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ゴトゴト……ゴトゴト……。
規則的に揺れる馬車の中、沈黙が支配していた。
バスは申し訳なさそうに縮こまり、時折アソビの方をチラ見するが、その視線の先には──
「アソビ、大丈夫……? まだ痛む?」
テナーの膝枕で寝かされ、そっと頭を撫でられているアソビの姿があった。
「……あかん。もう俺の腰、ダメかも……」
アソビは虚ろな目で天井を見つめる。
その頭を優しく撫でながら、テナーは「かわいそうに……」と甘やかすような声を出した。
「バスが酷いことするから……アソビ、可哀想……ねぇ、何か欲しいものある?甘いお菓子?それとも僕の歌、聴く?」
「……そのまま寝かせてくれ……俺、今、何も考えたくない……」
テナーは優しく微笑むと、バスの方を一瞬だけチラリと見て──
またすぐ、何事もなかったかのように視線を逸らした。
バスはギリッと歯を食いしばる。
もう何度も謝罪の機会を伺っているのに、テナーが徹底的にそれを許さない。
バリトンは深い溜息をつき、持っていた本をパタンと閉じた。
「……こんな空気で『キーウ』に着いたら、余計にろくでもない事態になりそうだな」
誰も何も返さないまま、馬車はひたすら目的地へと進んでいく。
(アソビ視点)
中継地点となる街で休憩をすることになった俺たち。
俺とテナーが街を歩いてると、急に何人かの男がこっちに歩いてきた。
なんか、目がこっちに向いてて、ちょっとした違和感がある。
あれ? いや、でも……まさか。
その中の一人が、クスクス笑いながら俺たちを見てきて、なんかすごく不安になる。
「うわ、これ絶対なんかヤバい予感……」
テナーは、相変わらず無防備に、俺の隣でニコニコしてる。
俺、心の中で必死に冷静を保とうとしてるけど、明らかにこっちが狙われてる雰囲気がする。
「え、えっと、テナー?ちょっと、あの、逃げようか?」
でも、テナーは無防備に、なんもわかってないみたいにふわふわしてて、余計に気がもめる。
そのとき、男たちが一気に俺たちに近づいてきて──
「うわ、まじかよ!」
いきなり手を伸ばしてきた。何かを取ろうとするか、何かをしようとしてるみたいで、ちょっとビビった。
「あ、あの……ちょっと、やめてください!」
思わず声を上げたけど、男たちは無視して、俺に手をかけてきた。
どうしよう……こんな、こんなところで……?
そのとき、背後から低い声が響いた。
「おい、何してんだ、テメェら?」
振り返ると、そこにバスがいた。
顔が険しく、目が鋭く光ってる。
「お前ら、俺の許可なしで手ぇ出すつもりか?」
銃を持ってる手が、サラッと振り上げられて──バシッと男たちを一掃する雰囲気。
男たちが一瞬で動きが止まった。
あ、あ、あ、あっさり?
え、マジでこれ、こんな簡単に──?
