ほんのちょっとの過去構造
誰かに愛されたいと思うのは勝手だ。その気持ちを心の奥にしまうのか、それとも打ち明けるのかも本人の勝手である。俺はちなみに前者。打ち明ける気なんて全く持って今後の予定にない。たとえ打ち明ける相手が尊敬の存在であるマイキーですら。
「さーんず、なぁにボーッとしてんの?」
ハッと現実に戻される。隣の男は仕事を放ったらかして、俺の頬を人差し指で構って欲しいかのように突っついてきた。俺は嫌な目をして突っついてきた手を強く払う。コイツは灰谷蘭。俺の同僚で、案外長い付き合いではある。しかし、仲が良いか悪いかは別の話。俺は仲が悪いと思ってる。もし仲が良くても俺は仲良くはしたくない。
俺は仕事のスクラップをしに行くために席を立つ。蘭はそんな俺を見て、彼奴も立ち始めた。
「三途何処行くの?」
「スクラップだよ。」
「あー、もしかしてお前が気にいってた相手のやつ?」
「…。」
俺は蘭の言葉にピタリとあからさまに止まってしまった。そう、蘭の言う通り。今から殺す相手は俺が外部で結構信頼していた人間。そいつが丁度昨日に俺ら梵天を見事に裏切りやがった。その時は衝撃だった。昨日まで仲良く共通の話題を話していた相手がまさかの裏切り者だったなんて。今にも思い出すだけで腹立たしい。
「…行ってくる。 」
「んー…。」
俺はその場を後にして、ソイツがいる倉庫に向かった。
「りんどー、最近の三途元気なくね?」
「いきなりどうしたの。
兄貴が他の奴心配するとか…明日雨降る?」
失礼だなぁと思い、俺は実の弟である竜胆の頭を軽く殴った。それに対していてっと可愛く声を出す。俺が何故こんな心配言葉を述べたのか。まあ言ってしまうと文字通りの事なのだけれども、最近異様に三途に覇気がないというか、いつもの様な煩さが少なくなっている気がする。いや、此方としては好都合ではあるかもだが。「三途」って呼んでも反応が鈍いし、前なんてスクラップに行く時ちょっと気分があまり良くなさそうだった。風邪かな?と思って聞いてみたもののそうではないらしい。俺の見間違え?んなわけない。ココにも同意を求めたくて聞いてみたら「確かに…言われてみれば」と思い出すかのような回答をしていた。ならば俺は間違ってないはず。こう言う時の勘は結構当たるのが俺。
「…あー、でも確かに溜息の数とか、ボーッとしてる事が多くなってる気がする。」
「それにさ、前に一回だけ珍しくミスしてたよね。あれも今回の事に関係してる気がするんだよね〜。」
「「……。」」
「仕方ないなー
いっちょやるか、兄貴」
「そうだな竜胆
俺らが春千夜君の相手してあげよっか。」
俺らは内容など交わさずに同じ目的を作って、「いざ出陣!」とか言うくらいに張り切ってその場を後にした。
最近灰谷達の行動が異様に目がつく。なんか、気持ち悪い、変な感じだ。珍しく飲みに誘ってきたり、珈琲を事前に淹れてくれたり、仕事を手伝ってくれたり…他にも色々と気味の悪い事が起きている。今もそうだ。「こっちおいで」と手招きされて、嫌々灰谷蘭に近づく。するといきなり手を引っ張られ抱き寄せられたのだ。意味がわからない。これは…何かの罰ゲームか?
「お、おい
最近てめーらおかし…」
「三途は頑張ってるねー!」
「…は?」
目を丸くして、竜胆も横にいた為、蘭と竜胆を交互に見る。焦りの証拠だ。いきなり褒められたのなら誰でも慌てるだろう。しかもコイツらに。尚更慌てる。俺は離れようと手を蘭の胸板に押し当てて抵抗を表した。しかし、隣にいた竜胆に優しく手を重ねられた。俺は何故か抵抗しようと思うのが徐々に薄れていく。
「な、なんだよ…テメェら、最近おかしいぞ」
「んー、なんでか自分で考えてみろよ。」
「はぁ??」
少々の文句は言ったものの、言われた通り考える。…しかし最近の行動にこれといった出来事はない。本当に何の予兆もなくいきなりやられたのだ。それをどうやって考えれば良いのか分かるわけないだろ。
「わかんないなら良いや」
「三途は良い子だなー」
「良い上司だし、可愛いし、時にはカッコいいし」
「は、ちょ…」
「マジで美人だよな
あとマイキーに一途なのが良い」
「お前はマジで頑張り屋だよね
その事、俺はちゃーんと知ってるよ」
「お、おい…!」
「お前の好きなチーズケーキ、後で食べよ
さっき買ってきたからさ」
「んで、三途の事沢山褒めてあげる
沢山ギュッてしてあげる」
俺は飛び交ってくる俺への褒め言葉を聞きながら混乱していた。普段人を褒めない灰谷達から、普段人から言われない言葉を言われる。意味がわからない。この状況を誰か説明してくれないだろうか。と言っても説明してくれないだろう。何故か褒められてるはずなのにこの場から直ぐに逃げたくなった。今まで積み上げてきた何かが今にも壊れそうな感じがする。それを今、俺は必死に抑えているのだ。すると蘭と竜胆は俺の両耳に口元を近づけて囁いてきた。
「「春千夜、愛してる。」」
「え…あっ…」
心の底からまるでジェンガのように崩れていくのがわかる。産まれてから今まで欲しかったもの。そう、「愛」だ。誰にも教えてない、ずっと欲しかったもの。それが今いきなり与えられたのだ、それも二人に。俺は表情で感情を晒したくないのに、その時だけは何故か曝け出してしまった。徐々に視界が潤んでくる、ぼやけていく。下瞼に涙が溜まっていくのがよく分かった。
「え、ちょっ…三途!?」
「どうしよ、泣いちゃった!!」
「う”ぅ……ふ…」
涙を今直ぐに止めたくて目を手で強く擦る。すると蘭が俺の手首を掴んで行動を阻止してきた。
「擦んないで、よしよし」
「どうして急に泣いたりしたの?
