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のりもちさん
2,029
吉田仁人side
「おじゃましまーす。」
今日の撮影を終わらせた俺は勇斗の家に来ていた。勇斗の家にはよく来るのでいつも通り荷物を置いてソファに座る。
「お茶でいい?」
「あ、うん。ありがとう」
勇斗はそういうとガラスのコップに氷とお茶を入れ、俺の前のローテーブルにカタンと静かに音を立てて置いた。
これからが問題だ。練習すると言って了承を得てここまで来た訳だがどう切り出そう。10年以上一緒にいるメンバーと改めてハグやらキスやらの練習なんて恥ずかしすぎる。いつものくせで腕を組みもんもんとしていると勇斗の方から言い出してくれた。
「練習。しなくていいの?」
「す、する!」
「はは、何慌ててんだよ。」
勇斗は目尻が完全に下がりまくったへなへなの笑顔で慌てた俺を笑った。そんな顔。今まで見たことないぞ。なんだそのまるで愛おしくて仕方ないとでもいいたげな顔は。
いかんいかん。練習しなければ。せっかく掴んだチャンスだ。MILKの為にいい作品にしなくては。そのためには練習が必要だ。まずはハグからだな。
「じゃあまずはハグから……」
とりあえずハグしてみる。いや、これはダメだ。勇斗の方が背が高いからか俺が包み込まれるようにハグされてしまった。自分より一回り大きい勇斗の腕の中にすっぽりと収まってしまう。一旦台本を確認しようと離れようとしたがなぜか離れられない。
理由はすぐにわかった。勇斗が力を抜いてくれないからだ。もう離さないとでも言いたげな力の入った腕に疑問を覚えつつ、胸をトントンと叩き離れるように促す。が、全く離れない。どころか俺を抱きしめる腕はどんどん力が入っていきついには苦しくなってきた。勇斗の呼吸が間近で聞こえる。香水の匂いも勇斗自身の匂いもこんなに近くで強く感じたのは初めてだ。
「はやと……ちょっと苦しい」
「はっ、あっ、ごめん。つい……」
どうしたのか。一瞬だけだったが寂しそうな顔をした。最近メンバーの寂しそうな顔を見る場面が増えた。これは1人ずつ面談しなければな。そんなことを考えていたら勇斗は落ち着いたのかいつも通りのおふざけはやちゃんになっていた。
「じんとーー次は?つぎつぎ!」
「はいはい、てかまだハグの練習終わってないから。勇斗ちょっと屈んで小さくなって!」
「えーじんちゃんが小さいからじんちゃんが大きくなればいいじゃんー」
「無茶言うな!」
そういいつつも大人しく屈んでくれる。よし。まだちょっとデカいが多少は星野さんの身長くらいに近付いただろう。今度は俺が包み込むようにハグをする。まぁハグはこんなもんか。
次が問題だ。
【キス】
どうしたものか……ほんとに経験がない俺はキスのノウハウも何も知らない。したことはあるがだいぶ前のことすぎてほとんど覚えていないし。
あ、そうだお手本を見せてもらおう。
「勇斗、キスのお手本見せて。」
「はぁ!?お手本ってなんだよ!」
「だってわかんないんだもん!!」
「わーったよ、お前俺に感謝しろよ?」
「もちろんわかってるって。」
「キスってのはな。こうやるんだよ」
そういうと勇斗は俺の腰に手を回したと思ったら力強く引き寄せもう片方の手を俺の顎に添えたかと思ったらそのままの流れで上に向かせる。あまりにも自然な男の手つきに、俺はパニックのまま、つい反射的に目を瞑ってしまった。
――カチ、と部屋の時計の音が異様に大きく聞こえる。触れそうなほど近くにある勇斗の熱い吐息を感じて、ドクンと心臓が跳ね上がった。
……待て、何してんだ俺!
我に返ってカッと目を開けると、唇が触れる寸前の距離でピタッと止まっていた勇斗の、ニヤケ顔と目が合った。
「じんちゃーん目つぶっちゃって。キスする気満々なんじゃないのー?」
「ち、違う!!勇斗があまりにも普通にやるから!!」
「で、わかった?キスの仕方。」
バッと急いで後ろを向いて顔を隠す。分かるわけない。心臓がうるさい。なんでこんなにドキドキしてるんだ。おかしい。いつも通りの勇斗のはずだ。今だって顔見せてよじんちゃーんってふざけてる。なんなんだ全く。
何回か深呼吸して落ち着くことができたため、振り返り次は俺が練習する番だと目で訴えると何も言わずとも少し屈んでくれる。
流石勇斗だ。
「えーっと、こうして、こうして……」
「ぶふっ、仁人それ本番で言っちゃダメだからね?」
「わかってるよ!!」
からかうようなその悪戯な笑顔。ちょっと可愛いと思ってしまった自分が悔しい。そうして今日の練習は終わりを告げた。
「じゃあ帰るわ、またあした。」
「おう。気をつけろよ。」
勇斗はマンションの下までわざわざ出て送ってくれた。さり気ない優しさがやっぱり少しは嬉しかったりするのだ。よし、勇斗も練習付き合ってくれたし、いい作品にできるよう精一杯頑張ろう。
コメント
3件
わあ、第16話「練習」、めっちゃ良かったです……! 仁人の心臓の音が地の文から直接聴こえてくるようなドキドキ感、たまらなかったです。特に「目つぶっちゃって」のシーン、あれは反則ですよね。10年以上の付き合いなのに「改めて」だからこそ生まれる照れと距離感、そして勇斗のさりげない優しさ(マンション下まで送るとか)も含めて、関係性の解像度がぐっと上がった回だなと。世界観設計マニアとして、この「練習」という装置を使って二人の関係を少しずつ変質させていく構造が本当に上手いなあと感じました。続きが気になる……!