「身内のものだが、何か問題でも?」
バスが言ったその一言に、男たちは完全に怯んで、すぐに後退し、慌ててその場から逃げていった。
「うわ、まじで助かった……」
俺、心の中で安堵した。いや、ほんとに。
でも、声に出して「ありがとう、バス」って言ったけど……なんだか、ちょっとだけ気まずい感じもする。
「…………」
隣を見ると、テナーがまた無言で俺を見てる。
でも、今朝の件から、ちょっと冷たい雰囲気だ。
「て、テナー?あの、お礼……言わないの?バス助けてくれたし……」
「……うん」
テナーはあんまり嬉しそうじゃないし、相変わらずバスに冷たい目を向けてる。
バスが「朝の件は本当に申し訳なかった。記憶がないとは言え、本当にすまなかった」と謝罪しできたので、俺も謝ることにした。
「いいよ……。さっきは馬鹿って言っちゃったし……」
「あ、それ気にしてないよ。確かに俺は馬鹿だけどさ、でもテナーにそんな風に思われるのがイヤなんだよね。ちょっと悔しいっていうかさ……いや、なんかよくわかんねーけど」
そう言っている間もテナーはバスに対して無視をしてる。
「テナー、あの、ちょっと、その、えっと」
俺が慌てていると、バスはまた深く頭を下げる。
「本当に申し訳ないことをした。許してくれとは言わないが、せめて謝罪だけでもさせてほしい」
テナーは相変わらず何も答えずに、ただじっとバスを睨みつけてる。でも、その表情が少しだけ和らいだようにも見えた。
「アソビ、大丈夫? まだ痛むか?」
「まぁ、朝ほどではないよ……」
バスが頭を深く下げるたびに、テナーはそれを無視して、俺に視線を向ける。
「大丈夫?」って声は、どこか優しさが感じられるけど、その背後にある申し訳なさが、なんだか気まずい。
「まぁ、朝ほどじゃないよ……」って、俺はなるべく普通に答えるけど、正直、まだ腰がちょっと痛い。
でも、もうバスにあんなことされたから、痛みどころじゃない気がしてきて、ちょっとテナーを見てみる。
テナーの顔は、まるで石のように硬い。
バスがまた言葉を続けようとするけど、その間に、テナーの目がじっとバスに向けられている。
「テナー、頼むよ。少しは反応してくれよ」
でもテナーは、目を合わせることすらせず、無言でバスを無視する。
うーん、やっぱりこいつ、ほんとに冷たいな。
けど、逆にそれがテナーらしいって思えてきて、俺はちょっと肩をすくめる。
バスが困ったように目を伏せて、深くため息をつく。
「いや、ほんと……どうしてこんなことになったんだろうな……」
「バス、さっきのことも謝ったし、もういいんじゃないか?テナーも、ちょっとだけ気持ちが収まったかもしれないし」
俺が言っても、テナーは黙ったままだ。
その様子を見たバスは、なんだか困った顔をしている。
「変なの」ってつぶやくテナーの顔に、やっぱり少し疲れた表情が浮かんでる。
「ほんと、テナーって変わってるな……」
俺が心の中でそう思っても、テナーは無視したまま、バスを見つめ続ける。
その目には、いつもの鋭さがないけど、それでも、どこか気まずい感じは消えない。
「……行くぞ、馬車に戻ろう」
バスが言うと、俺たちはその場を後にする。
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
ただ歩く音だけが静かに響いて、テナーの不満げな視線を感じると、なんだか息が詰まるようだった。
馬車に戻ってからも、ずっと気まずい空気が続いていた。テナーは、相変わらず無言で俺を見つめ、バスもあまり声をかけてこない。俺がどうすることもできない中で、時折耳にする彼らの動きが妙に重く感じられた。
夜が近づき、テントの中に入り、寝床に就くことに。今回は、俺がどうしても左端で寝ることになった。
いつもなら特に気にしないが、今日は何だか妙に落ち着かない。そんな中、隣に寝ていたテナーが、少しだけ俺に寄り添ってきた。
「アソビ、まだ大丈夫?」とテナーが静かに声をかける。
その声に答えると、テナーは「そっか」と言いながら、無意識に俺に軽く体を寄せてきた。
普段はこんなこと、絶対にないはずなのに、今夜はテナーの柔らかい温もりが、何故か心地よく感じてしまった。
