深夜のコンビニエンスストア。
日付が変わってから、客足はほとんど途絶える。煌々と光る蛍光灯の下、鈴木は黙々と品出しをしていた。この時間帯のバイトは、鈴木にとって都合が良かった。人と関わる機会が最小限に抑えられるからである。
あの三人との件から、二年経っていた。もう当時を思い出すことは少なくなっている。あの頃は子どもだったな、と振り返ることが出来るようになっていた。
しかし、当時も今も生活スタイルはあまり変わらない。人との距離は、常に一定に保ちたい。日雇いのバイトを転々とするのも、身バレを防ぎ、特定の人間関係に深入りしないためだった。
そんな鈴木の平穏な夜に、突然の嵐がやってきた。
「あの!」
軽やかな声が、鈴木の背後で響いた。振り返ると、そこにいたのは、今日からシフトが一緒になったらしい、高校生くらいの女だった。短い黒髪。目が合うと、ぱっと明るくなる、人懐っこい笑顔。
鈴木は目を見開いた。
彼女は、鈴木がかつて好きだった、そしてもう亡くなってしまった凛子に、驚くほどそっくりだったのだ。固まってしまった鈴木に、彼女が不思議そうな顔をして首を傾げた。
「え、どうかしました?」
「あ、いや…なんでも。今からシフトの方ですか?」
しかし、その動揺を隠すように鈴木は、いつものように人当たりの良い笑顔を貼り付けた。内心では、動揺で会話どころではなかったが、それは顔には一切出さない。それが、鈴木が身につけた処世術だった。
しかし彼女は、鈴木の警戒心などお構いなしに、一歩、さらに距離を詰めてきた。その手には、補充を終えたばかりの菓子の空箱が握られている。
「そうです!えーっと、鈴木さん? 私、今日からここの深夜シフトなんです!よろしくお願いします!」
鈴木の名札を見て、名前を確認したもの束の間、マシンガンのように言葉が飛び出してくる。彼女の瞳はキラキラしていて、まるで子犬が尻尾を振っているかのようだ。その無邪気さが、逆に鈴木を警戒させた。
「あぁ、そうなんですね。よろしくお願いします」
鈴木は、薄い笑みを浮かべながら、適当に返事をした。
「…名前なんて言うんですか?…えっと」
「あ!待ってください!」
名札を見て名字を呼ぼうとすると、被せて話してきた。
「凛って呼んでください!名字より名前の方が好きなんで」
「…分かりました、いいですよ」
初対面で名前で呼べという人間がいるだろうか。顔はともかく、性格はあの子とは全く似ていない。少しでも彼女の面影を感じた自分を恨んだ。鈴木は、馴れ馴れしい凛の様子に警戒を続ける。そんな鈴木の様子にも気にすることなく、凛は、満面の笑みで楽しげに話を続けた。
「やったー!え、夜勤してるってことは、鈴木さんって夜型人間なんですかー?」
「あはは……どうなんですかねぇ」
鈴木は、曖昧に笑ってごまかした。彼女のグイグイ来る感じが、正直嫌で嫌でたまらなかった。同族嫌悪なのだろうか。鈴木は、自分から行く時は結構押す手法を取るタイプだと自覚していたが、向こうから来られるとここまで嫌悪感が出ることに初めて気がついた。
だが、ここで冷たく突き放せば、後が面倒になる予感がした。シフトが被ったということは、今後も同じ時間帯になるかもしれないからだ。それに、彼女の悪気のない好奇心に、真正面から嫌悪感をぶつけるのも、気が引けた。
そんなことを気づいているのかいないのか、凛は、鈴木の歯切れの悪い返事にも、全く臆することなく突っ込んでくる。
「えー、それって秘密ってことですか?なんかミステリアスですね~!え、彼女さんとかいるんですかー?」
鈴木、商品の段ボールを抱え直し、品出しを再開するフリをした。顔は笑顔を保ったままだが、内心では早くこの会話が終われと願う。
「…どうでしょうねぇ、というか僕の恋愛事情なんて興味ないでしょう。どうしてそんなこと聞くんです?」
鈴木は、できるだけ穏やかな口調で、やんわりと拒否の意思を示した。笑顔を保ちながら、少し顔を覗き込む。人懐っこいような、不気味なような、そんな目力のある表情に、凛は驚いたのか一瞬言葉を失った。しかし、その直後何も無かったかのように続ける。
「…えー!興味ありますよー!」
凛はそう言って、ニヤッとした表情を浮かべ、さらに一歩鈴木に近づいた。掴めない人間だなと思った。気づかれないように少し距離をとる。正直、口角だけは上げようとしているが、表情が冷たくなっているのが自分でもよく分かった。薄っぺらい言葉を紡ぐ彼女に、初対面にも関わらず嫌悪感が積み重なっていた。
