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エリア北東の四。
これは拠点を中心として北東側距離三百から四百メートルの間を表すエリアだ。このエリアを担当していたのはシオンが予想した通り、三〇六小隊だった。
「くそが! ヨウスケ!」
突然現れた中型ドラゴンは、彼らに逃げる暇も与えず襲ってきた。その大きさから中型と理解した隊長のユージは即座に撤退を決断。同時にオペレーターへと通達もした。
しかし慣れない森の中での移動に手間取り、更には木々を吹き飛ばして迫るドラゴンのせいで隊員の一人、ヨウスケが食われた。吹き飛んできた木々の一つを避けきれず、倒れたところに追いつかれたのである。
牙の隙間から血を滴らせる中型ドラゴンは、次の獲物を定めた。
女隊員の藤子とカヤである。
「立ち向かうな! 逃げろ!」
ユージはドラゴンの気を引くつもりで叫ぶが、関係ないとばかりに藤子とカヤに向かって突進した。慌てて二人は左右に分かれて回避する。ドラゴンは巨体で木々を吹き飛ばしながら、カヤに目を向けた。
狙いを片方に定めたらしい。
「ひっ!」
思わずカヤは悲鳴を上げる。
中型ドラゴンの定義は十メートル以上五十メートル未満のもの。戦闘力は小型の数倍から数十倍と言われている。この個体は二十メートルほどであるため、中型としては中の下といったところだ。しかし調査小隊の隊員が倒せるような相手ではない。
中型との単独戦闘が許されるのはランク四以上と認定されたドラゴンスレイヤーだけである。実力を評価するランク制度は先人たちの犠牲から生まれ、ドラゴンスレイヤーの死亡率を下げるのに役立った。だがこうした遭遇戦においては、折角のランク付けも役に立たない。
調査小隊は単独でのドラゴン討伐が難しいから配属される部隊という側面もあり、当然ながら彼らには中型を討伐どころか足止めする実力もない。
「逃げろカヤ!」
「くそがあああ! ヨウスケの仇が!」
実力不足は仲間を見捨てる理由にはならない。隊長のユージ、そしてもう一人の隊員である湖太朗がドラゴンに向かって銃弾をばら撒いた。これだけの巨体なので、余程の素人でも全弾命中する。右側を蜂の巣にされたドラゴンはようやくユージと湖太朗に興味を示した。
いや、興味というよりも怒りを。
「ガアアアアアアアアアアアアッ!」
凄まじい咆哮が空気を震わせる。
恐怖で脚が震えたが、ユージも湖太朗もそれを捻じ伏せて、弾倉を交換する。二人が使っている銃は持ち運びやすい拳銃型である。命中精度も威力も微妙で、相手が小型ドラゴンの時ですら牽制や威嚇くらいにしか使えない。
それでも全弾撃ち尽くしては威嚇にすらならない。
新しい弾がセットされ、再び二人は引き金を引いた。しかし無意味。
「ダメだ。全然ダメージになってない!」
「畜生が……」
ドラゴンは標的をユージと湖太朗に変えて、牙を剥きつつ襲う。巨体ゆえに予備動作が分かりやすく、回避そのものは簡単だ。しかし回避先を間違えると倒木に阻まれ、逃げ道を失う。
ユージはすぐに離脱できたが、湖太朗はその失敗を犯してしまった。
「湖太朗! そっちはダメだ!」
「なっ……しまった!」
しかし呼びかけられ、ようやく気付いたところで遅い。
ドラゴンは飛び上がり、覆いかぶさるようにして湖太朗を完全に追い詰める。もう逃げ道などない。しかし迎撃する手段もない。
徐々に影が大きくなり、湖太朗は死を覚悟した。
だがその覚悟は重く響く銃声と共に吹き飛ばされる。
「ギャアアア!?」
弾かれたように空中でよろめいたドラゴンは、湖太朗を逸れて倒れた。その頭部の右側には、大量の弾痕が刻まれている。
たった一度の銃声に対し、この弾痕の数。
散弾銃型対竜武装による攻撃だ。
三〇六小隊の中に散弾銃を持ち歩くメンバーはいない。つまり援軍である。
「大丈夫か? 一〇六小隊のシオンだ」
「ひっ……”仲間殺し”!? お、俺たち三〇六は撤退する!」
「……ああ」
シオンの噂は知っているのか、ユージを含めて三〇六小隊の面々はどこかぎこちない。逃げるよう切り替えて、撤退していった。
一人残されたシオンは、再生しながら立ち上がるドラゴンに集中する。
「中型の、二十メートル級か。まさか一緒に戦ってくれないとは」
同時にインカムのスイッチを入れ、オペレーターに繋いだ。
「一〇六のシオンだ。中型竜と接触。三〇六は……撤退していった」