思わず、俺は小さく息をついて目を閉じる。
「ありがとな……」と、つい言葉が漏れる。
その時、ふとテナーの体温が少し近づき、彼の手が自然に俺を包み込むように回った。
「アソビ、少しだけ……」テナーの声が優しく、でもどこか執着が滲んでいた。
そのまま、俺はなんとなく目を閉じた。
だが、突然テントの入り口がガサガサっと音を立て、バスが姿を現した。
「何やってんだ、お前ら……」
バスの声に、俺とテナーはぴくりと反応する。俺はまだテナーに抱き寄せられていたが、バスがその光景を見てしまったようだ。バスは、あまりにも不服そうな顔をしている。
「……おい、テナー、アソビに寄り添って何してんだ」
「何も、ただ抱きついているだけだよ」
「……はぁ?」と、バスが一歩踏み込む。その目は俺を見つめ、そしてテナーの肩をぽんと叩いた。
「テナー、変なことしてるんじゃないだろうな」
だが、テナーは無言で俺にぴったりとくっついたままで、バスの言葉に答えようとしない。その目にどこか諦めたようなものが浮かんでいる。
俺はなんとなく気まずくなり、顔を真っ赤にしてそっとテナーの腕を振りほどこうとした。
「テナー、ちょっと」
「アソビ?まだもう少しこうして欲しい。」と、テナーはそのまま俺を抱きしめ続ける。
その様子に、バスがますます不服そうに顔をしかめる。「お前……」とため息をつきながら、バスはテナーの隣に座った。
(やっぱ、ここにいると気まずいな)
「なんか、寝る場所がない気がするな……」と、俺はしばらく黙り込む。
そして、ついに我慢の限界がきたのか、俺が「うるさいな!」と声を出すと、テナーがびっくりしたように顔を上げ、バスが「お前がうるさいんだよ」と返す。
「お前ら二人、少し外に出てくれよ」
「え?」
「うるさい、テント出て行って。お前ら二人がいると、俺寝られねぇから」
言ったとたん、二人は驚きの表情を浮かべる。だが、俺の言葉にどこか諦めの気持ちを感じ取ったのか、バスは「しょうがねぇな」と立ち上がる。
「おい、テナー。行くぞ。」
テナーは少し迷ってから、俺の方を見て、ゆっくり立ち上がる。
そして、テントの外へと出て行った。
その後、俺はようやくひとりになり、ホッとした気持ちで身体を横たえた。しばらくすると、テントの外から二人の声が聞こえてきた。
「バス……、ちょっと黙ってて」
「お前が何もしなければ、こんなことにもならなかったんだよ」
しばらく聞いていると、二人はやがて焚き火の前に座り込んだようだ。その声がどこか寂しそうで、気まずいものを漂わせていた。
(テナー視点)
焚き火の炎が揺れて、夜風が冷たく肌に触れる。僕はバスの隣に座り、黙ってその炎を見つめている。心の中で、あれこれとぐるぐると考えが巡るけど、どれもまとまりきらない。
「あのな、テナー。俺は、お前がアソビにちょっかい出してるのを見て、正直ちょっとムカついてた」とバスは僕に向かって言う。
僕は何も答えない。
「お前、なんで朝からそんな態度なんだよ。アソビにも言ったけど、お前もう少し違う態度とれねぇのか。」
その言葉に少しムッとする。でも反論できない自分がいるのも事実だった。
アソビのことは好き。透き通った白い肌と光が灯らない瞳。まるで精巧な人形のようで、ずっと見ていたいと思わされる。
同時になぜだか、癒されたいだとか、可愛い服を着せたい強い衝動が沸き起こるのだ。自分でもその衝動をどうしていいか分からなくて困惑する。
最近は特にそれが激しくて抑えきれずに暴走してしまうことがある。それがバスや周りの人たちに迷惑をかけていることは薄々気づいている。
今回のこと。僕だって、バスが謝る姿を見て、心の中で嫌な気持ちがぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。こんな気持ちになって、何をどうすればいいのか、わからない。
でも、胸の奥で押し込めた気持ちは、どうしても消せない。
なんで、あの時のアソビの顔を見て、こんな気持ちになるんだろう。
バスがあんな事しなければ、一生知らずに済んだ。アソビのあんな姿を見てしまったら、もう気になって仕方ない。僕はどうしてこんなにも、アソビに執着しているんだろう。
