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これは、悪夢――。
ただの白昼夢だと思いたかった。
「お父様っ!!」
ルイスに駆け寄り、リーゼロッテは必死で呼びかける。
「……だ、大丈夫……だ。そんな、顔を、する……な」
息も絶え絶えなのに、ルイスはリーゼロッテに向かって笑みを浮かべると、手を伸ばして頬に触れようとする。その手を取ると、自分から頬を寄せた。
(嫌だ……お願い、死なないで……)
「リーゼロッテしっかりしろ! 直ぐに癒しをかけるんだっ!」
ジェラールの怒鳴り声にハッと我に返った。
(お、……落ち着かないとっ! 今は、あの時とは違う!)
ルイスから広がる血溜まりに、リーゼロッテは眩暈を覚えたが……深く息を吸う。
剣を抜く時に、血が吹き出さないようにしなければならない。
神経を集中すると、刺さっていた刃の周辺から徐々に癒しをかけ、慎重に引き抜いた。そしてそのまま、一気にルイスの全身に癒しをかける。
「……ありがとう、リーゼロッテ。また、助けてもらったな」
リーゼロッテは溢れ出す涙も拭かず、激しく首を横に振った。
「……前は、お父様を助けられなかったもの! 今度は……助けられて、本当に良かった……」
ポンポンと、ルイスは小さな子をあやすように、リーゼロッテの頭を優しく撫でる。
その間に、テオとジェラールによって、黒い外陰の男は捕らえられていた。
テオは男を殺さないよう、わざと急所を少しだけ外し、身動きがとれないようにしたのだ。
そして、ジェラールの魔法によって、男の魔力は封じられた。
「――お前は誰だっ!!」とジェラールは、男のフードを剥がす。
顔を暴かれた男は、忌々しそうにジェラールを睨んだ。
ジェラールは息を呑む。
「まさか……そんな馬鹿なっ! お前は魔術師のっ!?」
男は、リーゼロッテの両親が亡くなった時に、この洞窟で死んだはずのクリストフの魔術の師だった。
だいぶ老けてはいたが、ジェラールにはその顔に見覚えがあった。
2周目――過去の出来事をもとに、兄クリストフについて探っていたジェラール。
辺境伯領の事件を調べ直し、何度も読んだ報告書の死亡者リストに描かれていた顔。宮廷魔術師だとの事実は隠されていたが、遺体があったことは確認されていた。
状況が理解出来ず、ジェラールは男を凝視する。
「ゴホッ! ……ヒュー、セドリック……貴様のせいで……ヒュー……」
喉に空いた穴から、ヒューヒューと空気が漏れて聞き取り難い。
だが確実に、その男はジェラールのことをセドリックと呼んでいた。
「よくも……いつも邪魔を! ……ヒュー……き、貴様だけは……赦さないっ!」
突如、男の顔は歪み始める。
バグった映像のように、魔術師の顔から、リリーに怯えた教会の男、クリストフを利用しようとした教皇、そして憎しみに満ちた、会ったことのない男の顔になった。
――カッ!!
と眼を赤く光らせた男は、ジェラールに向かって何かの魔術を発動させる。
瞬く間に赤黒い霧が発生し、ジェラールを包み込んでドームの中に閉じ込めてしまった。
男がニヤリとした、その刹那
パアァ――――ンッ!!
ドームは砕け散り、黒い霧がシュウーッと消えていく。
「……うぐっ……、な……なぜだあぁぁ!!?」
ジェラールの前には、怒りに震えたリーゼロッテが庇うように立っていた。
「私こそ、絶対に許さないわ! ねえ……セドリックのお父様――ふたりを引き裂いただけでなく、魔玻璃を手に入れようと沢山の人達を巻き込んで! これ以上、私の大切な人達に手出しはさせません」
王族専用の書庫で、リーゼロッテは歴代の王が描かれた肖像画を見ていた。その中に、この男は確かにいたのだ。
リーゼロッテの手の上で、オーロラの球体が徐々に大きくなっていく。
(人を殺めるなんて、絶対にしたくなかった。だけど、今この男を逃したら……きっとまた蘇る)
覚悟を決めて、男に向かって球を撃とうとした時だった。
『――ビキッ! 』と嫌な音がした。
魔玻璃の結界に亀裂が入り、深く暗い闇が広がる。
その瞬間、リーゼロッテの目の前にいた男は闇の中へ勢いよく吸い込まれていった。
「……え、うそ。逃げられた?」
リーゼロッテは呆然とした。
『違うよ、リーゼロッテ――』
突然、洞窟の中に声が響き渡った。
キョロキョロと声の主を探すが、誰も見当たらない。
『君が、あんな奴の為に手を汚すことはない。これは、昔の戦いの後始末……僕の役目だよ。僕は、破滅を呼ぶ者だからね。あいつは絶対に逃がさないから安心してね。……凛子とセドリックに会わせてくれて、ありがとう』
洞窟に響いた聞き覚えのある声は、結界の向こうに居たヨルムンガルド本体のものだった。
結界の亀裂は勢いよく閉じていき、洞窟に静けさが戻った。
(ヨルムンガルド……私の方こそありがとう)
◇◇◇◇◇
――後日。
ジェラールとクリストフによって、あの魔術師について徹底的に調査が為され、実験のメモらしき物が見つかった。
人を操る魔道具を研究していた際、彼は行き詰まり黒魔術に手を染めていた。
そして、決して開けてはいけない禁忌の扉を開け、先代の王が残した未練と怨み……その渦に呑まれたのだ。
「あの魔術師が生きていたのなら、洞窟で確認された魔術師の遺体は誰だったのかしら?」
リーゼロッテは呟く。
寄宿舎に戻り、魔道具に届いたジェラールからの調査報告の内容をテオに伝えていた。
「離宮で聖女に魔石を埋め込もうとした男と、あの魔術師は同じ臭いだった」
「じゃあ、本物のその男は……」
どこかでもう、死んでいるのかもしれない。
あの魔術師はクリストフの言うように、優秀だったのだ。他人の遺体の顔を変えるなんて、容易かったに違いない。
魔術師の顔に現れたのは、全て魔玻璃を手に入れようと画策した者たちだ。
変身して入れ替わったり、操ったりしていたのだろう。徹底して他人に成りすまし、辺境伯領の人間を警戒し、観察していたのかもしれない。
(まんまとやられたわ)
転移陣で現れるまで、全く存在に気づなかったのだから。
王太子だったクリストフを利用しようとしたのも、自分の息子のセドリックを騙したあの元王がしそうなことだ。
考えれば考えるほど頭にくる。
(だけど、やっと……)
ナデージュとセドリック、そしてヨルムンガルドの誤解もとけて、みんな幸せそうな顔をしていた。
(とりあえず、一件落着ね!)