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レッスン︰
成瀬コーチは体調不良が続き、今日はどうしても紬のレッスンを見ることができなかった。「紬さん、今日は私の知り合いの木原コーチにレッスンをお願いしています。彼はユーモアがある人ですが、観察力が鋭くて信頼できるコーチです。」メールで紬に伝えると、それっきり連絡は来なくなった。
控え室に戻った紬は少し緊張しながら準備を整えた。ほどなくしてリンクサイドに現れた木原コーチは、明るい笑顔で紬に手を振った。「紬ちゃん、今日はよろしくね!さっそく準備運動から始めよう。」
木原コーチの軽快なトーンに紬は少し安心したが、すぐにリンクに現れたもう一人の人物を見て驚いた。「凍くん…」彼女は思わず声を漏らした。
凍はリンクに入るなり、冷静な目で紬を見つめ、敬語で木原コーチに言葉を投げた。「今日もよろしくお願いします、木原コーチ。」その姿には警戒心が見え隠れしていた。
木原コーチはそんな二人を見渡しながら陽気な声を張り上げた。「さて、今日は凍くんと一緒にレッスンすることになった。これを機に、お互い刺激し合いながら成長しようじゃないか!」
紬は少し戸惑いながらも、木原コーチの言葉に静かに頷いた。一方、凍は表情を変えることなくリンクへ進む。その背中にはどこか競技者としての強い意思が感じられた。
「さあ、まずはウォームアップからだ。氷の感触を掴むことが何よりも大事だぞ。」木原コーチの指示で、二人はリンクに滑り出した。紬は自分のペースを守りながら動きを確かめるように滑り、凍は圧倒的なスピードと正確さでリンクを駆け抜けていく。その対照的な姿が、リンク上で鮮やかに描き出された。
ウォームアップを終えた紬はリンク中央で木原コーチの指示を待っていた。一方で凍はリンクの端でストレッチを続けている。その冷静な仕草には無駄がなく、紬は少し緊張しながら彼を横目で見ていた。
「さて、まずはそれぞれの滑りを見せてもらおう。」木原コーチは明るい声でそう言い、紬に目を向けた。「紬ちゃん、まず君の得意なステップから始めてみようか。」
紬は深呼吸をして、リンクの中央に立った。氷の冷たい感触を足元で感じ取りながら、彼女はゆっくりと滑り出した。成瀬コーチのもとで磨いてきた滑らかなステップを丁寧に披露し、木原コーチはその動きを真剣に見つめていた。
紬が演技を終えると、木原コーチは頷きながら声をかけた。「なるほど。滑りは美しいし、表現力も素晴らしい。でもスピードをもう少し意識してみると、さらに魅力が増すよ。」
凍はその言葉に反応するようにリンクに進み出た。
リンク上で滑り始めた凍の動きは、一瞬で場の空気を変えた。彼の鋭いスピードと正確なジャンプ、そして力強いスピンがリンクを支配し、紬はその姿を呆然と見つめていた。
凍の演技が終わり、リンクの外に戻ってきた彼に木原コーチが声をかけた。「さすがだね、凍。技術もスピードも文句なしだ。でも…」
その一言に凍は眉をひそめた。「でも、何ですか?」
木原コーチは彼の反応に軽く笑いながら言葉を続けた。「お前の滑りは、確かに素晴らしいよ。でも技術だけじゃ足りない部分があるんじゃないかな。」
「足りない部分?」凍は険しい表情で聞き返した。その目は真剣だったが、どこか反発心も見え隠れしていた。
「そう。観客の心を揺さぶる何か、だ。」木原コーチは観察するような目で凍を見つめ、続けた。「お前の滑りは冷たくて鋭い。それは十分な武器になる。ただ、その中に感情や物語が乗れば、さらに強力な武器になるはずだよ。」
凍は木原コーチの言葉を受け止め、少し視線をリンクの氷に落としながら口を開いた。「表現力不足ってことですか。」
その声は冷静だったが、わずかに焦りが感じられた。その態度を見て木原コーチは柔らかい笑みを浮かべたまま、ゆっくりと頷いた。「そうだ。技術的には完璧だ。でも観客に『凍の滑りは心を揺さぶる』と思わせる何かが、もう一段階必要なんだよ。」
