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ザク、ザク。


澄んだ青空の下、私は雪をかみしめながら歩いて行く。吐く息も白い。

コートにマフラー、手袋をしているのにもかかわらず、否応なしに体を冷やしてくる、この冷気。雪が降っていないのが、せめてもの救いだった。


そう、私は北の、それも雪が降る土地にやってきていた。寒々とした、この寂れた場所にお一人で眠っている、ヴィクトル様の元に。


「リゼット、大丈夫?」


前を歩くユベールが、心配そうに振り向く。ここに来る道中、何度も聞いたセリフだった。今は雪の上を歩いているから、心情よりも体調を気にしてくれているのが分かる。


何処に行っても、私の世話を焼きたがるんだから。


「うん。大丈夫。サビーナ先生はどうですか?」

「ありがとう、リゼット。私も大丈夫よ」


後ろにいるサビーナ先生に向かって声をかけた。

すると、少し疲れた姿と共に、張りのない声が返って来る。いつも転移魔法陣で移動しているから、こういう旅は慣れないのかもしれなかった。


そう、私たちは電車などの交通機関を使って、遥々北の雪国に来たのだ。その手配をしてくれたのは、他でもないサビーナ先生。

何せ、私は行先も場所も知らない。ユベールに至っては、行先しか知らないというのだから驚かされた。


それくらいヴィクトル様は、ご家族の方に忌避されていたらしい。この凍てつく冷気が、まさに証拠とでもいうように、私たちにその感情をぶつけてくる。


さらにいうとヴィクトル様のお墓の場所も、それを物語っていた。何せここはかつてのマニフィカ公爵領ではない。

行ったことはないけれど、マニフィカ公爵領はもっと過ごし易い場所だと、かつてヴィクトル様に教えてもらった。


首都に負けない華やかな街並み。主な収入源は、広大な土地で栽培している農作物と数多の鉱山。マニフィカ公爵領はこれらの資産で成り立っているのだと言っていた。


いくら没落したからといっても、領地には領民が住んでいて、土地だって簡単になくなるものではない。急に寂れることだって……ない、と思う。


だから、こんな雪が降る場所ではないことは一目瞭然だった。


サビーナ先生の話によると、ヴィクトル様が死した後、ユベールのお祖母様の意思によって、この辺境の地に埋葬されたのだという。

竜の大移動を阻止し、その元凶だった竜を退治した英雄が眠る場所として相応しくない場所。

けれどユベールのお祖母様の下した処置は、妥当だと思った。


『人は死した後の弔い方によって、その真価が問われるわ。生前いかに偉くても、最低な人間ならば扱いも酷くなるし。逆に身分が低くても、善人だったら皆が嘆き悲しんで、それに相応しい送り方をするものだから』


つまり、最後の最後でヴィクトル様は、彼女たちから小さな復讐を受けたのだ。それに対して同情できるのは、恐らく私だけだろう。


私のために。そして私のせいで、ヴィクトル様は家族を蔑ろにしてしまったのだから。


「ユベール、待って!」

「どうしたの?」

「サビーナ先生が……じゃなくて、えっと……ちょっと休憩しない?」


先ほど見たサビーナ先生の様子が心配になったのだ。けれどそれをユベールに告げるのは憚られる。

私がサビーナ先生の養女になった件で多少は緩和したけれど、どうもこの二人は仲が悪い。いや、ユベールが一方的にサビーナ先生を嫌悪しているように見えるのだ。


折角サビーナ先生が、ユベールの意見を尊重して、転移魔法陣を使わなかった、というのに……。

そう、わざわざ交通機関を使って、ここにやって来たのは、ユベールが反対したからだった。


『気軽に行けるところじゃないんだから、色々見ながら行こうよ。遠出できる機会も、これからはなかなか取れそうもないんだしね』


本当はサビーナ先生の転移魔法陣で、気軽に行けてしまう場所なのだが……ユベールは暗に、頻繁に行ってほしくない、と言っているかのようだった。


初めて会った頃、ヴィクトル様と間違えられるのを嫌がっていたから……。ユベールまで、ヴィクトル様を嫌うようになってしまったのかしら。もう間違えたり、比べたりしないのに。


「リゼット。私のことはいいから、先に進んで」

「でも、サビーナ先生のお陰でここまで来られたんですよ。一緒に……」

「それは貴女が望んだからよ。望んだからには、責任を持って進みなさい。リゼットなりに考えがあってここに来たのでしょう?」

「……はい」

「ほら、ユベールくんが待っているわよ」


まるで背中を押すように、サビーナ先生は前を指差した。その方向には手を差し伸べてくるユベールの姿。


白銀の世界でみるユベールは、自身の銀髪と相まって、どこか神秘的に見えた。私は紫色の瞳に吸い込まれるように、その手を取る。


「行こう、リゼット。サビーナさんは……殺しても死にそうにない人だから、大丈夫だよ」

「……ユベール。それ、褒めていないわ」


物騒なことを口走るユベールの傍にいる方が、危険なんじゃないかと、一瞬だけ思ってしまった。


そう、一瞬だけ。何故なら、すぐに目に飛び込んできたからだ。


私が会いたかった、見たかった、ヴィクトル様が眠る灰色の墓石。英雄に相応しい、大きな墓石だった。知らない者が通ったら、石碑かと勘違いしてしまうかもしれない。


けれどこの冷たい感じが、ヴィクトル様そのものに見えた。


「ヴィクトル、様……」


一歩、二歩と前に踏み出すと、裾を引っ張られた。隣にいる、ユベールに。


「あっ、ごめん。つい……」

「大丈夫。私はここにお別れをしに来たのであって、感傷に更けるつもりはないの。だから、私一人で行かせて」

「っ! お祖父様の後を追わない?」

「ユベールがいるのに、どうして追うの?」

「だって……」


私が一度、死を願ったのを、サビーナ先生から聞いたのかな。ユベールの手が震えている。


「約束したじゃない。一人にしないって」

「……僕を」

「うん。ユベールを一人にしない。だから、ここで見守っていて。きちんとヴィクトル様に別れを告げる、私の姿を」


すると、ユベールが私を抱き締めた。


「少しでも変なことをしたら、邪魔しに行くからね」

「うん。その時はお願いね」


それでユベールが安心できるのなら、私を止めに来て。

私がヴィクトル様のところに逝かないように。連れて逝かれないように、手綱をしっかり持っていてね、ユベール。


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