無駄話もいいものよ? だって、ほら、強力過ぎる助っ人が来たから」
口が閉じきるより前に、ムツキがつっかえ棒のようにヤクルスの上あごと下あごを全身で止めた。
「これは蛇か。いや、でかすぎるだろ」
ムツキは何も恐れることなく、ただ一言呟いた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!