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#微セカキク
三日間限定公開
香ヨン現実逃避小説
いくぞ!ほんよんちゃんうぉおおおお!
⌇
『もう、やってられないんだぜ!』
任勇洙は玄関の戸を、今までの不満を全部叩きつけるような勢いで閉めた。ガラン、と重たい音が響き渡り、振り返ることもなく家を飛び出す。背中には大きなリュックを担ぎ、足取りはやけに荒々しい。アスファルトの道路を踏みしめるたびに、胸の内に渦巻くイライラや息苦しさが、少しだけ外に吐き出されていくような気がした。
頭の中には、ここ数日、いやここ数ヶ月、何年も積み重なってきた出来事が次から次へと浮かんできて、ため息が止まらない。
『これは元々俺の国が起源なんだぜ!』と主張すれば、周りは決まって『また始まったある・・・』『いい加減にしてください』と呆れた顔をする。新しいゲームに熱中して少しでも時間を忘れれば、『だらけすぎヨ!』『もっと国のことを考えるよろし!』と怒られる。大好きなキムチをどこへ行くにも持ち歩いていれば、『またそれですか・・・』なんて心無い言葉を投げかけられる。
兄貴は、いつまで経ってもお前はまだ子供ある、経験が足りないあるよ、と頭を撫でてばかり。自分なりに考えて行動したことも、まだまだあるねー、の一言で片付けられてしまう。アメリカの言うことだけ素直に聞いてるだの、日本からはいつもどこか距離を置かれているような視線を向けられる。不動産業が順調だと報告されれば、だからもっと働くである、と仕事は増えるばかりで、毎日が義務とルールと周りの期待に縛られているようで、息をするのも苦しかった。
『俺だって、俺の生き方があるんだぜ!』
誰に向かって言うでもなく、道端に向かって叫ぶ。すると頭の上のアホ毛がぴょんと勢いよく立ち上がり、眉をひそめた『不満爆発』の表情になって、まるで自分の気持ちを代弁してくれているようだ。
自分の国の文化も、自分の好きなものも、自分が信じていることも、全部全部『常識がないですね』『理解が足りねーある!』『子供の言うことだヨ』と否定され続ける毎日には、とっくに嫌気がさしていた。いつも周りの大人たちが決めたレールの上を走らされて、少しでも外れれば注意されて、自分の意思なんてどこにもないような生活。だから今日、ついにヨンスは家出を決行したのだ。行く当てなんて最初からない。ただ、今いるこの場所から遠く離れて、何もかも忘れて、心の底から自由になりたかった。
大通りを外れ、人通りの少ない、木々の多い道へと入っていく。太陽は少し傾き始め、街並みを柔らかなオレンジ色に染め上げている。背負ったリュックの中には、最低限の着替え、大量のキムチの瓶、メッコールが数本、それに携帯ゲーム機と充電器。『必要なものはこれだけで十分なんだぜ!』と詰め込んだ荷物は、自分の今の気持ちよりはずっと軽い。後のことなんて、後になってから考えればいい。今はただ、この足の向くままに歩いていくだけ。
『よし、とりあえず見えないところまで遠くに行くんだぜ!』
気合いを入れ直し、再び大股で歩き出そうとした、その瞬間だった。
道の真ん中、少し開けた場所に、見慣れた後ろ姿が立っているのが目に入って、ヨンスはぴたりと足を止めた。
少し長めの黒髪はゆるっと巻きっぱなしで、手入れが行き届いてないわけじゃないけど、どこか投げやりでだるげな雰囲気。いつもの太い眉も、今は力なく下がっていて、瞳はうっすらと半開き。大きなバックパックを肩から滑らせるように担いで、片手にはスマホを指で回しながら、ぼんやりと遠くを眺めている……香だ。
『……なんでお前がこんなところにいるんだぜ?』