『よくやってくれたわ。一〇一は百五十秒後に合流予定よ』
「思ったより急いでくれていて何よりだ」
完全な再生を終えたドラゴンはシオンを睨みつける。
その間にシオンは銃口を向けてもう一発。更にダメ押しでもう一発ほど撃ちたいところだが、銃弾は限りある物資なのでここで止めて刀に持ち替える。高威力の散弾を至近距離で浴びたことで、流石の中型ドラゴンも仰け反っていた。
踏み込んだシオンの鋭い突きがドラゴンの胸元に突き刺さる。
しかし強い抵抗を感じ、刀身は三分の一ほどだけ刺さって止まった。
(ダメか)
これ以上は刃が進まないと判断し、無理をせず抜いて左側へと逃げる。ドラゴンは自らを傷つけた人間を脅威と判断し、身震いするようにして暴れた。二十メートルもの巨体は無茶苦茶に暴れるだけでも充分に人間を殺せる。近づくのは危険だ。
(だが硬さは分かった)
これならばデミオンで刃を瞬間強化すれば充分に貫ける。
問題は中型ドラゴンの心臓が胸の奥にあるということだ。ドラゴンの心臓やコアは、その体躯に応じて奥へと隠れる。二十メートル級ならば、シオンの刀ではギリギリ届くか届かないかだ。
故にドラゴンの首の根本にまで潜り込み、その胸元を削り取ってから心臓を破壊しなければならない。
これが中型以上のドラゴンを狩る時の難しさである。
(再生に必要な時間は大体五秒。無理をすれば倒せる……が、援軍が来るならその必要もない)
シオンはドラゴンが暴れている隙に近くの木に登る。まるで野生動物のような軽快さであっという間に木の頂上辿り着き、ドラゴンを見下ろした。
ドラゴンは姿が見えなくなった人間を探しているらしい。苛立ちを唸り声で表現しつつ、首を大きく動かして広範囲を索敵している。
しかし平面的な索敵をする限り、シオンを見つけることはできない。
木の上から勢いよく飛び出し、ドラゴンの背中に乗ったかと思うと、デミオンを注入して強化した刀で左翼の根本を切った。それも空気を受け止める被膜部分ではなく、それを支える骨格部分である。翼の根本にある支えを失い、左翼はぷらりと半分だけ千切れる。
「ギギャアアアアッ!?」
「っと。危ない危ない」
再び激しく暴れたドラゴンからすぐに離れ、近くの太い枝に着地した。その衝撃でガサリと木の葉が舞い落ちる。
ドラゴンは身を回転させながら暴れ、尾を鞭のようにしならせて敵対者である人間を殺そうとする。だが完全にシオンを見失っており、それは全て空を切るだけに終わっていた。
その間にもコアから供給されるデミオンがドラゴンの傷を癒していくが、シオンは何もしなかった。
ドラゴンの再生能力は分かり切っている。
だが無理に攻めて痛い反撃を貰うわけにはいかない。
少なくとも大人しくなるまでは隠れて様子を見るのが定石だ。
これこそ、キサラギのドラゴンスレイヤーの戦い。世界が認めたシノビの戦いである。倒すのが難しくとも、撹乱し、時間を稼ぐ。そして決め手を持つ援軍に託す。洗練された連携と戦術によってドラゴンを討つのだ。
(そこっ!)
また動きが止まったドラゴンへと不意打ちを仕掛ける。今度は背後から斬りかかり、尾の先を綺麗に切断した。反射的にドラゴンは首を左から回り込ませ、背後を確認する。それを見切ったシオンは右側へと移動し、死角へと潜り込んでもう一撃。後ろ足を切ってドラゴンを転ばせた。
人体と同じく、ドラゴンもアキレス腱に相当する部分を切断するとバランスを失って倒れる。
何が起こったのか理解できないらしく、ただ首を天に向かって伸ばし咆哮した。
「よし」
この隙は大きい。
支えを失ったことでゆっくりと立ち上がるドラゴンの背中側に隠れつつ待機し、体勢を元に戻したところでその胸元へと滑り込む。
中型ドラゴンが巨体であるが故に生じた死角。
燈台下暗しを体現したかのような隙。
そこに致命の一撃を叩き込むため、デミオンを刀身に流し込んだ。
まずは横に一閃、そして踏み込みを変えて別の角度からもう一撃。二方向から切り裂かれたことで、ドラゴンの胸が大きく切り取られる。
これで心臓にまで届くようになった。
「これで……」
「グルルルアアアアアアアアッ!」
「ごほっ!?」
しかし邪魔だと言わんばかりにドラゴンの右腕がシオンを弾き飛ばした。反射的な動き故に威力は低かったが、それでもトラックに撥ねられるほどの衝撃だ。常人ならば肉体がバラバラに飛び散っている。ドラゴンスレイヤーの身体スペックであれば耐えきれる。
