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事務所のソファに横たわった成歩堂は、毛布を顎まで引き上げてぼんやりと天井を見つめていた。
鼻が詰まって息苦しく、頭が重い。
そんな時、ドアが静かに開く音がして、御剣怜侍が入ってきた。
いつもの赤い上着を羽織ったまま、御剣は無言で成歩堂の額に手を伸ばす。
「熱は……まだ下がっていないようだな」
冷たい指先が触れた瞬間、成歩堂はびくっと肩を震わせた。
御剣は眉をわずかに寄せると、持参していた紙袋からペットボトルを取り出し、キャップを開けて成歩堂の唇にそっと近づける。
「飲め。脱水症状を起こすぞ」
成歩堂は目を丸くして御剣を見上げ、掠れた声で呟いた。
「……お前、なんでこんな……優しいんだよ」
御剣は視線を逸らさず、ただ静かに答えた。
「君が倒れていると、仕事が捗らないからだ」
その言葉とは裏腹に、御剣の指は成歩堂の髪をゆっくりと撫で下ろしていた。
御剣は成歩堂の額に当てていた手をゆっくりと離し、ソファの横に置いてあった椅子を引き寄せて腰を下ろした。
「安静にしろ。動くな」
低い声でそう言い切ると、御剣は立ち上がる気配もなく、そのまま成歩堂の横に座り込んだ。
紙袋から取り出した冷えピタを丁寧に剥がし、成歩堂の熱っぽい額にそっと貼り付ける。
指先が髪を軽くかき分け、汗で濡れた前髪を後ろに流す仕草は、意外なほど優しく、成歩堂はぼんやりとした視界の中でその感触をただ受け止めた。
「……お前、帰らなくていいのかよ……」
掠れた声で呟くと、御剣は視線を逸らさず、静かに答える。
「君がこの状態で一人にしておけるわけがないだろう」
熱で意識がふわふわと浮ついているせいか、成歩堂は無意識に手を伸ばしていた。
御剣の大きな手に自分の指を絡め、弱々しく握りしめる。
「…ここにいてくれ……御剣……」
甘えたような、頼りきった声が漏れる。
成歩堂自身も自分がそんな言葉を口にしたことに驚いたが、熱のせいで恥ずかしさすらぼやけて、ただ御剣の手の温もりにすがりつきたかった。
御剣は一瞬だけ目を細め、絡んだ指に軽く力を返した。
「……ああ。ここにいる。」
短く、けれど確かな声でそう答えると、御剣はもう片方の手で成歩堂の髪をゆっくりと撫で続けた。
事務所の静かな空気の中、二人の呼吸だけが重なり合い、成歩堂は御剣の手を握ったまま、徐々に深い眠りに落ちていった。
成歩堂の呼吸がようやく深く穏やかになり、完全に眠りに落ちたのを確認すると、御剣はそっと息を吐いた。
椅子に座ったまま身を寄せ、成歩堂の額に自分の掌をそっと当て続ける。
まだ熱っぽい肌の感触を確かめるように、何度も何度も同じ場所に触れては離し、静かに熱の下がり具合を確かめていた。
事務所の蛍光灯が薄く灯る中、御剣の銀髪だけが淡く光を反射し、普段の冷徹な表情とは別人のように柔らかい影を落としている。
成歩堂は眠りの浅い部分で小さく身じろぎし、掠れた、ほとんど息のような声で呟いた。
「……御剣……好きだ……」
御剣の指が、ぴたりと止まる。
掌が成歩堂の額に触れたまま、動かなくなった。
瞳がわずかに揺れ、呼吸が一瞬だけ乱れる。
彼は成歩堂の寝顔をじっと見つめ、長い睫毛が静かに伏せられたまま、喉の奥で小さく息を飲み込んだ。
「……馬鹿なことを」