ヨンスが目を丸くして驚きながら問いかけると、香はゆっくりと首だけこちらに向け、まるで重たいまぶたを持ち上げるようにして視線を合わせた。
「……ヨンス? あー、いた的な?What are you doing here……って、どうでもいいけど」
「俺? まあ……なんとなく、ふらふらと。家、出てきただけだし」
肩に担いだバックパックはブランドものでおしゃれだけど、持ち方がだるそうで、重たいものを持つのが面倒くさい、って感じが全身からにじみ出てる。明らかに「ちょっとそこまで」の装いじゃないけど、本人はそんなことどうでもいいって顔してる。
『俺は……家出してきたんだぜ!』
ヨンスは胸を張り、自分の行動にやましいところなんて何もないって顔で、でっかい声で宣言した。
『毎日毎日、文句ばっかり言われて、俺のやることなすこと全部否定されて、もううんざりだったんだぜ! 俺だって一人前なのに、いつまで経っても子供扱いだし、自由なんて全然ないし……だから、これから自由な旅に出て、俺の生き方を探すんだぜ!』
まくし立てるように一気に話すと、香は最初、ぼんやりと聞いてたけど、途中で少しだけまぶたを開いて、小さくため息をついた。
「……ああ、お前も?」
『え?』
ヨンスは一瞬自分の耳、大丈夫か? って思った。
香は背中のバックパックを地面に下ろし、その場にぺたりと腰を下ろす。まるで立ってるのも面倒くさい、って感じで。
「俺もだよ。家出…一人暮らしさせてくれねーから、もう面倒だし出てきた感じ的な。」
ヨンスは口ポカーンと開けたまま、香の顔をまじまじと見つめる。まさか、いつも自分をからかったり、ちょっと先を行ってるように見える香まで、同じような行動取ってたなんて、想像もしてなかった。
「あの人さ、悪い人じゃないのはわかってるんだけど」
香は草の上に寝そべり、片手を頭の下に敷いて、空をぼんやりと眺めながら話し始める。夕日に照らされた横顔、いつものお調子者キャラなんてどこにもなくて、ただただだるそうで、疲れ切った雰囲気が漂ってる。言葉は柔らかく滑らかで、
「昔、俺はイギリスのところにいた時期があって、その頃は好きなようにやらせてもらってた。ちょっと荒れてた時期もあったけど、それでも全部自分の裁量で動けた。その後、今の先生に拾われて、こっちに来たんだ。昔からお世話になってるし、感謝もしてる。でも……いっつも「こうしろある!」「ああするよろし!」「これはダメある・・・」「あれもダメある!」って、俺のこと、いつまでも小さい子供扱いしてくるの。俺だって、もう大人だし。自分の考えくらい自分のペースくらいある。You know?……まあ、わからないだろうけど。
イギリスにいた頃は、もっと自由だったかもしんねー。自分の裁量で動いて、責任も自分で取って。悪いことばっかりじゃなかったし、むしろ楽だった。でも今は……全部管理されちゃってる感じ。息が詰まる的な。自分の部屋にいても落ち着かねーし。だから、なんとなく、こうして歩いてきちゃった。どこに行くとか、何するとか、マジどうでもいい的な。とりま出てきた。」
言葉の一つ一つがゆっくりで、時折途切れがち。まるで話すことさえ面倒くさい、って感じだけど、その声の奥には、自分が感じてるもどかしさや寂しさが、はっきりと滲んでた。
『俺もだぜ!』
ヨンスは香の隣にどかりと腰を下ろし、身を乗り出すようにして話し始める。アホ毛がピョンピョン上下に動いて、「超共感!」って気持ち丸出し。
『俺のことなんて、いつまで経っても『ヨンスまだ子供ある〜』って、何でもかんでも決めつけやがるんだぜ! お前はまだ未熟ある、もっと学ぶべきある、っていつも上から目線なんだぜ! 俺が起源主張するのだって、自分たちの文化や歴史に誇り持って言ってるだけなのに、『またか』『面白がってるだけある!』って真剣に聞いてくれないし。ゲームだって、息抜きにやってるだけなのに、『だらけてるヨー!』『国のこと考えてねーある』って怒られるし……
