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「えっと……?ええっと……?」
見上げる先にいるのは間違いなくノエルだ。
人間、唐突な展開には狼狽えて声が出なくなるんだな……初めて知ったわ。
セオドアも驚いたのか、声を出さずにノエルを見ていた。というか、この展開に教室内の全員がこちらを見ている。
……ねえ、本当さ……なんでさ……。
心の中では困惑の台風12号が吹きあれていたが、黙っていては無視をすることになりかねない。
それで険悪なムードになって断罪ポイントを貯めに行くのは御免だ。
俺は見上げたままで、なんとか笑顔を作った。
「ええっと、ノエル君だよ、ね……?どうかしたかな……?」
高慢ちきにならないよう、気をつけつつ問い返すとノエルがぱあああっと笑顔になった。
「え、声可愛い……!リアきゅんの声カワユス……!」
口元に両の手を当てて、ノエルがキラキラとした目でこちらを見ている。
リアきゅん、って俺のことだろうか。こう……オタくさいというか……。
「えっと……?」
俺が困惑気味に返すと、ノエルが我に返った。
「あっ!そう!少し話したいことがあって!!」
「話したいこと……」
「そう。君、リアム・デリカート君だよね?あ……でも……」
リアムはリアムで迷うようにぶつぶつと言い出した。
てか、なんで俺の名前を知っているのか……リアムはもともとが平民ではあるものの、能力に目覚めたことで子爵家の養子にはなっている。けれどそれもここ最近のことで、社交界でのお披露目はまだだ。お互いに接触は皆無のはずで、少なくとも俺は顔は知っていても初めて会う。
……先ほどの発言といい、まさか……こいつも転生者か?
そう思い至っても簡単にそれを本人に言うことも憚れる。仮に転生者として俺を元の役割に戻されるのは真っ平ごめんだ。
「とりあえず、急ぎでないならば後日でもいいかな?僕たちはもうクラスメイトだしいつでも話せるよ。改めて、リアム・デリカートだよ」
ここは無難に挨拶をしといたほうが良いと俺は判断し、立ち上がって手を差し伸べる。リアムは、少し考えたようではあったが笑顔に戻り頷いた。
「そうだね。うん。ええと、ノエル・フィーネです。よろしくね、リアム君」
俺の手を握ってリアムは軽く振った。そこでセオドアも立ち上がった。
「俺も混ぜてくれよ。セオドア・アレグレットだ。よろしくな、ノエル君。リアムとは幼馴染で昔から仲良くしてるんだ」
セオドアもノエルに握手を求めるように手を出した。
ノエルはその手を一度確認し、俺の手を離すと今度はセオドアの手を握る。
この二人、並ぶとなかなかに絵になる。
「ノエルでいいよ。私もセオドアとリアムって呼んでも?」
俺とセオドアは顔を見合わせた後にお互いノエルを見て、勿論、と頷いた。
いつのまにか生徒たちの関心も薄れたのか、それぞれにお喋りなどをし始めている。
この構図であれば虐めたようなものには見えないと……思う。平和な挨拶シーンのはずだ。
本来のゲームであればリアムの方からノエルに近づき『平民のくせに生意気な』と糾弾する場面から始めるのだ。それは避けたのでなんとかなっていると思いたい。
「はい、皆さん。席についてください」
不意に声が響いた。
黒板の方を見ると長い黒のローブを纏った女性が軽く手を打っている。いつの間にか入ってきていたらしい。俺たちは会釈をしてからそれぞれの席に座る。
ノエルは去り際に、またね、と呟いた。
…………申し訳ないけど、またね、はない方がいいね……。
ホームルーム的なものも終わり、本日の行事はすべて終了だ。
滞りないといえばウソにはなるが、少なくともマイナスの印象を周囲に持たれることは少ないだろうと思う。
鞄に荷物を入れていると、
「俺はこの後、クラブを見て帰るけど……リアはどうする?」
そう話しかけてきた。
クラブとは部活のことと思ってもらえばいい。貴族の学校だけあって運動的なものから文化的なものまで数多くそろっていた。そういえば入学式の時に数日間は見学期間だと生徒会長が言っていたのを思い出す。
前世から含めてインドアな俺だ。入るにしても文化的などこかだろうな……と思っているところで、なんとなくノエルと目が合ってしまったのだ!
にこ、と笑った後に鞄を手に持ち、俺の方を向いている。
あ、これ、こっちに来ようとしてるな⁈やべっっっ!!
とにかく接触は避けたいのだ。俺は自分の鞄を持つと、
「えっと、そう!先生に呼ばれてて!!行かないと!!セオ、また明日!!」
そのまま入口の方に急いだ。三十六計逃げるに如かずってやつだ!!
背中の方でセオドアとノエルの声が聞こえた気はしたが、俺は後ろを振り返らずにカバンを持つ手とは反対の手だけ上げて、さよならを示すように振ったのだった。
※
というわけで、絶賛迷っている俺である……。
校内はだだっ広い。設定資料集に見取り図があったが、それも一部だったので役に立たない知識だったわけで……。そして、俺が振り返るたびにどうもチラチラと桃色の髪が見えるのだ……!!
……確定ではないが、ノエルに追われている。怖い怖い怖い。なんちゅう鬼ごっこだよ……どこかに隠れなければならない。
きょろきょろとしている俺の目に入ったのが図書館と書かれた金のネームプレートだ。
だいぶん先ではあるが、同じような出入り口があり、そちらから本を持った生徒が数人出てきていた。
こことは別にもう一つ出入口があるならば中で攪乱できるかもしれないと思い、俺は慌てながらも平静を装いつつ図書館に飛び込んだ。
司書らしき人に会釈をして中に進む。
図書館内はかなり広く、様々な分野の書架に分かれており、それぞれの本棚が天井まで高く伸びている。窓辺や各所に本を読むスペースがあり、生徒たちがちらちらと行きかっていた。
中の様子を見つつ、後ろを気にしつつ、所々で本棚を曲がったりしながら俺は奥へと進んでいく。数分ほど歩いていると、本棚の向こう側にノエルが見えた。
あいつやっぱり俺を追ってたな……⁈
足音をなるべく消しながら、ノエルとは逆の方へと俺は足を運んだ。
気が付けば周囲からは人が消えていて、漸くノエルの気配も消えていた。
俺はだいぶんと奥まで来たらしい。王立というだけあって、蔵書も膨大なのだろう。そのため図書館一つとっても信じられない広さだ。
来た道に戻るにはまだ早いかもしれない。更に俺が奥に進むと分厚いカーテンの隙間から光が差し込んでいる。
「……どんだけ広いんだ、ここ……」
ぼそりと呟く。
「800万冊」
独り言に返事が来て、俺は息をのむ。
俺の前でカーテンが開かれ、その奥からは後光を纏った金髪の美形が出てきた。