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【午前零時、悪魔は微笑む―悪魔執事と黒い猫 短編集―】
※当方🫖最推しの新規の為、今後他キャラに焦点を当てる際、口調などの解釈違いが生まれる可能性があります。
眠れない夜だった。
窓の外では、静かな雨が降っている。
時計の針は午前零時を回っていた。
館の中はしんと静まり返っていて、自分の足音だけがやけに大きく響く。
眠ろうとはした。
けれど、目を閉じるほど頭の中が騒がしくなる。
考えなくていいことばかり浮かんで、息が詰まった。
結局、諦めるようにベッドを抜け出した。
廊下へ出ると、薄暗いランプの灯りが床を淡く照らしていた。
遠くで雨音が響いている。
そのまま宛てもなく歩いていると、不意に香りがした。
紅茶の匂いだ。
「……主様?」
低く穏やかな声。
顔を上げると、廊下の先にベリアン・クライアンが立っていた。
黒い手袋。整った燕尾服。
片手にはティーカップの乗った銀盆。
まるで最初から、ここにいることを知っていたみたいだった。
「こんな時間にどうされたのですか」
「……眠れなくて」
そう答えると、ベリアンは小さく目を細めた。
「左様でございましたか」
責めるでもなく、驚くでもなく。
ただ静かに受け止める声だった。
「少し、温かいものでもいかがです?」
断る理由もなく頷くと、ベリアンは「こちらへ」と微笑む。
案内されたのは、小さな談話室だった。
蝋燭の火が揺れている。
窓を叩く雨音が、やけに近い。
椅子へ腰掛けると、ベリアンは丁寧な手付きで紅茶を置いた。
「カモミールです。眠れない夜によく効きますよ」
「……ベリアンも起きてたんだ」
「ええ。執事ですので」
ふ、と柔らかく笑う。
その笑顔は完璧だった。
けれど、完璧すぎて時々怖くなる。
カップへ口をつける。
優しい温度が喉を落ちていった。
「……ベリアンって、ちゃんと寝てるの?」
ぽつりと聞くと、彼は一瞬だけ瞬きをした。
「どうしてそのようなことを?」
「いや……いつ見ても起きてるから」
朝も、昼も、夜も。
いつだって彼はそこにいる。
疲れた顔なんて、一度も見たことがなかった。
ベリアンは少し考えるように視線を伏せ、それから穏やかに笑った。
「ご安心ください。必要な休息は取っております」
綺麗な答えだった。
綺麗すぎるほどに。
窓の外で雨が強くなる。
沈黙が落ちた。
けれど不思議と居心地は悪くない。
静かな空間だった。
「……主様」
名前を呼ばれる。
「最近、少し無理をなさっているでしょう」
どきりとした。
「そんなこと」
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猫まんま
「ございますよ」
優しい声だった。
だから余計に逃げられない。
「食事の量も減っておりましたし、睡眠時間も短い。ここ数日は笑う回数まで少なくなっておりました」
見過ぎだ。
そう思うくらい、彼はよく見ている。
カップを持つ指に力が入る。
「……別に、大したことじゃないから」
「主様にとって“大したことではない”ものでも」
ベリアンは静かに言った。
「積み重なれば、人は壊れてしまいます」
蝋燭の火が揺れる。
赤い瞳がこちらを見つめていた。
逃げ場のない色だった。
「……壊れたりしないよ」
「では、どうして泣きそうなお顔をなさるのです?」
息が止まる。
そんな顔をしていた自覚なんてなかった。
慌てて俯く。
視界が少し滲んでいた。
「申し訳ありません」
ベリアンの声が落ちる。
「責めたいわけではないのです。ただ、私は……」
そこで言葉が途切れた。
珍しいと思った。
彼が言葉を迷うなんて。
そっと顔を上げる。
ベリアンは微笑んでいた。
いつものように。
けれど、その奥に何か酷く暗いものが見えた気がした。
「主様が苦しんでいるのを、見過ごしたくないのです」
静かな声だった。
雨音だけが部屋を満たしている。
「……ベリアンはさ」
「はい」
「なんでそんなに優しいの」
聞いた瞬間、彼は少しだけ目を見開いた。
それから困ったように笑う。
「優しくなどありませんよ」
「優しいよ」
「いいえ」
きっぱり否定される。
けれど、その声音はどこか寂しかった。
「私は執事ですから。主様をお支えするのは当然のことです」
「でも」
「……もし」
ベリアンが遮る。
赤い瞳が揺れていた。
「もし、主様が壊れてしまったら」
低い声。
「私はきっと、正気ではいられません」
一瞬、空気が凍った気がした。
ぞくり、と背筋が震える。
なのに不思議と怖くなかった。
彼はすぐに微笑み直す。
「おや、失礼しました。少々重たい話でしたね」
何事もなかったように紅茶を注ぎ足す姿は、いつもの完璧な執事そのものだった。
けれど。
さっきの言葉だけが、静かに胸へ残っている。
雨はまだ降っていた。
窓の外は真っ暗だ。
この館には、きっと秘密がたくさんある。
誰にも言えない感情も。
壊れそうなほど重たい想いも。
全部、静かに隠されたまま。
「主様」
ベリアンが穏やかに微笑む。
「今夜は、眠れそうですか?」
その問いにすぐ答えられなくて。
ただ、少しだけ。
ここへ来た時より呼吸が楽になっていることに気付いた。
「……うん」
そう返すと、ベリアンは満足そうに目を細めた。
蝋燭の火が揺れる。
午前零時。
悪魔は静かに微笑んでいた。
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