俺だって、自分の国のために何ができるか、ちゃんと考えてるんだぜ! 不動産だって成功させて、経済だって回して、色々努力してるのに、全然認めてくれないんだぜ。兄貴のことは……嫌いとか言ってるけど、本当はそんなことないんだぜ。色々教えてくれるし、守ってくれてるのもわかってる。でも、どうしても『我の方が上ある!』って態度取られるのが、悔しくてたまらないんだぜ!』
一気に言葉吐き出すと、今まで心に溜め込んでた澱みたいなものがスーッと流れ出てく感じで、ヨンスの胸、めっちゃ軽くなってく。
香は横になったまま、ゆっくりと瞬きをして、小さく頷く。
「……似てるかもな、俺たち。Same same……ってやつ? 周りに理解されないとことか、自分なりのプライドがあるとことか、早く一人前だって認めてほしいとことか。誰かに決められたルールの中に収まるんじゃなくて、自分の足で立ちたい……って、思ってるとことか」
二人、しばらく無言のまま、夕暮れの空をボーッと眺めてた。道端には誰も通らず、風が木々の葉っぱをサラサラ鳴らす音だけが、優しく周りを包んでる。こんな風に誰かと自分の本心、全部話したのって、いつ以来だろ? 少なくとも国の代表として過ごしてる毎日の中じゃ、一度もなかった気がする。
『なあ』
ヨンスが先に沈黙破って、香の方向く。
『せっかくさ、こんな同じタイミングで、同じような理由で家出してきたんだぜ。一人で旅するより、二人の方が絶対楽しいし、心強いに決まってるんだぜ! 俺たち、一緒に旅に出ねー?』
香は少しだけ考えるように、まぶたを閉じる。数秒の沈黙の後、ゆっくりと目を開けて、だるそうな笑みを浮かべた。
「……別に、いいよ。一人で行ってもつまんねーし、なんか面白いかもしれねーし。Anyway、俺たちが目指すのって「自由」じゃない? 思いっきり現実逃避するってことで、決めてもいいよ」
『マンセー! 決定なんだぜ!』
ヨンス、嬉しすぎてその場でピョーンと飛び跳ねる。アホ毛もクルクル回転して、『超大喜び』の表情になってる。こうして、生まれたばかりの二人の逃避行、静かに……でも確かに始まったのだった。
行き先、特に決めてなかった。とりあえず「海が見えるとこ」目指そう、ってことだけ決めて、最寄りの駅へと向かう。改札で切符買うときも、香が「俺が出すわ」ってだるそうに財布を出せばヨンスが『俺が払うんだぜ!』って譲らなくて、結局「今回は俺、次はヨンスでいいよ」って流れるように折り合いがつく。そんな些細なやり取りさえも、今までの息苦しい日常の中じゃ感じられなかった、生きてるって感じのする楽しさだった。
電車に乗り込んで、窓側の席に並んで座る。ガタンゴトンって体に伝わる振動が、まるで今までの自分を洗い流してくれるみたい。窓の外には、どんどん見慣れた高層ビルや整った街並みが遠ざかっていって、やがて田んぼが広がり、緑いっぱいの山々が近づいてくる。空は夕日で真っ赤に染まって、これから始まる旅の行く先、祝福してくれてるみたいだ。
『なんか、夢みたいなんだぜ』
ヨンスはガラス窓に自分の顔ピッタリくっつけて、外の景色食い入るように眺める。
『こんな風に何も予定も目的も決めずに、知らない場所に向かって電車に乗ってるなんて……今までの俺だったら、絶対考えられなかったんだぜ。毎日がゲームと会議で埋まってたからな』
「だな。」
香は窓の外をぼんやり眺めながら、手に持ったスマホでたまに写真を撮る。シャッター音もゆっくりで、撮りたいものがあったら撮る、って感じで、必死さなんて全然ない。
