氷の刃︰
大会の次の日リンクの上を滑る紬は、大会に優勝したおかげで4級から5級に上がり、音楽に合わせて丁寧にステップを踏みながら、体の動きを確認していた。公式大会での経験から、彼女は少しずつ自信を取り戻しつつあったが、まだその滑りには緊張が残っていた。
リンクサイドに静かに座っていた男の子が、彼女の動きをじっと観察していた。腕を組み、小さく首を傾げる。その視線は冷静で、何かを言いたげな雰囲気を漂わせていた。
やがて紬が一息ついてリンクサイドに戻ると、凍はふっと立ち上がり、紬に近づいた。**「遅いんだよ。」**彼は口を開く。「そんなスピードじゃ、亀でも捕まえてレッスン相手にしたら?そっちの方が学ぶこと多そうだし。」
その言葉に、紬は驚いた表情を浮かべながらも、すぐに笑みを浮かべた。「そんなことないよ。自分のペースでやるのが一番だから。」と穏やかに返す。だが、彼の鋭い目はまだ彼女を見つめている。
「あんたさ、自分の今の級分かってる?自分のペースだけじゃ足りないんだよ、スケートは。それを分かってもらわないと。」彼は少し呆れたような、けれどどこか期待を込めた声で続けた。
「ここは前の世界とは違う。4級から5級に上がったんだったら6級だってすぐじゃん。ちょっと僕のスケート見てて。」凍はそう言い放つと、リンクの端に身を寄せた。
紬は「たいしたことないだろう」と思いながらも、彼の動きを見つめた。しかし、その思いは一瞬で吹き飛ぶことになる。凍はリンク上に鋭い氷の刃で風を切り裂くようなスピードで滑り出した。氷を削る音が耳を突き、冷たい風が紬の前を一瞬で駆け抜けていく。
彼がスピンを決めると、その回転の中心から風が渦を巻き起こり、氷の上に切れ味のある動きを描き出した。そして、その勢いを保ったまま、彼は1回転半ルッツを完璧に成功させる。そのジャンプの瞬間、風がさらに加速し、観客すらその空気の流れを感じるようだった。
紬はその滑りを見つめ、ただ立ち尽くしていた。凍の滑りには技術だけでなく、自然の力を操っているかのような迫力があったのだ。
驚くべき滑りを披露した凍がリンクサイドに戻り、紬の目の前でスケート靴を脱ぎながら口を開いた。「あんた、空色 紬でしょ。」その言葉に紬は少し驚いた顔を見せたが、凍は続けた。
「4級の大会で1位取ったやつ。あれも全然スピードなかったよ。」軽い調子でそう言い放つ凍の目は、どこか冷静で挑発的だった。「なんで審査員は表現だけで審査するのかな、甘ったるいんだよ。」
紬はその言葉に何も返せず立ち尽くしていた。凍はちらりと彼女を見て、ふっとバカにしたように小さく笑う。「あぁ、名乗り忘れてたけどさ。」と言いながら、彼は静かに彼女の目を見据えた。**「青月 凍。6級スケーター。」**その言葉には、自信とともに挑戦的な響きが込められていた。
その瞬間、リンクサイドの向こうから聞き慣れた落ち着いた声が響いた。「お二人とも、何やら熱心に話しているようですね。」成瀬コーチがゆっくりと歩み寄り、柔らかな笑みを浮かべながら二人を見つめる。
「成瀬コーチ…」紬が少し驚いた表情を浮かべる中、凍は一瞬目線を逸らし、腕を組んで視線を戻した。「そっちはコーチですか。ふーん、ちゃんと教わってるんなら、もっと良い滑りを見せてくれると思ったんだけど?」
その言葉に紬が言い返そうとする前に、成瀬コーチは静かな声で言った。「彼女は彼女なりに進んでいますよ。まだまだ伸びしろがあるからこそ、これからが楽しみです。」
成瀬コーチが優しく言葉を返したかと思うと、別の声が割り込んだ。「相変わらずキツイこと言うね、凍。まるでその毒舌で氷を割るつもりなんじゃないかと思っちゃうよ。」凍はため息をつき、喋りだした。「木原コーチ。また僕をつけてきたんですか。いい加減、迷惑なんですけど。やめていただけませんか。」敬語を使いながらも、その声にはどこか警戒の色が含まれていた。
「今日会ってそうそう言う事それかい?でも凍、俺にはどんなにキツイ毒舌な口調言ってもいいけど………他に人には言ったりしちゃダメだって言ったよな。その方がダサいよ。」木原コーチは柔らかく微笑みながら彼を見つめ、その目には凍の本心を見透かしているかのような鋭さがあった。凍はその視線を避けるように目線を逸らし、「チッ」と舌打ちを一つしてから男子更衣室に戻っていった。
6級︰
凍が更衣室に戻った後、成瀬コーチと紬に木原コーチは凍の事を話していた。「2人ともさっきは凍が失礼な言葉を言ってしまいすみませんでした。」と凍のかわりに木原コーチは真面目な視線で謝った。「いえ、大丈夫です。凍くんがあんなに毒舌な口調だったのは承知してましたから。」とにこやかに成瀬コーチは返した。その言葉に続いて紬は、「少し…びっくりしました。会っていきなりあんなに毒舌な口調には。でも、私はチヤホヤされる方が嫌なので逆に大丈夫です。」紬の言葉には、彼女の芯の強さが感じられた。
木原コーチはその返答に少し驚いたように目を細め、ふっと笑みを浮かべた。「なるほどね。紬ちゃん、なかなか肝が据わってるじゃないか。凍もそのうち君のことを認めるだろうさ。」その言葉には、彼の鋭い観察力と優しさが込められていた。「では俺はそろそろ行くよ。じゃあ成瀬コーチ、紬ちゃんまたね〜!」軽快な足取りでその場を後にする木原コーチの姿に、紬も成瀬コーチも微笑みを返した。
その後、リンクサイドには再び静かな空気が戻る。成瀬コーチが紬に向き直り、穏やかな表情で口を開いた。「紬さん、凍くんは6級のジュニア男子です。技術的にも体力的にも非常に高いレベルが求められるステージなんですよ。だから疲れているから、毒舌になるんですよ、きっと。今は凍くんを見守ってあげましょう。」
紬はその言葉を受けて、困惑した表情を見せながらも静かに考えた。「疲れているからなのか。」彼女の中で凍のことを理解しようとする思いが芽生える一方で、まだその真意にはたどり着いていない。
リンクサイドの静けさの中、紬の心には新たな課題がうっすらと浮かび始めていた。それは彼女自身の技術を磨くだけでなく、凍という存在を通して新たな世界を見つめる挑戦でもあった。
つづく
コメント
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凍くんドロッドロの毒舌かもしれないけど、今後の成長をお楽しみに!