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「たのもう!」
主人公ノエルが俺に発した第一声がこれである。
……勘弁してほしい。
※
俺とキースを乗せた馬車は問題なく進み、定刻に学園へ到着した。
王立リタルダンド学園──略して王立学園と呼ばれるそこは広大な敷地の中に城と見間違えそうなほどの建物が校舎として聳え立っている。
ここは16歳から18歳までの貴族の子女が集い、高等な教育を受ける機関だ。高校みたいなもので、学園の中では家格の序列を関係なしに平等に接する校則があり、社会性を養う場所でもある。
平民は国教会──この国では女神フォルテが信仰されており、国教となっているのだ──が運営している学園に通うことが常となっているが、特例として何かに秀でている場合は王立学園の奨学生として入学することが可能だ。
俺は侯爵家なので、王立学園に通うことが決められていた。
……この王立学園に通うことで王太子の婚約者選出イベントが発生するので、どうにか避けたくて、見識を広げたいという理由をもとに隣国であるコーダに留学することも両親へ提案したが、泣いて反対された。解せぬ。可愛い子には旅をさせたほうが良いと思う……コーダだって安全な国なわけだし。
まあ、ともかく。
色々と画策はしたものの、王立学園入学は避けられなかったわけである。
ゲーム補正ってやつかもしれない。怖いわ……。
ただ、まったく同じかといえば少し違うこともある。
兄であるキースはゲームだと魔塔──この世界には魔法使いを取りまとめた魔塔という国家組織がある。名前からするとなんだか不穏なものにも思えそうだが、なんてことはない。国家の役人として魔法を揮う国家公務員のことだ──に入っているはずなのだが、何故か現在のキースは王立学園で魔法学の教師をしている。
当たり前だが、新入生の俺と講師のキースでは学園内とはいえ向かう場所が違う。
いつまでたってもにこにこと俺の後をついてくるキースを何とか引きはがし──別れ際は別れ際でぎゅっと俺を抱くものだから慌てて引きはがしたよね……外だよ!お兄さん!ちょっと兄弟仲良し作戦が効きすぎているのかもしれない……要考慮だな、こりゃ──、入学式の行われる講堂へと向かった。
アーチ形の天井をした広い講堂には既に生徒が多く集まっていた。
とはいえ、基本は貴族のみで構成されているので新入生はざっと見て40~50人程度。中には知り合いもちらほらといて、会釈をしてくる。それに俺も応えつつ、席に座った。
席の指定は特になく着いた順らしい。
俺が一息ついていると、どこからともなく現れた同じく新入生でもあり友人であるセオドアが隣に座る。
セオドア・アレグレット──同じ侯爵家の次男だ。序列的にはうちよりも下で、悪役令息時代だと取り巻きの一人であった人物だが、関係を改善し付き合ってみると悪い奴ではなく、なにかと気安くつるむ仲にまでなっている。
「はよ~、リア。お前にしては随分ゆっくりだな」
「おはよう、セオ。兄様を引き剥がすのに時間がかかってね……」
「相変わらずだな。キース様。あ、もうキース先生か。それよかさ、噂の新入生……見たか?」
俺へと顔を寄せて、セオドアは視線だけで前の方を見た。
そこには嫌でも目立つ淡い桃色の髪をした人物が座っており、周囲も興味津々といった感じでその人物を見ているようだ。
彼こそ──主人公であるノエル・フィーネだ。
半年ほど前に聖属性の力に目覚め、特別枠で王立学園に鳴り物入りで入学が決まった人物なので、入学前からその噂は社交界内でも広まっていた。
俺は容姿やその役割までもをゲームをプレイしていることで知ってはいるものの、実際に会ったことは勿論ない。接点があればもう少しどうにかできたものの、俺がこちらで目覚めた頃には捜す術が限られていたし、ノエルが小さなころの情報というのはゲーム設定資料集──妹所持。オタクプレゼンで押し売りよろしく読まされた……──『穏やかな村で優しい人々に囲まれて平穏に暮らしていた』しかなかったのである。