「まだ誰にも見つかってないし、ちょっといいかも。」
電車降りて、さらに路線バスに乗り継いでたどり着いたのは、すごく静かな海辺の町だった。大きな観光地って感じじゃなくて、小さな家々が集落作ってて、港には漁師さんたちの船が停泊してる。潮の香りが風に乗ってふわっと鼻をくすぐって、絶え間なく聞こえる波音が、まるで子守唄みたいに心を落ち着かせてくれる。
『わー! 海なんだぜ! でっかいんだぜ! 青いんだぜ!』
ヨンスはリュック下ろすやいなや、砂浜へダッシュ! 裸足になって波打ち際まで行くと、寄せては返す波に向かって両手いっぱい広げて、水しぶき浴びながらはしゃぎ回る。アホ毛もはしゃぎすぎてクルクル回転、笑顔いっぱいの表情になってる。
香はゆっくり後からついてきて、砂の上にバックパック置くと、その場にあぐらかいて座る。手にはスマホ持ってるけど、特に操作するわけでもなく、ただただ海を眺めてる。
「なあヨンス、ここ……すごく落ち着く場所的な」
香は砂の上にゴロンと寝そべり、青くなり始めた空を見上げながら言う。声はいつものだるさそのままだけど、少しだけ柔らかくなってる。
「この辺り、俺たちのこと知ってるやつ誰もいないし、人使い荒ぃやつもいねーし、ただ空気があって、海があって、風が吹いてるだけ……しばらくここにいても、いいかもな」
『そうなんだぜ! 大賛成なんだぜ!』
ヨンスはびしょ濡れになった足のまま、香の側まで戻ってくる。
『飽きたらまた別の場所に行けばいいんだぜ! 俺たちの好きなように、自由に旅するんだぜ! これぞ本当の生き方なんだぜ!』
それからの数日間、まさに夢の中にいるような時間だった。二人、計画も予定も立てず、その日の気分や天気、出会った人の話に合わせて行動した。
晴れた日には、朝から一日中海辺で過ごした。ヨンスは貝殻拾っては『この形、元々俺の国の伝統模様に似てるんだぜ! 起源は俺なんだぜ!』って香に自慢して、香は「違う的な」って気のない相槌を打ちながら、たまに写真を撮る。時には二人で岩場まで歩いていって、水着になって海水浴楽しんだりもした。ヨンスは泳ぎながら『俺の泳ぎ、超絶かっこいいんだぜ! オリンピックでも通用するレベルなんだぜ!』って叫んで、香は砂の上から「……はいはい、がんば」って手を振る。
市場が開く日には、朝早くから出かけていって、地元の人たちと話しながら食べ歩きした。新鮮な魚介類を焼いてくれる店では、『この味付け、俺の国のソースにそっくりなんだぜ! 起源は……』って始まるヨンスの話を、おばちゃんたちが「まあ、面白い子だねえ」って笑って聞いてくれる。香は横で「こいつ、いっつもこんな感じなんです的な」ってだるそうに肩竦めながら、自分も美味しそうに食べる。誰も二人の立場や肩書きなんて知らない。ただの旅の若者として接してくれるの、何よりも心地よかった。
雨の日には、港の近くにある小さな図書館や資料館に入って、その町の歴史調べたり、古い写真眺めたりした。香は興味のあるものだけゆっくり見て、ヨンスはといえば、どんな小さなことでも『これは俺の国と交流があった証拠なんだぜ!』って何かにつけて自分の国と結びつけようとする。そんないつものやり取りも、誰かに咎められることなく、ただ二人だけで笑い合いながら楽しめるの、何よりの幸せだった。
夜になれば、公園のベンチや海岸沿いの広場に寝袋広げて眠った。宿屋に泊まるお金節約するため、ってのもあったけど、何よりもこの開けた空の下で、星眺めながら眠るのが気持ち良かったのだ。
『俺さ』
ヨンスは満天の星空指さしながら、焚き火の小さな炎見つめて話し始める。波の音がBGMみたいに響いてる。