品出しの作業も終盤に差し掛かった頃、凛がまた、子どものような軽やかな足取りで鈴木の方に近づいてきた。
「そういえば、鈴木さんて、何歳なんですか? 私とタメに見えるんですけど」
彼女の言葉に、鈴木はまた一瞬、固まった。高校生くらいの彼女と同じ年に見える、ということは、自分の見た目が幼いのか、それとも彼女が大人っぽいのか。内心舌打ちしそうになる。
「…17ですよ」
鈴木は、少し逡巡したあと、正直に年齢を答えた。どうせ誤魔化した所で、店長などに聞かれてしまえばいずれ分かる話だ。すると、凛は「え!」と嬉しそうな声を上げた。
「私も17歳です! なんだか親近感湧いちゃいますね」
彼女は、そう言ってさらに距離を詰めてきた。こちらは全く親近感なんて湧きやしない。鈴木はこっそりため息をついた。この後にくる質問は今まで数え切れないくらい受けてきた。嫌気がさす。
「ってことは、高校生ですよね? どこの高校ですか? この辺でいうと…」
「僕高校行ってないんですよ。だから今は学生じゃないんですよね」
凛が結論を出すより先に、鈴木は重ねるように事実を口にした。少し言い淀み、暗い笑みを浮かべながら。この言葉を口にするたびに、自らの過去がまるで黒い影のように付き纏う。同じ年の制服姿を横目に、働いている自分を客観視してしまうことは少なくなかった。
その瞬間、凛の笑顔がピタリと止まった。彼女の大きな瞳が、少しだけ戸惑いと、好奇心以外の何かを宿したように、鈴木を見つめた。コンビニの蛍光灯の音が、やけに大きく聞こえる。
ほら見たことか。鈴木は、内心悪態をついた。凛の悪気がないのは分かっている。分かっているからこそ、この気まずさが余計に堪えた。
「へぇー……そうなんですね……」
凛は、少し考えるように視線を泳がせた。今までに返答してきた相手の反応とは少し異なっていて、鈴木は不思議に思った。
気まずい沈黙が数秒続いた後、凛から口を開いた。
「……もうこんな時間ですねー…鈴木さん、もうご飯食べました?」
唐突な質問に、鈴木は少し面食らった。話を変えようとしているのが丸分かりだ。その純粋さが面白く感じ、鈴木の顔に少し笑みを浮かぶ。
「…まあ、軽く、ですかね」
「えー!それじゃ足りないですよ!せっかく夜勤一緒になったんだし、近くにファミレスあるんで、一緒に食べに行きません?」
鈴木の表情をどう解釈したのか、 凛は鈴木の返事を待つことなく、前のめりにそう言った。鈴木は彼女の瞳から目を逸らした。
ファミレスなんてほぼ行ったことがない。
鈴木の脳内には、警報が鳴り響いていた。人と深く関わらない。これは鈴木の鉄則だった。ましてや、仕事以外の場所で、こんなグイグイ来るタイプの人間と時間を過ごすなんて、考えられない。
「…こんな男と二人なんてやめといた方がいいですよ。少し作業してから帰るので、先にあがってください」
鈴木は、やんわりと断ろうとした。しかし、凛は鈴木の言葉を遮るように、鈴木の腕を掴んだ。
「待ってくださいよ!そんなの、一人寂しくファミレスで食べる方が嫌です、ちょっとでいいんで付き合ってください!」
突然のスキンシップに驚くも、彼女の腕は鈴木のそれよりも細く、力もなかった。
「いやいや、何言ってるんですか…」
今度は嫌悪感を隠すことなく、彼女の腕から体を離した。若干引き気味の鈴木に、凛は顔を近づけ、潤んだ瞳でこう続けた。
「お願いです、最近人とご飯食べてなくて…ほんとにちょっとでいいんで…」
その必死な訴えと、嫌でも脳裏をよぎるあの子に似た落ち込んだ表情に、鈴木は抗えなかった。押しに弱いという短所は昔から変わらない。少し食べたら帰ろう。そう決めて、鈴木は諦めたように頷いた。
「……わかりましたよ」
そして、夜中のコンビニのシフトが終わり、鈴木は凛と共に、近くのファミレスへと向かった。
〜〜〜
子どもと大人の中間のような17歳。映画の鈴木ちゃんになりすぎず、チョモよりも成長した感じを心がけて頑張ります。
自分で書くと言い出した手前、こんなこと小声でしか言えませんが、難産過ぎてびっくりしました。難しい…。
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