俺らに話せる?」
耳を塞ぎたいほどに甘い優しさに俺は心が奪われそうになる。いや、もう奪われているのかもしれない。そんな気がしてきた。何か別の感情が俺の心に侵入してきた気分。気持ち悪くはないけど多少の違和感らしきものはあった。
俺は竜胆の問いに間をあけて反応する。ゆっくりと首を一回縦に振った。何故言えると思ったのか、この時の俺にも理解があまりできなかった。でも今のこいつらなら言ってもいいかもと謎の信頼を乗せていたのかもしれない。
「言われた、事、ない、から…愛してるなんて、一度も…」
「え?」
「一回も言われた、事ないなんて、嘘に、なるけど…本当の気持ちで、言われた事はなくて…」
つまりは口だけの愛は言われた事があると言う事。所謂ペラペラの薄い愛だ。
灰谷は兄弟愛を誰よりも知っていた。いつも近くに血の繋がった者を置くほどに、お互いが執着していた。半身を分けるほどに、未来など考えずに若いうちに一生一緒にいると誓っていた。それは本当に愛が重い兄弟で、周りが引くほどに。蘭の隣には竜胆。竜胆の隣には蘭。分かりきった事だ、灰谷兄弟の超基本問題だろう。
俺は兄妹愛を誰よりも知らなかった。三人で兄妹の筈なのに、まるで一人いなくなったかのような関係。俺はそよ輪には一切入れさせてくれないかのように隙間をいつの間にか埋められた。産まれた時から俺は愛されない運命だったのだ、そんなの分かっている。子供の頃から愛されなければ、それが徐々に普通になっていくのが人間。少し成長すれば愛は俺にとって不必要になっていた。
なのに、今は違う。灰谷達が俺の目の前に現れた時、何か心の奥底にしっかりと閉まっていた南京錠が誰かの手によってピッキングされて開けられそうになっていた。子供の頃からずっと憧れていた光景が目の前に広がっていた。ずっと、鮮明に。だからだろう。灰谷達に会った瞬間何かと気に食わなかったのは。まだ何も危害を俺に加えてきてない筈なのに見ているだけで苛立った。それと同時に辛かった。胸が握られた気分に陥ったのだ。潰されそうになると毎回目を逸らしてしまうのが俺。俺はこの時、悟った。
「ほんとの…愛がほしい……」
掠れた声で言った。いつもの威勢などの影はないほどに弱々しく言葉を発した。沈黙が暫く流れる。時間が経つごとにこの場所にいるのが辛くなって、俺は自分の手を強く握った。
「三途」
蘭が俺の苗字を呼んでくる。
「いーや、春千夜」
訂正して名前を呼んでくれた。
「俺らがいっぱい愛してあげる。」
「不安なんてなくなるくらいにな。」
頬や手の甲にキスを落とされる。リップ音が鳴ると俺は更に涙を出してしまった。止まらなかった。止めたい筈なのに俺の涙腺は何故か言う事を聞いてくれない。なんで。もう人の目の前で泣きたくないのに、弱いところなんて見せたくないのに。竜胆が俺を抱き寄せて、優しく暖かい手で頭を撫でてくる。
「俺らの前では泣きたい時に泣いて。
笑いたい時に笑って。
甘えたい時に甘えて。 」
「春千夜、これは俺らとの約束。
春千夜が泣いても俺らはちゃんと愛してやるし、沢山慰めてあげる。」
これがもし夢なのであらば一生覚めないでほしい。そこは幸せが満ち溢れていて俺には勿体無いほどに。知らない暖かさで、知らない愛され方。何もかもが初めてで俺は泣くことしか出来なかった。でも、愛してくれるんだろ。なら、俺はお構いなしに泣いてやる。二人は愛の言葉を言いながら俺の頭や頬を優しく大きな手で撫でてくれた。どうやら俺の心をピッキングしていた奴は二人だったらしい。
コメント
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最高です😍やっぱ弱弱春ちゃんと,灰谷兄弟だよなー♥まじ天才すぎます,愛してます😘😊
どびゃぁぁぁぁぁぁぁ🥲🥲🥲🥲🥲春ちゃんの異変、?にすぐに気づく蘭ちゃんりんどゅがもうほんとにッッッッ😇😇😇😇😇2人でひとつの灰谷兄弟見ると春ちゃんも武臣とせんじゅちゃんいるのにそんな事無かったな…って思っちゃうのがもぉほんとに切なすぎる😭😭これからは3人仲良く幸せに暮らしてくれッッ💥💥💥