『兄貴のこと、いつも『嫌いある』『あっちが勝手に我のこと好きなだけあるよ』って強がってるけど……本当はそんなこと全然ないんだぜ。俺が小さい頃、色んな場所に連れて行ってもらったりして、すごく可愛がってもらってたの、ちゃんと覚えてるんだぜ。
今だって、俺が困ったときには必ず助けてくれるし、危ないことから守ってくれるし、色んな知識や技術を教えてくれるのも、全部俺のことを思ってくれてるからだって、心の底からわかってるんだ。でも……どうしても『お前はまだ子供ある』『我の方が上ある』って態度取られると、昔みたいに素直に甘えられなくなっちゃって。ついつい強がって、生意気なこと言っちゃうんだぜ……』
自分で話しながら、だんだん声が小さくなっていく。アホ毛も、少し寂しそうな、申し訳なさそうな表情になってる。
香は隣で横になり、星を眺めながら、ゆっくりと瞬きを繰り返してた。焚き火の火が、彼の横顔を柔らかく照らし出す。
「……俺も、同じ」
香はゆっくりと口を開く。言葉は少ないけど、ちゃんと心からの言葉だった。
「先生のこと、本当に感謝してはいる。イギリスにいた頃の俺を、そのまま受け入れてくれて、こっちに連れてきてくれて、それからずっと面倒見てくれてるし。俺が今こうしていられるのも、先生のおかげなの、間違いねーし。No doubt……ってやつ。
でもやっぱり、あの人にとって俺はいつまで経っても「イギリスにいた頃の、少し手のかかる子供」なんだろうな。自分が育ててきた、自分の一部みたいな感じで見てるから、何でもかんでも口出しして、管理しようとすんの。俺だって、俺なりに色々考えて、色々感じて、生きてるし」
二人はまた静かになり、波音だけが周りに流れる。自分たちだけじゃ抱えきれないくらい大きな何かを、それぞれ心の奥底に抱えてること。そして、それがどれほど似ていて、どれほどお互いの心に響くか、この時二人は痛いくらい理解した。
『俺たち、似てるんだぜ』
ヨンスは小さな声で言う。
『周りの大人たちは、俺たちのことをいつまでも小さい子供だと思ってるけど……俺たちなりに、毎日毎日色んなこと考えて、悩んで、傷ついて、それでも前に進もうとしてるんだぜ。ちゃんと成長してるんだぜ』
「……多分?」
香はヨンスの方を向き、暗闇の中でもはっきりわかるくらい、柔らかく笑ってくれる。だるそうだけど、その笑顔はとても優しかった。
「この旅が終わって家に帰ったら……ちゃんと、わかってもらえるように話そか。俺たちがどれだけ色々なこと考えて、どれだけ成長したか、どれだけ一人前になったか……思い知らせてやればいいし。Just wait and see……って、感じで」
『そうなんだぜ!』
ヨンスは力強く、大きく頷く。アホ毛も力強い『決意』の表情に変わってる。
『今はこうして逃げてるけど、逃げてるだけじゃないんだぜ! 自分を見つめ直して、これからどう生きていくかを学ぶ旅なんだぜ! 帰る頃には、誰もが驚くような立派で、かっこいい俺たちになってるんだぜ!』
二人、声出して笑い合う。夜風が優しく吹き抜けて、焚き火の煙がゆっくり天に昇っていく。この旅、ただ単に現実から逃げるだけのものじゃない。自分自身と向き合い、これからの未来を切り開くための、大切な準備期間なのだ。
旅始めてから一週間くらい経った頃、二人は「そろそろ次の場所行こ」って話になった。今度は海を離れて、少し内陸に入った山間の町を目指すことにする。
バスに揺られて山道登っていくと、窓の外にはどんどん深い緑が広がっていく。空気は澄んでいて、木々の香りが車内にまで漂ってくる。川のせせらぎが道沿いに聞こえて、野鳥のさえずりがあちこちから響いてくる。