でもその答えも、まだ分からないままだ。
「なぁ、テナー。」
「……何?」
「お前、アソビのことどう思ってるんだ?」
バスは突然そんなことを聞いてきた。僕は少し驚いて、でも素直に答えた。
「アソビのことは、可愛いと思ってるよ。」
その言葉に嘘はなかった。アソビの歌声も、容姿も全て含めて、本当に可愛いと思っている。でも、その感情がどこからくるのか自分でもよく分からなかったし、それをどう表現すればいいかもわからなかった。
「そうか……」とバスは言った後しばらく沈黙が続いた。その後バスはまた口を開いた。
「テナー、お前、もう少し自分の気持ちに素直になれよ。」とバスは続けた。
「なんで?」
「だってお前、アソビのこと、好きなんだろ?」
「好き?僕が?」
僕はバスの言葉に少し戸惑った。でも、確かにアソビのことは好きだ。でもそれは恋愛感情とかではなくただ単に可愛いと思うだけで、それ以上の感情はない。でもその感情も、バスの言葉によって少し揺れ動くような気持ちになった。
「まぁ、アソビのことが気になるってのはわかるけどな」とバスは続けたが、その言葉はどこか他人事のような響きがあった。
「正直、お前がアソビに執着するのは何となく分かる。俺も時々お前とアソビは似てるって思うことあるし」
「え……?」
「お前とアソビは同じ顔だし、声も似てるしな。でもな、テナー。お前はもっと素直になれよ」とバスは続けた。
「お前だって、本当はわかってるんだろ? 自分の気持ちが何なのか」
その言葉に僕は何も言い返せない。
「まぁいいさ。これからゆっくり考えていけばいい」とバスは僕の頭をぽんと叩いた後立ち上がった。そしてそのままどこかへ歩き去っていった。
その後ろ姿を見ながら、僕は再び炎をじっと見つめていた。
頭の中ではまだモヤモヤとしたものが渦巻いていたが、少し冷静になった僕は自分自身を振り返り始めていた。
自分が本当にアソビのことを好きかということについては、確かにまだ確信はなかった。ただ、少なくとも今までよりはもっと彼のことを知りたいと思っていたことは確かだった。
そして同時に自分の中に芽生え始めた感情についても考えるようになった。この気持ちがなんなのかを知るためにも、もっとアソビのことを知ろうと思うのだった。
「ここに居てもつまらないから、もう寝ようぜ。アソビももう寝てるだろ。」と、バスは僕に向かって言った。僕は小さく頷き、テントへと戻ることにした。その途中で、僕はバスに話しかけた。
「ねぇバス、アソビのことどう思う?」
すると、バスは少し考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「そうだな。あいつは確かに不思議な存在だよ。でもな、俺はあいつのことをちゃんと理解したいと思っているんだ」
その言葉に、僕は少し安心した気持ちになった。「ありがとう」と言うと、バスは優しく微笑んでくれた。
テントに戻ると、アソビがすやすやと眠っている姿が目に入った。その姿を見ると、なぜか心が安らいだのだった。
(アソビ視点)
目を覚ますと、なぜか体が温かい。薄明かりの中で、何となく柔らかい感触が背中に伝わってきた。……え?何これ?
思わず身をよじると、背中にぴったりと寄り添っているのはテナーだった。しかも、腕が僕の腰に回って、顔が僕の肩にすり寄せられている。
――あぁ!もう、何やってんだ、コイツは!
「……テナー?」
俺が小声で名前を呼ぶと、テナーはまるで子供のようにぐっすりと寝ていて、全然反応しない。くっついているという事実に、体が自然と熱くなった。
「う、うわ、恥ずかしい……。」
冷静に考えれば、ただ寝てるだけだし、別に悪いことじゃない。でも、どうしても恥ずかしくて、顔を赤くしてしまう。まさかこんな状態で朝を迎えるなんて、予想だにしていなかった。
「テナー、起きて……。」
声をかけてみても、彼は夢の中でうっとりと寝息を立てている。仕方なく、俺は彼の肩を軽く揺すった。
「ん、んん……」
テナーがうるさそうに目を開け、ぼんやりと俺を見上げてきた。寝ぼけた表情で、さらに抱きしめてくる。ど、どうしろって言うんだよ、こいつ!