凍は木原コーチの言葉を受け止め、少し視線をリンクの氷に落としながら口を開いた。「表現力不足ってことですか。」
その声は冷静だったが、わずかに苛立ちが感じられた。その態度を見て木原コーチは柔らかい笑みを浮かべたまま、ゆっくりと頷いた。「そうだ。技術的には完璧だ。でも観客に『凍の滑りは心を揺さぶる』と思わせる何かが、もう一段階必要なんだよ。」
凍は木原コーチの言葉に返答せず、ただ静かにリンクへ視線を戻した。その鋭い目には考え込むような光が宿っている。紬はその様子をそっと見つめながら、凍くんもまたどこかで大変な課題を抱えているのかもしれないと感じていた。
紬の知らない想い︰
レッスンが終わり、紬は真っ暗の道を急いで帰ろうとした時、すぐそこの物置小屋の裏から木原コーチと凍くんがいるのが見えた。紬は、コッソリ近づいて2人からは見えないけれど自分は声が聞こえる場所まで近づいた。紬が耳をすましていると、こんな会話が聞こえてきました。
「仁。僕は絶対に表現力を上げて、6級の大会で親のために1位を取らなきゃならない。」と凍はいつもより冷静に言う。
「なんでだ?凍の親は死んだ凍の兄がスケートをしていたからお前はスケートの英才教育をさせられてきて、それで親のために滑るからか?」木原コーチは真面目に問う。
「そうだよ。」凍は寂しそうに答える。
「でも、お前は親のロボットじゃない!凍はスケートが嫌だったらやめても良い!」と木原コーチは励ますように言う。
**「分かってる!分かってるよ…。でも、僕の親は兄を愛してる。でも、兄が死んで僕が産まれてからは僕に兄の名前の「凍子郎」からとって「凍」を僕につけた。親は僕を可愛がってくれた。でもそれは僕自体を可愛がってくれたわけじゃない。兄と僕を重ねて可愛がってくれたんだ。そんな人達の言うことを聞かないのが怖くて。だから僕は親のため、死んだ兄のために1位を取る!」**と凍は大粒の涙を流しながら言った。
「分かった。この件については俺は知らない。」と遠慮気味に木原コーチは去っていった。
凍はしばらく1人で座って黙っていたが。すぐに立ち上がり物置小屋の裏から勢いよく出ていくと、それに驚いた紬は尻もちをついて凍にバレてしまった。
凍は驚いていたがすぐには怒らず、尻もちを着いた紬に手を貸す。紬を立ち上がらせると、尋問のように問い始めた。
「どこまで聞いてたの?」と凍は眉をひそめながら聞く。それに対して紬は盗み聞きしてしまった罪悪感でいっぱいになりながら「え……あ…。ご…ごめんなさい。ほとんど全部聞いてました。」 といった。「そんなに面白かった?僕の話。あんたさ、通常耳聞こえないんだったら、補聴器外して置いてよ!」凍の声は盗み聞きされた怒りで震えていた。「ごめんね。」紬はもう一度謝った。
「もういい。僕本当にあんたの事、嫌いだよ。補聴器外して大会に出てリズムに乗れずに終わればいいじゃん。」凍は怒りが溢れて止まらない。「そんなの私は嫌だ。」「え?」紬がはっきりと物事を言ったので凍はビックリした。それでも紬は話を続ける。「嫌だ!私はスケートが大好きなの!その気持ちは絶対に変わらない!次の大会で1位を絶対にとって、凍くんを越えて先に7級になるんだから!」紬のこの強い言葉には、彼女の揺るぎない意志と情熱が込められていた。
一方凍は『何でそんなふうに思えるんだ。あぁそうか。僕みたいに親に無理やりやらされてないからだ。』と心の中にある苦しさと孤独感が強く表れていた。「自分だけ傷ついてる人に酷い言葉言って良いって思ってたら大間違いだよ!誰がどんな理由で傷ついてても、言っちゃダメなことはある。スケートで戦うのに凍くんだけ弱気になんないで!!!」そう言って紬は帰っていった。
紬の言葉は夜空に綺麗に広がって散ったように凍に見えた。
つづく