独り言のように呟いた声は、誰にも聞こえないほど低く、しかしどこか震えていた。
御剣はしばらくの間、成歩堂の寝息だけを聞きながら動かなかった。
やがて、ゆっくりと身を屈め、成歩堂の熱っぽい頬に、看病の延長のようにそっと唇を寄せる。
触れるだけの、ほんの一瞬のキス。
成歩堂は眠ったまま小さく息を漏らし、御剣はすぐに顔を離して、乱れた自分の呼吸を整えた。
朝。
薄い朝日がカーテンの隙間から差し込み、成歩堂の瞼をくすぐる。
ぼんやりと目を開けると、すぐ横に御剣の姿があった。
椅子に座ったまま、腕を組んで目を閉じている。
まだそこにいる。
一晩中、そばにいてくれた。
「……御剣……?」
成歩堂の掠れた声に、御剣の睫毛がゆっくりと持ち上がる。
目が合った瞬間、御剣は一瞬だけ表情を硬くしたが、すぐにいつもの冷静な顔に戻った。
「……熱は下がったようだな」
そう言いながらも、成歩堂の額に再び手を当てて確かめる仕草は、昨夜と変わらない優しさで満ちていた。
成歩堂は胸がぎゅっと締め付けられるのを感じながら、ただ呆然と御剣を見つめ返した。
成歩堂は朝の光に目を細めながら、ゆっくりと体を起こした。
まだ少し熱っぽい頭でぼんやりと御剣の顔を見上げ、喉が詰まるような感覚を誤魔化すように、わざと軽い調子で口を開く。
「……一晩中、いてくれたのか……?」
声が少し上ずってしまい、成歩堂は慌てて視線を逸らした。
御剣は椅子に座ったまま、成歩堂の額に当てていた手をゆっくりと下ろす。
そして、いつものそっけない調子で、しかしどこか柔らかい響きを帯びた声で短く答えた。
「……ああ」
成歩堂の胸がぎゅっと締め付けられる。
照れ隠しに「バカかよ……仕事は?」と笑いながら突っ込もうとしたのに、言葉が喉で詰まって出てこない。
御剣はそんな成歩堂の表情を見逃さず、絡めたままだった手を軽く握り直した。
「まだ寝ていろ」
低い声で言いながら、御剣は立ち上がる気配を見せない。
成歩堂の手を握った指に、わずかに力を込めたまま、ただ静かにそこにいる。
成歩堂はもう何も言えなくなり、ただ御剣の手の温もりにすがるように指を絡め返し、目を閉じて小さく息を吐いた。
「……うん……もうちょっと、寝るよ……」
御剣は答えず、ただ成歩堂の手を握り続け、朝の静かな事務所に二人の呼吸だけが重なった。
御剣は成歩堂の手をそっと外そうと、ゆっくりと体を起こしかけた。
「朝食を作ってやる。少し待っていろ」
低い声でそう言いながら立ち上がろうとした瞬間、成歩堂の指が御剣の手をぎゅっと強く握り直した。
熱で少し汗ばんだ掌が、離すことを許さないようにしがみつく。
成歩堂はまだぼんやりとした瞳で御剣を見上げ、掠れた声で小さく呟いた。
「……離さないで……まだ、行かないで」
その言葉に、御剣の動きがぴたりと止まる。
立ち上がりかけた体が再び椅子に沈み、成歩堂の隣に戻る。
握られた手はそのまま、御剣はもう一度、成歩堂の指に自分の指を深く絡めて、静かに力を返した。
「……わかった」
御剣は短く答えると、もう片方の手で成歩堂の髪を優しく撫でる。
朝の光が差し込む事務所に、二人の手が重なり合ったまま、静かな時間がゆっくりと流れていった。
成歩堂は安心したように目を閉じ、御剣の手の温もりに包まれながら、再び浅い眠りに落ちていく。
御剣はその寝顔をじっと見つめ、離れられない手はそのままに、ただ静かにそばにいた。