「おはよ……アソビ……」
「おはよう……っじゃなくて!ちょっと! 離してよ、テナー!」
「アソビ、あったかい」
「もう、寝ぼけてるのか!?」
必死に腕を引き抜こうとするけど、テナーはそのまま俺にしがみついたままで、なかなか離れない。こ、これがテナーの抱きつき攻撃か?
そんな、朝からこんなこと……。
「アソビ、あったかい」
テナーは寝ぼけた顔で俺を見つめると、そのままぎゅっと抱きしめてきた。
「うあ! ちょ、ちょっと! 離し……」
「照れてるの?恥ずかしいの?」
「両方だ!離せ!」
「駄目」と、テナーはまたぎゅっと俺を抱きしめてから頬に軽く触れた。
その瞬間、彼の瞳に力が宿り、顔が近づいてきて唇が重なった。その瞬間、体に電気が走ったような衝撃を感じた。それはほんの僅かな時間だったが、それでも強烈に感じてしまった。
「は……?え……?」
「アソビの初キス、僕が先にもらっちゃうね」
「ふぇ……」
「アソビは、僕のこと好き?嫌い?」
「ど、どういう聞き方してるんだよぉ!」
その時、後ろからバスの声が響いた。
「お前も人のこと言えないだろうが。」
振り返ると、バスが立っていて、腕を組んでこちらを見ていた。彼の顔は少し赤く、どうも朝からの光景に呆れ気味のようだ。
「お前、アソビに甘えてる場合かよ。」
バスはため息をつきながら言った。テナーはまだ寝ぼけた様子で、俺を見て微笑んでいる。
「ち、違うんだよ、バス……!」
慌てて弁解しようとしたけれど、テナーはまったくその場面を気にせず、さらに抱きしめてきた。
「うん、アソビ、朝から元気だね。」
テナーはあまりにも無邪気に言って、まるで僕の恥ずかしさをまるで気にしていない。
バスは頭を抱えるようにして、またため息をついた。
「お前も言う資格ねぇな。」
バスは呆れた様子で言ってから、肩をすくめるようにして一歩後ろに下がった。
その間、テナーは俺の頬にキスをしてニコニコしていたけれど、俺の顔は赤くなり続けている。バスが言う通り、俺も確かに人のこと言えないよな。でも……どうしてこんなに恥ずかしいんだろう?
それに、まだテナーとのキスの感触が残っているようで、つい唇に手が触れてしまう。こんなのおかしい!おかしいよな?おかしいはずなんだけど。
バスは黙ったまま俺とテナーを見ていて、やがて大きくため息をついた後こう言った。
「まだ、日が出始めたばかりだからお前らしばらく二人で寝てろ。」
そしてそのままどこかへ行ってしまった。取り残された俺はぽかんとしていたけど、結局いつも通りテナーに抱きつかれて横になってしまったのだった。
(テナーの体……暖かい……)
優しい感触に包まれながら、俺は目を瞑った。心地よい声と共に鼓動の音が聞こえてくる。耳にかかる熱い吐息がくすぐったかった。
こうやって人に抱きしめられることなんて滅多にないから、妙にドキドキした。
密着する身体の温かさを感じる度に、なんだか恥ずかしくなってきてしまうのだ。でも同時に安心感もある。
テナーは俺をぎゅっと抱きしめたまま動かない。俺の胸の中で、彼の心臓の鼓動が聞こえる。
「テナーはさ」
俺は小さく呟いた。
「ん?」と彼は少し反応して、俺を見る。
「どうして俺にこんなに構うの?」と俺は疑問を投げた。
テナーは少し考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「それはね、アソビが可愛くて……」
「可愛くて?」
「うん、可愛くて仕方ないよ。だって、こんなに可愛いし」
……またこれか。一体何回この言葉を聞いたか。言われ慣れていない言葉に少し顔を赤くする俺だが、心の中ではどこか嬉しさを感じていた。
「アソビの声って、聞いてると胸がドキドキするんだよ」