重大なダメージは受けることになるが。
シオンは勢い良く吹き飛ばされ、木々にぶつかっては弾かれていく。頑丈な肉体は破壊されることなく、逆に木々を薙ぎ倒していた。それでも運動エネルギーを木々の破壊へと変換することで徐々に勢いは殺されていき、最後に太い木にぶつかって止まる。
その太い木ですら、破壊音を立てて倒れた。
「いっ……ってぇぇ……」
反射的に気の抜けた本音が漏れた。
背中を中心に体全体へと広がった激痛が反響している。軽い一撃だったとはいえ、ドラゴンの攻撃は人間を容易く破壊する威力だ。こうして耐えきれたことの方が異常なのである。
「ボールみたいに吹き飛ばしやがって」
立ち上がると眩暈すらした。打撲、掠り傷、少々の骨折の他、体内を掻き回されたような不快感は残っている。
(調子の乗ってこのザマか。素直に時間稼ぎするべきだった)
ドラゴンは羽ばたき、空に逃れようとしている。それを遠くからでも見ることができた。
ここで逃すわけにはいかない。逃した場合、このドラゴンは更なる大量のドラゴンを連れて再襲撃を仕掛けてくる可能性が高い。知性を有する大型ドラゴン率いるドラゴンの群れが、人間という餌を求めてやってきてしまう。それだけは阻止しなければならない。
シオンはポーチに手を伸ばし、切札に触れる。
これを使えば、中型ドラゴンが飛び立つ前に始末できる。
だが、それは止められた。首筋に赤く透き通る刃が突きつけられるという物騒な形で。
「無様な馬鹿が。何をしている。どうせ調子に乗り、中型を殺せると勘違いしたんだろう? お前は素直に時間稼ぎをしておけばよかった」
「……それは嫌というほど自覚したところだ。蒼真」
「俺の名を呼ぶな。気持ち悪い」
「ぐっ……」
足の裏を押し付けるように蹴られ、シオンは倒れる。
増援としてやってきたはずの蒼真は、鼻で笑って先へと行ってしまった。
「ほーんと無様ね。水鈴お姉様もがっかりするわよ」
そんな煽りだけをを残して青蘭が駆け抜けていく。
「……」
最後に無言で狙撃銃を構え、諸刃が横に並んだ。
キサラギ最強の部隊、一〇一小隊が到着したのである。シオンのインカムにもオペレーターの声が入ってきた。
『こちらオペレーター。援軍と合流で来たようね』
「何とか」
『撤退していいわよ。念のため、バイタルチェックをしておくから戻って。拒否権はないわよ。あんたには危険域の調査もあるんだから、ここで死なれたら困るわ』
「……そうさせてもらう」
シオンは立ちあがる。
遥か向こうでは飛び立とうとして中型ドラゴンの両翼が同時に断ち切られていた。蒼真と青蘭が斬ったのである。二人とも単独で中型ドラゴンを倒せるだけのドラゴンスレイヤーだが、それでも一人でドラゴンを倒そうとはしない。あくまでもチームでの討伐を優先する。
空に昇り損ねたドラゴンは吼えた。
「それが遺言か」
諸刃はそう告げて、引き金を引いた。
弾丸は吸い込まれるように中型ドラゴンの胸の奥へと潜り込み、心臓を破壊する。地響きを立ててドラゴンは倒れた。
シオンが拠点の方へと歩きだす中、諸刃は告げる。
「身の程を弁えろ」
その言葉に返す何かをシオンは持たない。
代わりに刀を鞘に納め、ギュッと血管が浮き出るほどに拳を握りながら立ち去った。
◆◆◆
拠点へと戻る道中、シオンの脳裏から諸刃の言葉が離れなかった。
(身の程を弁えろ、か)
シオンはそれに対して色々と思うことはある。
だがそれらは納得できるものであり、怒りよりも情けなさが募る。蒼真から足蹴にされ、青蘭に侮られ、諸刃には冷たく突き放されるとしても受け入れる覚悟があった。
特に蒼真と諸刃からは嫌われるだけの理由がある。
(問答無用で殴る蹴るをされないだけマシか……蒼真には蹴られたけど)
蒼真はシオンを特に嫌っている。
目を合わせる度に舌打ちされるか、マシな時でも不機嫌な顔をされる。酷い時は軽く蹴られる。ただ進んで嫌がらせには来ないため、顔を合わせないことが互いにとって一番良いことだ。
一方の諸刃についても、シオンとまともに会話するつもりがないとしか思えない態度だ。ただキサラギ内部では基本無視で、任務中でも『邪魔』や『消えろ』など非常に冷たい対応ばかり取られる。嫌われているというより、関わりたくないと思われている方が近い。
慣れてしまったせいか、もう溜息すら出ない。
怪我のせいか、足取りを重くさせて拠点へと戻っていった。