私は草。あなたは木枝。あと何時間生きられるでしょうか。
私がいるのは公園です。あなたもそうです。私にもし手があればゆうに届く距離にあなたはいます。
あなたは喋れません。当たり前です。植物は喋りません。なので私はあなたのことが分かりません。つい数分前にはるか上から落ちてきたこと以外は。言い忘れていましたが、私も喋れません。
あなたは今横たわっています。が、立て掛ければ私の背の倍はあるでしょう。凛々しいとすら感じる程の太さもあります。凛々しいです。あなたは今生きていますか。ふと気になってしまいました。人間は高いところから落ちると死ぬと言います。いえ、聞きました。木枝と人間はどれほど似てるのでしょうか。ああ、死んでいたらどうしよう。あなたが人間ならば良かったのに。言い忘れていましたが、私はあなたのことが好きです。
草というものに種類はあれど、行動にはあまり種類がありません。なので生きている間はみんな前を向くか、下を向くか、上を向くかしかしません。植物には目がないので私だけかもしれませんが、やることがないのはみんな一緒のはずです。私は今日も上を向いていました。
私のすぐ上には大樹があります。私は生まれた時からずっと眺めていました。そこにあなたはいました。大樹というからにはどんな枝も太く、長く、そしてささくれている。あなたは多分枝の中で一番若いと思います。大樹のどんな枝より細く、短く、そして綺麗な表面を持っていました。私は恋をしました。
人間はふつう性別の違う人二人で一緒になるそうです。ならば草と木枝の違いも性別の様なものであり、私たちは一緒になれるのでしょうか。最近は人間の性別も多種多様なそうですから、せめて恋心くらいは許してもらいたいものです。先程から人間の例えを多く出すのは、私が人間に憧れているからです。
あなたが落ちてきたのはどうしてでしょう。今日も上を見ていた、と書いたわりには私は全然見えていなかったのだと思わされます。少し恋心に乗せて言うのであれば、これは神が授けてくださった運命であり、私とあなたはやはり一緒になるべきだと背中を押していただいた証だと思えます。しかしそれは妄想も妄想であり、不謹慎な事柄です。もし落ちた衝撃であなたの命が途絶えていたら、
私はこの前六行と共に死にます。
大層なことを言った割に私は死にたくありません。何もしないで生きていくのがそんなに楽しいのかと言われそうですが、生きるためには何かせねばならないのでしょうか。人間なら違うでしょうが、植物であればおかしいこと極まりありません。植物にただいる以上の価値など人間には勿体無いです。 私は人間に憧れながら人間が嫌いです。そんなことを気にしている場合ではない。
私は喋れない上に動けません。あなたもきっとそうでしょう。風には揺らめけど、あなたには触れられません。人間は直接触って生きているかどうかを確かめるそうです。大樹は生きているものだとも聞きました。あなたは生きていますか。慌てる中で憧れのあなたにこんな近づくことができた高揚が混ざっているのに気付き、少しいやになります。しかしあなたに気付かれる術がないことが、私が植物として生まれてきて唯一良いことだと思います。
ところで私はずっと前からいやな予感がしていました。あなたの生死に関わることでは、いえ、関わるかもしれません。私が人間の事柄をどこで聞いているのか。それは冒頭まで遡ります。面倒なので一言で表すと、ここは公園だということです。そう、そろそろたくさんの人間が来ます。
人間は決まってこの時間に大勢押し寄せます。小さいものと大きいものがあり、小さいものは全員同じかさを被っています。厄介なことは一つ、小さいものが植物を踏み散らかすところです。現に私の周りの植物がまだらなのは確実にこのせいでしょう。踏まれたことで蕾が傷つき、奇形化してしまったというクローバーの話も聞きました。恐ろしいです。でも今最も恐ろしいのは、あなたは大樹のどの枝より細いということです。
ああ、来た。私に耳はありませんが、確かに聞こえます。人間の鳴き声が。近寄ってきています。来るな。
喋れないのが惜しい。さっきより猛烈に思います。腕が、足がないのはもっと惜しいです。
あなた、あなたに近寄らないで。やめて。
やめて
やめませんでした
ぱきゃっという音と笑い声が聞こえました。 あなたはやっぱり真っ二つ。でも死んでないかもしれない。落ちた時だってきっと大丈夫だったんです。今だってきっと、あなたは半分の体なんて少し不便だなぐらいにしか思っていないはず、そう言って下さい。
私は気づきました。私は踏まれても大丈夫ではないことに。いつからあなたのことを人間だと思っていたんでしょう。人間が踏まれて体が真っ二つになったらどうなるか知りませんが、私であれば死んでしまうんでした。忘れていました。いえ、考えない様にしていました。ほら、あなたは長い間私の憧れで、暇つぶしで、私とは違う植物だったものですから。あなたと私は全く別物だと思っていました。ですが今思えば私と人間の方が全く以上の別物ですね。私はバカな考えをしていました。なんだ。私とあなたは案外もっと近くにいたんだ。
その近くであなたが死んでいます。ああ、私は不幸ですね。植物にない幸せをようやく享受できると思ったのに。分かりました。植物に未来はないというなら、大人しく、凛々しく、来世に期待することにしましょう。
ねえ、あなただけは酷いじゃないですか。
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