あの後の記憶はよく覚えていない。気付いたら警察の人に連れられ、いくつか質問された。どうしてあの場に居たのか、とかあの人たちとどういう関係だとか色々質問されたがそれに返答する余力はもう残っておらず、何も言えないままその日は終わった。
2月22日、関東事変と呼ばれたあの争いから何日経ったか分からない。段々と大事なものを抜き取られたような寂しさが増え、もう日付を数えることすら出来ない。
『……イザナくん』
イザナくんが居なくなった久しぶりの外の世界は、酷く濁った色をしていた。どこを見渡しても真っ黒で、叫び出したくなりそうな恐怖に押しつぶされる。
どこに居るの。どこに行ったの。
置いていかないでよ。私も連れて行ってよ。
何度泣いても何度願っても、優しく慰めてくれてこの真っ黒に染まった傷を癒してくれる彼は戻ってこない。ただやってくるのは深い後悔と寂しさ。
暗黒に放り出された絶望と何かが欠けてしまったような喪失感に魂を失ったように歩く。親の元には帰りたくない。待っているのは罵詈雑言だろうし、今の私にはそれを我慢出来る余裕なんてない。出来ればイザナくんと過ごしたあの家に帰りたいが一応これでも誘拐された身だ、場所なんて分かるはずがない。
果てしもない絶望に体の中から何かが落下していくのを感じる。
体が干からびそうなほど泣き、視界が霞む。乾いた瞳が水分を求め、瞬きをするたびに目の下が染みる様に痛む。心に残る悲しさが冷たい水のように喉を潤す。
心も、体も、全てが痛い。身も心もイザナくんを求めている。だけどこの飢えを満たしてくれる存在はもういない。
『イザナ…くん』
もう、いっその事。
掠れた思考の中で、1つの光が浮かび上がってくる。木の枝から取れたリンゴの様にストンと胸に落ちてきた考えのままフラフラと足はとある場所へと進む。
この苦痛から解放出来る、自分の人生に区切りをつけられる場所へと。
『あいにいくね』
2月22日、関東事変
神奈川最大の不良集団・横浜天竺と東京最大の暴走族・東京卍會の総勢約500名によるこの抗争は逮捕者5名および死者3名を出す凄惨な結果で幕を閉じた。
逮捕者は天竺幹部5名
死者は佐野エマ、黒川イザナ、稀咲鉄太の3名
「聞いた?××さんとこの事件。」
数か月後
とある古びた団地の前で30代後半あたりの女性2人組がヒソヒソと密談をしていた。
「あぁ知ってる。ちょうどウチの子と同じ学校なのよ、そこの娘さん。」
酷く憐れむような目で団地のとある1部屋を見つめる女性は何かを思い出したかのように言葉を続けた。
「名前は確か……○○ちゃんだったかしら。親が暴力的な人でいつも傷だらけだって…」
「あぁ、そうその子。○○ちゃん。」
探していた答えが見つかった様に女性は首を縦に振る。そしてもう1人の女性に続けるように憐憫の眼差しを送る。
「両親はボロボロに殴られたような形跡があって、○○ちゃんは自殺だったよね…」
「そうなのよ!暴力団に関りがあるんじゃないかって噂されてるらしいのよ。」
2人の視線の先に映る団地にはもう誰も住んでいない。所詮、事故物件というやつで数週間前にニュースで事故内容が悲報されていた。
とある家族3人が死亡した事件。
第一通報者の証言によると母親、父親と思われる男女2名は体中に殴られたような形跡があり、何者かに殺害されたもよう。娘と思われる女子中学生は原因不明の自殺。
警察では現在、鑑識含め犯人の捜索を行っている。
テレビの中に居る女性キャスターが痛ましそうな顔でニュースを読み上げる。
とある病院に入院中の男性は同じようにそのニュースで悲報されている内容に顔を曇らせた。
「……」
男はまだ痛む腹を押さえ立ち上がり、電源ボタンを押した。
🎴 🔚
コメント
4件
めちゃめちゃ、悲しい😭 けど、本当に最高でしたぁぁ
最後まで最高でした😭 最後鳥肌でした