いや……何せ前世の記憶なのでうろ覚えな部分もあるが、○○村で育ったノエル、という記述はなかったように思う。……たぶん。
しっかし、髪の色も相まって随分と目立つ。俺も淡い水色とだいぶんな髪の色だが、光の加減によっては銀色に見えないこともないので、あそこまで目立ちはしないのだ。もちろんビジュアルもよろしく、零れそうなほどに大きな瞳と柔らかそうな頬に小さな唇……可愛さの中にも凛とした美しさまで備えており、目を惹いてやまない姿はさすが主人公様だ。
これに加えて心優しい性格で聖なる力を持っているとなれば、学園内でアイドルになってしまうのも頷ける。
だがしかし。
俺からしてみれば、彼こそ俺の雌堕ちエンドへのトリガーになるわけで……諸手をあげて歓迎という気持ちにはなれない。
かといって悪役令息時代のように虐めるなんて気はさらさらない。
というわけで、俺としては学園の中で平穏に過ごすべく『ノエルには半径10メートル以上近づかない』という目標を立てている。
「可愛い子だね」
「え、まあ、そうだな。リアも負けないくらいには可愛いと俺は思うけど。俺はリアのほうが好みの顔かなー」
俺とノエルを見比べるようにしながらセオドアが言った。
その言葉はおべっかというものではなく、友人としての賞賛だ。
いやぁ……嬉しいよね。見た目をほめられたことよりも、こうしてちゃんと友情を育めているようで。取り巻きであったときのセオドアは何かとおべっかを使うような役割だっただけに、感慨深い。
顔の近いセオドアの横頭に、自分の頭をこつんと当てて、俺は微笑んだ。
「それはありがとう。僕もセオが好きだよ」
「お、おう……照れるな」
セオドアがはにかむように笑った。彼も猫目が特徴的な美形だ。しかも俺より背が10センチほど高い。く、くそう……そこだけは羨ましすぎる。しかし、このゲームはモブの顔立ちまでが整っていて、本当に凄い。運営の変な熱さを感じずにいられない。
これでセオドアが女子だったら、それこそさっさと婚約者にしてもらうところなのだが、いかんせんセオドアも俺も男である。
この世界はボーイズがラブする世界なので男同士でも当たり前に結婚できるが──ちょっとした魔法で妊娠までできるのだから怖すぎる──、俺は性の嗜好もドがつくノーマルなので、男同士はちょっとご遠慮願いたい……。ちゃんと女の子もいるわけだし。セオドアとしてもそういう気持ちはないだろうけれど。
そうして、セオドアとちまちま話していたりしたら入学式も滞りなく終わり、自分たちが学ぶ教室へと移動した。
俺はセオドアの斜め後ろに半ば隠れるようにしつつ、ノエルとは絶妙な距離を保って廊下を歩いた。
新入生は2クラスに分かれていて、隣同士の教室の前には生徒各自の名前が張り出されている。幸いにもセオドアとはクラスが分かれずに済んだ。……設定通りともいう。そしてここでも逃れられなかったのがノエルと同じクラスであることだ。出来れば別のクラスが良かったよね……。
教室の中は黒板を前にして、一人一人の机が並んでいて、学校と言えばお馴染みの光景だった。どうやら席順は決まってないようで、それぞれが好きなように座っている。
俺はセオドアの腕をつついて、一角を指さした。
「セオ、席は決まってないみたいだし……あそこに二人並んで座るのはどうかな?」
そこは窓辺に沿った席で、一番後ろとその前が2席空いていた。
周りにはもう生徒が座っており、ノエルも近くにいない。恰好の場所だ。
俺の提案にセオドアは頷く。
「ん。いいぜ。ちょうど空いててよかったな」
二人で連れ立って移動し、セオドアは前の席に、俺は後ろの席に座った。
暖かな日差しも差し込んで悪い席ではない。
後はとにかくノエルに近づかなければ、雌堕ちエンド回避ポイント(あるか知らんが)がたまり、フラグは折れてくれるはずである。
さて、鞄の中からノートと筆記用具でも出すか、としていたところでそれはいきなり起こった。
「たのもう!」
俺が顔を上げるとそこにはノエルが仁王立ちで居て──冒頭に戻る。
……。
…………。
………………。
逃げていいですかね?