成歩堂はまだ浅い眠りの中にいて、熱で火照った頬を無意識に動かした。
御剣の手を握ったまま、ゆっくりとその大きな掌に顔を寄せていく。
柔らかい頬が御剣の指の甲に触れ、熱っぽい吐息が指の間をくすぐるように漏れる。
「……ん……御剣……」
寝言のような小さな声が、成歩堂の唇から零れた。
御剣の体が一瞬、硬直した。
いつも冷静で完璧に制御された瞳が、わずかに揺らぎ、指先が微かに震える。
成歩堂の頬の熱さと柔らかさが、掌を通して直接心臓に響いてくるようだった。
御剣は息を詰め、成歩堂の寝顔をじっと見つめた。
普段ならすぐに手を引き、冷静に距離を取るところなのに、今は指を離すどころか、そっと握り返す力が強くなっていた。
喉が小さく動き、声にならない息を吐きながら、御剣は自分の動揺を隠すように目を伏せる。
「……お前は……本当に……」
掠れた独り言は、誰にも届かないほど小さかった。
御剣は成歩堂の頬に寄せられた手をそのままに、ただ静かにその温もりを味わうように、長い間動かなかった。
朝の柔らかな光がカーテンの隙間から差し込み、事務所の床に細い筋を描いていた。
成歩堂が最初にまぶたをゆっくり開くと、すぐ横に御剣の顔があった。
一晩中握っていた手はまだ絡まったままで、御剣の銀髪が朝日を受けて淡く輝き、閉じていたはずの瞳がちょうど開いたところだった。
二人の視線が、ぴたりと重なる。
「……っ」
成歩堂の頬が一瞬で熱くなり、慌てて顔を背けようとしたが、絡まった指がそれを許さない。
御剣もまた、いつもよりわずかに瞳を揺らし、喉が小さく動いたのが見えた。
普段の冷徹な仮面が剥がれ落ちたような、珍しく赤みが差した耳朶と、微かに乱れた前髪が、成歩堂の胸をさらにざわつかせる。
「……おはよう」
御剣が先に、低く掠れた声で呟いた。
成歩堂は喉が詰まって、ようやく小さな声で返す。
「……おはよう……」
言葉の後、沈黙が落ちる。
互いの手の温もりがまだ残っているのに、昨夜の甘えが鮮明に蘇ってきて、どちらも顔を赤らめたまま視線を逸らし合う。
成歩堂は握った手をそっと離そうとするが、指先が震えて上手く動かず、御剣もまた、離すのを躊躇うように力を緩めない。
「……まだ、熱は……?」
御剣がようやく口を開き、照れ隠しのように額に手を伸ばす。
成歩堂は慌てて首を振るが、その動きで二人の顔がまた近づき、互いに息を詰めて固まってしまった。
成歩堂は朝の光の中で、絡まったままの手を見つめて、胸の奥が熱くなるのを感じた。
顔がどんどん熱くなって、視線を逸らしながら、照れを誤魔化すように小さな声で呟く。
「……手、離そうか……?」
言葉の最後が上ずってしまい、成歩堂は慌てて唇を噛んだ。
御剣は一瞬、成歩堂の顔をじっと見つめ、ゆっくりと首を横に振った。
低い、静かな声が、朝の事務所に落ちる。
「……もう少し」
その一言だけで、御剣は絡めた指にそっと力を込め、離すどころかさらに深く指を嵌め込んだ。
成歩堂の心臓が大きく跳ね、頬が真っ赤になって、言葉が出てこなくなる。
御剣はそんな成歩堂の反応を静かに見つめながら、親指で成歩堂の手の甲をゆっくりと撫で、まるで「まだ離さない」という意志をそのまま伝えるように触れ続けた。
成歩堂はもう何も言えなくなり、ただ握られた手をぎゅっと握り返すことしかできなかった。
朝の静かな光の中で、二人の手はまだ離れず、温もりが静かに重なり合っていた。