『水が冷たくて、超絶美味いんだぜ!』
渓流沿いの道を歩きながら、ヨンスは手ですくった水を飲んで大喜びしてる。
『この水、元々俺の国の山から流れてきてるんじゃないかってくらい、俺好みの味なんだぜ! 絶対起源は……』
「はいはい、わかったから」
香はだるそうに笑いながら、スマホでヨンスが水飲んでる姿や、透き通った川の流れ、周りの木々や岩の形なんかを、ゆっくりと写真に収めてく。
「この岩の形…マジパネェ」
香は、普段の生活の中じゃ見過ごしちゃうような、何でもないようなものにまで、ゆっくりと興味を示して、記録してく。そんな香の姿見てると、ヨンスも自分の周りの世界が、今までよりずっと鮮やかで、面白くて、意味のあるものに見えてくるような気がした。
道中では、小さな村に立ち寄って、そこに住むおじいちゃんやおばあちゃんと長話したり、道端で採れた果物や山菜を分けてもらったりもした。都会の慌ただしさとは全く違う、ゆっくり流れる時間の中で、人と人との温かい触れ合いが、二人の心をじんわり温めてくれる。
時には意見が合わなくて、喧嘩することもあった。泊まる場所や食べるもの、次にどっちの道へ進むかで揉めて、お互い口利かなくなることも。
『俺がこっちだと言ってるんだぜ! 絶対こっちの方が近道なんだぜ!』
「いやいや、地図見れば明らかにあっちじゃない。ヨンスが自分に都合良く解釈してるだけでしょ。面倒くさいなあ」
『俺の勘は超絶正確なんだぜ! 馬鹿にするなんて許さないんだぜ!』
「勘なんてあてにならねーわ。現実見ろ」
なんて言い合いになって、数時間も別々に行動することもあった。だけど、夕暮れが近づいて寒くなってきたり、お腹空いてきたりすると、どちらからともなく「……なあ」って声かけて、結局笑い合って仲直りする。二人とも、このせっかくの旅で、喧嘩なんてしてる場合じゃない、って心の底から思ってたのだ。
旅始めてから二週間くらい経った頃、二人は小高い丘の上にある、見晴らしの良い公園にいた。眼下には、自分たちが歩いてきた町や川、遠くには初日に訪れた海までもが霞んで見える。
ベンチに並んで腰を下ろし、それぞれの荷物から食べ物広げる。ヨンスのリュックからはお馴染みのキムチとメッコール、香のバッグからは道中で買ったパンやお菓子、乾き物なんかが出てくる。
『なあ』
ヨンスはメッコールの缶開けながら、少しだけ真剣な声で言った。
『俺たち、いつまでこうして旅してるんだぜ?』
香はキムチをつまみながら、空をぼんやりと眺める。白い雲がゆっくり流れていく。
「どうだろーな。俺の中には二つの気持ちがあるし。一つは、このままずっと旅続けて、どっかに自分だけの隠れ家見つけて、誰にも邪魔されず一人暮らししてー、って気持ち。もう一つは……そろそろ自分の足で立つ姿を、先生に見せつけたい、って気持ち。Hard choice……って、やつ」
『俺も全く同じなんだぜ』
ヨンスは指で自分のアホ毛をつつく。アホ毛は少しだけ寂しそうな表情になってる。
『自由な旅は楽しいし、このまま帰りたくないって思うこともあるんだぜ。でもやっぱり、自分の国のこと、これからの自分の生き方のこと、考えちゃうんだぜ。俺がいない間、兄貴が探し回ってる姿とか、心配してる顔とか、簡単に想像ついちゃうし……』
「先生もきっと同じだろーな」
香は少しだけ寂しそうに目を細める。
「俺がいなくなったって気づいたとき、きっとすごくビックリして、怒るより先に、すごく悲しんで、心配してると思う的な。何も言わずに出て行っちゃったから、後でちゃんと謝らないといけないだろうな……マジSorry、って感じ。」
