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「なんだい、今のは。それなりに速くてよく見えなかったけど」
「どちらにしろ追わねぇ手はねぇ、行くぜどアホ」
逃亡した何者かを追って駆け出した二人は、俊敏に逃げていく影を追いかけ、街の裏側へと入った。
表通りよりもさらに荒廃した雰囲気が流れる裏街は、放置された生ゴミや生き物の死骸などが転がり、淀んだ空気が漂っていた。
二人を引き離さない絶妙なスピードで逃げる何者かの様子に、モリシンが首を傾けた。
これではまるで自分がリン(※モリシンのペットである三尾キツネ)にさせている狩りと同じで、あからさまに意図的な匂いが漂っていた。
キュッと踵でブレーキをかけたモリシンは、ウィルの服の背中を掴み、空中で掴まえた。そして前行く影を目で追いながら、明らかにスピードを落とす意図を読み取った。
「……十中八九、罠だな。これ以上踏み込むのは得策じゃねぇ」
「だったらなにかい、ムサヒューはせっかくのチャンスをみすみす逃すってのかい?」
「チャンスだと、なぜそう言い切れる?」
「バカだなぁ君は、ずっと何を見ていたんだい」
そういうと、ウィルは逃亡する何者かの尻を両手で表現しながら鼻息荒く言った。
「あのふくよかでぷりぷりとしたお尻、僕の見立てによると、とってもキュートな女性である可能性が濃厚だ。しかも小柄でプロポーションも完璧ときている。……逃す手はないね」
キランと目を輝かせながら親指を立てた。
「このバカは」と呆れるモリシンに対し、手を振りほどき勝手に走り出したウィルの暴走を止めるため、慌てて追いかけるしかなかった。
「敵のテリトリーで深追いするのはヤバい。ただでさえ、ここのレベルはたけぇんだ、下手したらマズい連中の可能性だってあんだぞ?!」
「そんなことを言っていたら、一生かかっても運命の女性とは巡り会えないよ。僕は常々思うのさ、苦労に苦労を重ねたその先に、きっと僕のことを優しく包み込んでくれる、そんな女性が待っているんじゃないかとね」
「俺たちは結婚相手を探しにきてんじゃねぇ。自分の仕事を忘れんじゃ――」
言い争いをしながら、二人が裏街の朽ちかけた木の枝を踏み切った時だった。
キンと尖った音を鳴らした無数の矢が、地上から二人を狙って放たれた。
空中で大剣を手にしたモリシンは、矢よりも速く切っ先を振るい、風圧で矢を落とそうと試みた。しかし無数の蛇のように進路を変えた矢は、うねうねと方向を変えながら襲いかかった。
「だから言っただろ、絶対に罠だって」
「ふん、不用意に追いかければ反撃くらいされるものさ。しかも相手がか弱いレディーとなれば尚更だよ、そんなものは日常茶飯事さ!」
「余裕ぶっこいてる場合か、ちっ、しゃーねーな」
身体に迫る矢を一本ずつ丁寧に落としたモリシンは、矢より速く地面に着地し、降り注ぐ無数の攻撃を迎え撃つ。
ハンマー投げでもするように剣を握り、遠心力に任せて振り回せば、鎧代わりの風圧の盾を作り出し、全ての攻撃をはたき落とした。
「へぇ~、なかなかやるじゃないか。口だけの筋肉バカだと思っていたのに」
「黙ってろのっぺり顔、まだまだくるぞ!」
第二撃と言わんばかりに、無数の矢が再び全方向から放たれた。
背中合わせで並んだ二人は、迫りくる矢を前に、互いに目配せした。
「どうするつもりだ。敵さんのテリトリーに入っちまったようだが」
「ふん、美しい女性を追いかけるならば、障壁は高い方が良いと相場が決まっているのさ。迎え撃つのみだよ」
片や身体を固め、片や剣をかざして矢を受け止めた二人は、無傷で全ての攻撃を払い除けた。
こんなことをしても無駄だとモリシンが威嚇をした。
すると前方を逃げていたはずの何者かが、建物の影から姿を現した。
「それなりにヤれるみたいじゃないか。さすがはこんな状態の国に入ってくる冒険者ってわけか」
「お、……おおお!」
現れた人物を一目見るなりウィルが黄色い声を上げた。
現れたのは、見慣れない瑠璃色と赤褐色の混じった民族衣装のような服を着た女だった。
下は長いタイトスカートに、上半身は二色を紡ぎ合わせたような凸凹が特徴的な形をしていて、ざっくりと開いた胸元からは今にも零れ落ちそうな胸が微かに覗いていた。
「こ、これは……、う、美しすぎる?!」
「な、なんだお前。おい、それ以上近付くな!」
両手をかざし、変質者のように近寄るウィルを牽制した女は、背後に隠していた短剣を高々と掲げた。すると周囲の建物の屋根から無数の人影が現れ、手にした弓矢を引き絞った。
「悪いことは言わん。貴様ら、身ぐるみを置いて、さっさと出ていけ。大人しく聞けば、命までは取らずにおいてやる」
しかし忠告が一つも耳に入っていないウィルは、鼻を鳴らし、ふがふがと女に近寄った。
察知した無数の人影が今にも攻撃を開始する間際、ウィルの襟首を掴んだモリシンが「待った」と声を荒げた。
「悪いがこっちも遊びじゃねぇ。聞かせてくれ、あんたらは外のギルドのもんか、それともパナパの民か」
「金蔓の貴様らには関係ない。さっさと決めな、でないと……、殺すよ」
取り囲んだ数を一通り確認し、モリシンが静かに両手を上げた。
その上で、あえて再び同じ質問をした。
「もう一度聞く。あんたらはパナパの民、だな?」
「しつこいね、だったらどうだってんだい」
先走った一人が矢を放った。
しかしモリシンは振り返りもせず矢をキャッチし、へし折りながら呟いた。
「どうにも解せねぇな。国に入ってから、どうにもしっくりこねぇことがあんのさ」
「何を言っていやがる。おい、お前たち、攻撃の準備だ!」
一斉に構えた影の数は百では足らず、それぞれが魔力を携えているようだった。
「さすがに多すぎるね」とヘラヘラ笑ったウィルは、怒りを露わにする女へ気にせず投げキッスを繰り返していた。
「残念だが、今のパナパは普通の民が落ち着いて暮らしていける場所じゃねぇ。ご覧のように、表の街は人っ子一人おらず、遭遇すんのはパナパ外のギルド兵ばかり。しかし妙なことに、まだちょこちょことお前らみたいな輩が街にうろついていやがる」
「何をゴチャゴチャと。口を慎めよ、貴様ら」
「しかもそいつらは、見た目に似合わねぇ、高度な魔法を使いこなすときたもんだ。何者なんだろうなぁ、お前らはよぉ」
グッと奥歯を噛み締めた女が腕を振り下ろした。
一斉に魔力を帯びた矢が放たれ、二人に襲いかかった。
しかし難しそうな顔をしたウィルは、徐々に身体を変色させながら、巨大なカニの甲羅で二人の周囲を覆うと、全ての攻撃を難なく弾き返した。
「バ、バカな?!」
「うふふ、凄いだろう。僕の甲羅は、そんじょそこらの安物とは硬さが違うのさ。キミたちの攻撃じゃあ、傷一つ付けられないよ」