そう言いながら、彼はさらに強く俺を抱きしめる。俺の胸に顔を埋めて、鼓動を聞き入るようにしている。その仕草がとても愛おしく思えて、思わず頭を撫でてしまいそうになったけど、なんとか踏みとどまった。
「それにね」と、彼はまた口を開く。
「アソビは歌うことが大好きで、いつも笑っていてとても元気な子で……そんな君がこの館に来てくれた時は、本当に嬉しかったんだ。」
彼の言葉を聞きながら俺は少し恥ずかしくなって目をそらす。そんなに褒められると照れてしまうし、なによりも恥ずかしいのだ。
「それから君とずっと一緒に生活してわかったのはアソビの存在そのものに魅力があるってことだよ。」
「そんな……。俺なんか、歌うこと以外は何もできないし。」
「そんなことない。君は誰よりも魅力的で愛らしいんだ。だから君はここにいるんだよ。」
そう言いながら彼は俺の背中を優しく撫で始めた。その仕草に胸がドキドキして体が熱くなるのがわかる。俺は恥ずかしさを誤魔化すように彼を抱きしめ返すと彼もまた嬉しそうに笑い出すのであった。
―――――――――――――――――――――――――
テナーがまた僕に寄り添ってきて、俺の肩に頭を乗せる。もう、この距離感が普通になってきたような気もするけれど、それでもやっぱり恥ずかしい。彼の温もりが心地よくて、でも……あぁ、ちょっと近すぎる。
「うーん、アソビ、いい匂い……。」
テナーがまた頭をすり寄せてきた。その柔らかい髪の感触に、僕はどうしても笑みがこぼれそうになったけど、それを必死に抑える。
「テナー、ちょ、ちょっと近いよ……。」
言葉がもごもごしてしまう。心の中では「やめてくれ!」と思うけど、どこかで嬉しくて仕方がない自分がいることも事実で、それがまたさらに恥ずかしい。
その時、後ろから聞こえてきたのは、バスの冷たい声だった。
「お前ら、ほんとに……。」
バスがうんざりした様子でこちらを見ていた。その目は、俺とテナーがこんなにくっついているのを見て、わずかに険しくなっている。
「な、なんだよ?」
俺はちょっと驚いてバスを見ると、彼はすぐに顔をそむけて、肩をすくめた。
「いや、別に。……なんでもない。」
でもその言葉の裏に隠された感情は、どうも違う気がする。
テナーは僕の肩に顎を乗せながら、幸せそうな顔をしているが、その横でバスは手をポケットに突っ込み、少しだけ目をそらした。どうも落ち着きがない。まるで何かを我慢しているみたいだ。
「ねぇ、バス、どうしたんだよ?」
思わず聞いてみると、バスは目を細めて少し不機嫌そうに言った。
「いや、何でもないって。」
そう言いながら、彼はもう一度、俺とテナーが距離を縮めているのをチラリと見て、視線を逸らした。あれ?バス、もしかして……?
テナーがにこやかに言う。
「あ、バスも一緒に来れば?暖かいよ。」
その言葉にバスは、やっと顔を上げたが、やや不快そうに目を細めて答えた。
「……いや、別にいい。」
バスが振り返りながら歩き出すと、その背中がやけに硬く見えた。何か不機嫌な感じがにじみ出ていて、まるで「自分は別に気にしていない」と言いたいかのようだった。
でも、明らかに目に見えるくらい、ちょっと嫉妬している様子だった。
その後ろ姿を見送って、僕はテナーに視線を戻した。テナーは完全に自分の世界に浸っているようで、僕に抱きついたままで、にこにこしている。
「バス、怒ってる……?」
「うーん、どうだろ。気にしてないって顔してるけど、やっぱりちょっとね。」
テナーがクスッと笑う。なんだか、その言葉に少しほっとした自分がいた。
でも、どうしてバスがこんなに気にしているんだろう? もしかして……。
「お前…ヤキモチ妬いてるのか?」
思わず口をついて出た言葉にバスは「お前……一回その口閉じさせてやろうか?」と凄んできたのだった。
(続く?)