二人はまた黙り込み、遠くの景色を眺める。この旅で得たもの、あまりにも大きかった。自由の素晴らしさ、自分の足で歩くことの楽しさ、お互いの存在の大切さ、そして何よりも、自分たちが何に悩み、何を求めてるのか、はっきりと理解することができた。
ただ「自由が欲しい」「認めてほしい」って叫んでただけの自分が、それがどういうことなのか、どうすれば叶うのか、少しずつわかり始めてた。
「なあヨンス」
香が再び口を開く。だるそうだけど、その声には確かな力がこもってた。
「俺たち、ただ逃げてきたんじゃないからな。この旅で色んなもの見て、色んな人に会って、色んなこと考えて、俺たち出発する前よりも、大分よくなったんじゃね?多分」
『おう!』
ヨンスは大きく、力強く頷く。
『俺たち、すごく成長したんだぜ! 自分のことも、周りのことも、前よりずっと深く考えられるようになったんだぜ!』
「だったらさ」
香はゆっくりと立ち上がり、自分のバックパックの紐をキュッと締め直す。
「そろそろ、帰るか。俺たちの現実逃避はここまで。まあ、ゆっくりでいいけど、準備しろ的な」
『おう!』
ヨンスも元気よく立ち上がり、リュックを背負い直す。アホ毛も、太陽のように明るい『自信満々』の表情に変わってる。
『帰ったら驚かせてやるんだぜ! 俺たちがどれだけすごくなったか、どれだけ立派になったか、思い知らせてやるんだぜ! もう子供扱いなんてさせないんだぜ!』
「はいはい、張り切りすぎて転ばないようにな」
香はだるそうに笑いながら、坂道をゆっくりと下り始める。
「……でもね、ヨンス。もしこれから先、また何もかも嫌になって、逃げ出したくなるようなことあったら……その時は今度こそ、ちゃんと計画立てて、もっともっと遠くまで、長い時間、二人で旅に出よ。今度はもっともっと自由に、俺たちだけの時間過ごそ。No plan, just fun……って、感じで」
ヨンスは香の隣を歩きながら、太陽の光をいっぱい浴びて、ニッコリと笑う。
『マンセー! その時は絶対俺が計画立てるんだぜ! 全部俺の国のルールで旅するんだぜ! 俺が全部決めるんだぜ!』
「まあ、それはまた話し合いで決めるってことで」
二人は声上げて笑い合いながら、帰り道へと続く道を、ゆっくりだけど力強く歩いていく。
家出して、逃避行して、自分たちの心と向き合って、そしてまた現実の世界へと戻っていく。だけど、出発する前の自分たちと、今の自分たちとでは、決定的に何かが違ってた。お互いの存在があったからこそ、自分の気持ちに正直になれて、勇気を持つことができて、成長することができたのだ。
これから先、国同士の関係の中で、また色々な問題や悩み出てくるだろう。周りに理解されず、嫌になることも、投げ出したくなることも、たくさんあるかもしれない。
だけど、二人なら大丈夫。同じ痛みを知り、同じ喜びを知り、お互いの存在を心から認め合った者同士。これから先もずっと、支え合い、笑い合い、時には喧嘩しながらも、それぞれの道を力強く、堂々と歩いていくのだ。
そしていつかまた、逃げたくなった時には、きっと二人で一緒に、新しい旅に出ればいい。
コメント
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うわあ…読んでて胸がぎゅってなったよ🥀 ヨンスと香、二人とも「わかってほしい」って気持ちを抱えてて、でもそれをうまく言葉にできなくて、家出ちゃうとこ、すごくリアルだった。 特に香の「Same same…?」って言うとこ、だるそうなのに優しくて、泣きそうになった。 キムチとメッコール持って旅するヨンス、かわいすぎるし、アホ毛で感情表現するの、めっちゃ好き🌙 二人で海見ながら「帰ったら驚かせてやる」って言うシーン、もう…尊いよ…。 続き、絶対読みたいです🤍