テラーノベル
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レクトは3週間の間、1年生のリゼ……という少女の様子を見ることになった。
フローラを断罪したとき、録音の魔導具と、館内放送をジャックする魔導具を借りたのだが――
……それの借りを返す、という名目だ。
リゼは『召喚士』の職才を持っているが、何も召喚することができなかった。
先月に実家に戻り、そこで契約の儀式を行ったらしいのだが、何の成果も得られなかったのだという。
しかし、その後の様子が徐々におかしくなり……ずっと親交のあったディアナが心配している、といった具合だ。
「恵まれた職才を持ちながら、うまくいかない――
……はぁ。他人事では無いな……」
レクトはひとり、ぼやいてしまう。
ただ、レクトの場合はエステルとセシリアが支えてくれている。
反面、リゼを支えるディアナは――今月の下旬、学院を空けてしまう用事があった。
そこで、レクトが見守ることになったのだ。
「……おっと、出てきたな」
女子寮の入口を遠くから覗きながら、リゼの外出を確認する。
前髪を含め綺麗に整えられた、薄いピンク色の、肩ほどの髪。
金色の瞳が不思議な魅力を放つが、全体として小柄な少女。
……リゼは午後の時間、ひとりで外出することが多くなっていた。
誰の目にも付かないところで、何をしでかすかは分からない。
――寮が違うから、夜のことは分からない。
寮に住む女子に憑依すれば、寮内でも見守れるかもしれないが……ディアナは憑依のことを知らずに、依頼をしてきた。
そのため、レクトは午後の時間に見守りを行い、安全を確認する――そんな動きに徹していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――どこまで行くんだ?」
この数日、何回か尾行を行っていた。
いつもは少し、ぶらぶらする程度。
しかし、今日に限っては何かがおかしい。
学院から街に出て、そのまま商店が並ぶ道を直進していく。
買い物では無い……。食事を取るわけでも無い……。
居住区に入っても、リゼの足は止まることが無い。
とぼとぼと歩きながら、すれ違う人々には興味も示さない。
誰か、知り合いの家にでも行くのだろうか……。
居住区を抜け、街の門を出ようとする。
外には魔物がいるため、武器も持たない少女がひとりで外に出るのは危ないが――
……残念ながら、学院の身分証を見せれば通れてしまう。
今は月の下旬であり、学院の生徒は様々な活動をあらゆる場所で行っている。
それこそが学院の生徒の特権であり、将来に繋がる行動なのだ。
リゼに少しだけ遅れる形で、レクトも街門を通っていく。
往来をする人や馬車も、まだまだ多い。
しかし、もっと遅い時間になれば――誰もいなくなっていくだろう。
「……もしかして、外泊するつもりか?
さすがに、そこまでの準備はしていなかったな……」
日没の時間は遠いが、このあとどうなるのか、まるで分からない。
今まではリゼには内緒で見守りをしていたが、どうにもならないときは、正体を明かして話し掛けるべきか――
リゼは山道に入っていった。
途中、辺りの草を摘み取っているようだった。
もしかして、薬草の採取をしに来たのだろうか。
木陰に隠れながら、レクトはリゼを見守った。
そうしながら、リゼはどんどん、山を登っていく。
「――……もう、夕方か」
空が茜色に満ちる頃、リゼは切り立った崖で足を止めた。
崖とは言っても……そこにはロープが張ってあり、安全には配慮されている。
リゼは、近くのベンチに腰を下ろした。
これまでに採取してきた草を並べて、丁寧にゴミを取り払っていく。
……そして、それが終わると夕方の空に向かい合った。
雲は多かったが、とても美しい光景だ。
しかし――それを打ち消すように、空から雨が降ってくる。
ぽつり、ぽつり……と。
急な天気の変化に、レクトは慌ててしまう。
自分はおろか、リゼも傘は持ってきていない。
魔法学科の生徒であれば、器用に雨をバリアで弾くこともできるかもしれないが――
#憑依
成瀬りん
639
#主人公最強
かませ犬S
431
2,276
#転生
歯磨き粉
886
レクトはもちろん、リゼもそんなことはできなさそうだ。
レクトは木の下に隠れ、リゼは近くの木の下に移動して、雨の様子を窺っている。
そんな中、リゼは先ほど採集した草をもくもくと食べ始めた。
それを見たレクトは、何となくお腹が空いてしまった。
……食べるものを、何も持っていなかったのだ。
自分の準備不足を後悔しながら、引き続きリゼを見守る。
……リゼは雨の中、崖の側に歩いていった。
空は既に雨雲で覆われており、太陽の輝きも隠されている。
雨が降る中、ひたすら打たれ続けている。
さすがにこれでは、身体を壊してしまう。
もう限界だ。声を掛けて、寮まで連れて帰ろう――
――その瞬間、リゼの身体が傾いた。
ロープの合間を縫うように、崖に吸い込まれるように、遥か下に落ちていく――
「うおおおおぉッ!!!!」
レクトは全力で走った。
右足がもつれる中、それでも何とかリゼの元まで走り続け、そして手を伸ばす。
レクトの右手は、何とかリゼの左腕を掴むことができた。
「――おいッ! おいッ!! 意識はあるかッ!!?」
レクトの声に、リゼは反応をしない。
どうやら熱が……いや、それ以外のことで朦朧としているようだ。
もしかして、途中で採集していた薬草――いや、あれは毒草だった……?
