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一つだけのコンロにも慣れた。
色々な、「拒否」を突きつけられて、飲み込んで、それが血肉となり精神となり
この静寂なワンルームを手に入れたのだった。
千尋は自分だけのセミダブルのベッドに寝転がり、うんと伸びをした。
「最高…!」
もう、誰にも怯えなくていい。
仕事から帰って、冷たいビールを一杯やる衝動をグッと抑え、晩ご飯のための食材が2人分冷蔵庫にあっただろうかとか、お風呂のお湯をいつ張ろうかとか。
目を閉じて、思い起こす。
カオリが実はAと両想いで、でも本当はXと付き合っていて。
***
Aとは、入社してからの同期だ。
なんとか広告関連の会社に就職した私たちは、デザインを勉強してきたのにも関わらず営業職での採用で。
おそらくよく気が合った。
不動産関係の担当になり、外回りが多くなったことで、全く気付かなかった。
Aとカオリが社内でこんなに仲良くなっていたなんて。
すらりと、足が長く細身のカオリは、同じく長身のX(10才以上年上のーーーー)とよくお似合いだった。
Xはうちの会社に出入りしているデザイン事務所のボスで、黒いロングコートが似合う稀な男だ。
カオリが吸い付けられるようにXの肩に寄り添いながら、夜のタクシーを拾うのを何度か見たことがある。
「どうですか、今回のは」
広告の誤植チェックをしていると、まだ帰社していないXがいた。
珍しく、微妙な至近距離で私の横に座る。
ああ、目線の先にはカオリがいた。
おっさんの癖にバレバレなのが恥ずかしい。カオリの気を引く当て馬にされていることをスルーして、笑顔を作る。
ゴミだ。こいつら。
Aは、不機嫌そうな顔で、最近のワイシャツはシワが目立つようになった。
どいつもこいつも、「私」を搾取していく。
ーーコツ、コツ、コツ
「千尋、これ今更なんだけどこないだ旅行のお土産。
あ、Xさんもどうぞ」
カオリが、小さなクッキーを私とXに差し出す。ヒールの音が床を突き刺さすように冷たく響いた。
思わず、カオリの瞳をじっと覗き見る。
ねえ、分かるよね?
この男たちは私たちのことを搾取することしか考えてないんだよ?
どうせカオリも時が経てば、私と同じ目に遭うんだよ?
私はもう、うんざりしていた。
だから、待つことにした。ずっとずっと待つことにした。
あの、私だけのワンルームで。
カオリが男達にうんざりするその日まで。
「ありがとう、カオリ。
大好きだよ」