「くそ……。今の体勢では、引き上げられない……」
レクトはかろうじて、リゼの腕を掴んでいた。
しかし力が満足に入らず、それに加えて地面もぬかるんでいる。
「おいッ! 起きろ!! 目を開けろ!!」
レクトの必死の言葉に、リゼの目が重々しく開いていく。
そして……何とか上を見上げるも、すぐに視線を落としてしまう。
「――……わたし、大丈夫です。もう、嫌なんです……。
……だから、手を……放して……」
「死んじまうぞ!!?」
「ごほ……っ。それよりも、あなたも……危ないので――」
「言ってる場合か!!」
リゼの身体は、だらんと力を失っている。
しかし、左腕にだけは力を入れている。
これは、生き残りたいという気持ちの表れ――
……ではなく、明らかにレクトの腕を振り払おうとしている。
空では雷まで鳴り始めた。
雨も強くなってきた。レクトの腕も、いずれは限界を迎える。
リゼを引き上げようとするが、これ以上の力を入れることができない。
……改めて、リゼの向こう、遥か崖の下を凝視する。
このまま落ちれば、固い地面に激突する。ただ、幸いなことに――
その近くには、1本の大きな木が生えている。
それをクッションの代わりにすれば、何とか命は助かるかもしれない……。
――ただ、リゼはそんなことをしそうには無い。
やる気はないだろうし、身体も弱っている。そもそも、万全であっても恐怖心が勝るだろう。
リゼを掴む手のひらに、ゆっくりと雨が滑り込んできた。
少しずつ、しかし確実に、リゼの左腕がレクトの手から抜け落ちていく。
腕から手首へ、そして手へ。やがてリゼの指先も、するりとレクトから――
「くそっ! 仕方ない――」
――≪憑依≫
思わず瞑った目を開けると、レクトの目に見えたのは――レクトの身体と、雨に濡れた岩。
そして暗く広がる、狭い雨空。
目を開けているのがつらい。
身体は冷え、強い嫌悪感が身体全体を苛んでいる。さらに、全身に加わる落下感――
……レクトの意識は、そこで一旦途切れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
気が付けば、そこは女子寮の部屋――
……だったら、どれだけ良かっただろう。
全身に痛みが走る。身体が動かない。生きようとする力が、失われていく。
落下による外傷。毒草による中毒。
ただ、これらは――明らかにリゼの、自分自身への殺意。
……そうだ。リゼは自殺をしようとしたのだ。
――憑依した状態で、そのまま死んだらどうなるんだろう?
レクトはふと、そんなことを考えてしまった。
おそらく、憑依した身体と共に死んでしまうはずだ。
そうなれば、元の身体は今のまま――ずっと、レクトとして生きていくことになる。
「……俺がいないと、あの身体はやる気を出さないからな……」
宿題もやらなければ、剣術の修練も行わない。
もしかすると、職才を持たなかった自分が、ああいう性格だったのかもしれない。
そんなことを考えると、死にそうな状態にもかかわらず、少しだけ笑えてしまった。
しかし、その瞬間――
――グオオォオオォアアアアァアアオオォ……ッ!!!!
とんでもない大きさの……叫びのようなものが、頭の中を駆け巡った。
驚いて辺りを見まわそうとするも――今の怪我では、ろくに身体を動かすこともできない。
仮に魔物や野獣の類がいれば、このまま食い殺されてしまうだろう。
ただ、そういうものとは……まるで違うような気がする。
何かの音によって、空気が震えている様子は無い。
ただリゼの頭の中で、そんな叫び声が響いているだけのような……。
「……リゼは、召喚士だったな。
この叫びは……何か、関係があるのか……?」
そう言っている間にも、大きな声は頭の中を駆け巡る。
ただ、雨の音、雷の音は、掻き消されずにしっかりと聞こえている。
……やはり、単純な叫び声ではない。
「ははは……。職才がどうの、召喚ができないがどうの、以前に――
……こんな状況じゃ、死にたくもなるか。……なぁ、リゼ……?」
レクトはリゼに、強く共感した。
おそらくはレクトが世界で一番、彼女に共感できる人間だ。
職才と現実の狭間で同じように苦しみ、憑依スキルによって直接の痛みを感じることができる。
だからきっと、自分なら……リゼを救うことができる。
レクトは強く、そう確認した。
但し、それに至るための問題がひとつ――
「――俺、このまま死んじゃうかもな……」
身体はさらに冷え、毒草による苦しさも増してきた。
木の枝がクッションになったとはいえ、身体中が打ち付けられ、さらには雨も降り続けている。
こんな天気で、こんな山の中。誰も助けにくるはずが無い――
……そう思ったときだった。
「おい、大丈夫か!?
……おお、すごい怪我じゃないか!」
レクトの身体が、岩場の向こうからやってきた。
崖の上から――山道を駆け下りてきたのだろうか。呼吸は弾み、身体中に汚れが目立つ。
レクトの身体は心配そうに、リゼに憑依したレクトを持ち上げる。
「――……来てくれたんだ?
いつもは頼りないくせに、今日は……少しだけ、カッコよく見えるぞ……」
「先輩に向かって、何て口の利き方なんだ!?」
レクトが憑依をするとき、元の身体は――何となく怠惰な性格によって動かされている。
しかしそれでも、レクトは元の身体の存在に安心して……そのまま眠りに落ちていった。
……ただ、その底に近付くほど――
頭の中の大きな叫びは、さらに大きくなっていった。
コメント
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うわあ、第13話、めちゃくちゃ重たくて切ない回でしたね……。リゼの「もう嫌なんです」って言葉と、手を離そうとする仕草が本当に胸に刺さりました。それでもレクトが憑依してまで彼女を助けようとした姿勢、そして「俺がいないとあの身体はやる気を出さない」ってちょっと笑える自己認識に安心しました。最後にレクトの身体が駆けつけてくれた場面、じんわり温かかったです。召喚士の叫びも気になるし、続きがすごく気になります!