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ピン、ピンと、硬貨をはじく小気味の良い音がバーに響く。輝くフェドラハットにクロックワーク製のヘッドフォンを身につけたスーツの男、Chanceは、久々に友人の営むカジノにふらりと立ち寄っていた。平日の夜にも関わらず大賑わいで、遠くから歓喜と絶望の叫びが入り乱れて聴こえてくる。
ジュークボックスから流れるムーディな音楽をバックに、細長いカクテルグラスが運ばれてくる。Chanceはマスターを一瞥し、それから左を向いた。
「酒奢ってくれてありがとな、Sonnellino」
Chanceの視線の先には、目元が見えないほどにフェドラハットを深く被り、コートスーツを羽織った大柄な男、Mafiosoがいた。吸い込まれるかのように暗い帽子の下の素顔は、彼と親しいChanceですら見た事がない。
Mafiosoは少々呆れた様子で始めた。
「酒は構うな。にしてもまぁ…ブラックジャックに、バカラに、スロット….お前は本当に運に頼りきりのゲームしかしないんだな」
ピン
「あぁもちろん。俺は自分の運と戦うのが大好きなんだ。それに危険な挑戦も」
ピン
「さぞかし運命の女神様は、お前にベタ惚れなんだろうな」
ピンッ
「へへっ、そうかも!」
「皮肉だよ」
Mafiosoの声色に苦笑が混じる。Chanceの手の中で、硬貨は既に5連続で表を向いていた。
「よく飽きないな」
「コインのことかい?」
「ああ」
「ちっさい頃からやってる、まじないみたいなもんでね。デッカい賭けに出る時とか、緊張しちまうときはコレに願掛けすんのさ。」
「今はどっちだ?」
「今は….ただの手いじりさ、へへ」
「そうかい」
Mafiosoの置くスコッチのストレート・グラスが小さくチリンと鳴った。テーブル奥に空のグラスが3つ、しかし彼は酔う気配すら見せない。一方のChanceはミモザを一杯ひっかけたところですぐに手を止めた。
「気持ちよくなってきた、そろそろやめる」
「賢明な判断だ。酔ったお前は手に負えん。」
Chanceはカウンターチェアからひょいと飛び降り、どこからともなくトランプのデッキを取り出した。
「酔い覚ましに心理戦なんてどうだい」
「またババ抜きか。常に嘘だらけな顔のお前に勝てる気がしないよ」
「まあ、騙されたと思ってさ」
「付き合ってやらん事もない」
「まどろっこしいなぁ」
クスクス笑いながら、慣れた手付きでカードを繰るChance。札は寸分違わず均等に分けられ、かくして今宵も2人きりのゲームが始まった。
「ここか」
某日、夜。ChanceはMafiosoから呼び出しを受けた。初めての事だ。
「アイツのカジノにこんな場所があったなんてな…」
部屋は来客のためか整頓されているものの、角に封をしたダンボールが何個か置かれていた。少し埃っぽい。中央に汎用のカジノテーブルがひとつ。丸い回転椅子が一組、照明は頭上の裸電球のみ。Chanceの喉がごくりと鳴る。その音ですら響くほど、辺りは静まり返っていた。
Chanceは3回コインフリップをし、席についた。
数分ほどして、Mafiosoが現れた。手に持っていた小包をカジノテーブルに置く。
「それは?」
「賭けの商品だよ」
Mafiosoの語気に含み笑いがあったのをChanceは疑問に思ったが、さして気にしない事にした。自分を特別に呼んだのだ、もしかしたらこれはサプライズか何かかもしれない。
一方のMafiosoは、Chanceの自慢のポーカーフェイスに焦りが生じたのを見て密かに微笑んでいた。
「(相変わらず、面白い奴だ)」
そもそもMafiosoがChanceを呼んだのは、彼を八百長試合に付き合わせるためだった。算段はこうだ。まず、Chanceに無理難題な賭けの勝利条件を提示する。Chanceはそれに勝てない。そして、最初から勝たせるつもりなんて無かったんだと種明かしをする。ソネリーノ・ファミリーに新たな収益が入る…..これは昔からの彼の常套手段だった。カジノの経営者で彼自身もギャンブルが好きなChanceは、Mafiosoにとって格好の的なのだ。
「じゃあ、ルールを説明しよう。」
「おう」
Mafiosoはカジノテーブルの引き出しを開け、中から赤いボディに白い点を打ったクリスタルカラーのサイコロを2つ取り出した。
「10回連続で、ハンを出してみろ」
「え…..」
「できたら包みはお前のもんだよ。勿論、負けたら賭け金は頂戴する」
Chanceは頭を抱えた。丁半(ちょうはん)。最も単純で、最も運頼みなゲームだ。勝敗の判断は2つの目の合計が奇数か、偶数か。チョウは奇数、ハンは偶数、どちらも確率は全く同じ。
再びChanceは硬貨をはじく。4回、5回とキャッチしたところで、Chanceはいつも通りのスカした笑顔を浮かべて言った。
「受けて立つよ」
Chanceの一挙手一投足に強く視線が注がれる。4、6。ハン。5、3。ハン。2、4。ハン。3、1。ハン。
今度焦っていたのはMafiosoだった。コイツ、小細工なしで本当にハンを出し続けている。こんなことがあっていいのか。目の前の奇跡に、ただ唸る事しかできない。
1、1。
「ハンだ!!!」
喜びを抑えきれないといった様子で、Chanceが高らかに宣言した。
「いやぁ、手汗が止まらないよSonnellino!丁半なんてやったの久しぶりだったけどさ、まさかこんなにワクワクするなんて….自分でもビックリしたよ、ここ最近で一番の賭けだった!!!」
「誘ってくれてありがとう!コレ、家帰ったら開けてみるな!」
Mafiosoに大きく手を振るChance。浮かれていた彼は、去り際にMafiosoがケータイを取り出した事に気付かなかった。
「caporegime、soldier。不測の事態が起きた。プランBだ」
『『はい、ボス!!!』』
Chanceの背後を、二つの影が追い始めた。
クリスマスの朝の子供のように、Chanceは小包を眺めていた。Mafiosoのカジノから彼の自宅への帰路はさほど遠くなく、散歩のコースに最適なレベルだ。道は華やかな大通りを少し外れ、小規模なビル街へと移る。
ヒュン、と風を切るような音がした。Chanceは咄嗟に後ろを向いたが誰もいない。
「….気のせいか?」
Chanceは更に歩き続ける。ビル街も続く。帰宅ラッシュは既に終わり、数えられるほどの窓から灯りが漏れるのみ。不気味なほど静かだ。
ヒュン
「誰かいるのか____________」
ホルスターに手をかけたが、遅かった。黒い人影がChanceを捻じ伏せ、身動きを完全に封じる。うつ伏せなので、当の影が何者なのかはわからない。
「君がボスのご友人さんかい?」
声はChanceの前から聞こえてきた。2人いるのか。
「こっちも取り立てのお仕事あるから、大人しく負けてくれたら嬉しかったんだけどねぇ」
声の主は、ロシア帽を被り、白のカッターシャツに黒いベストを着こんだ黄色い肌のロブロクシアンだった。手には大振りのバールを持っている。Chanceはいまいち状況が飲み込めない。
「お前ら2人は何なんだ…???ボスって….」
「えぇ?聞かされてなかったのかい。ボスも人が悪い、ふふふ」
「いいから答えてくれ、俺はなにも分からないんだ!」
ロシア帽のロブロクシアンはこくりと頷いた。
「…..ぼくらはねぇ、マフィアなのさ」
「は_________」
「君のようなお金持ちや金を求める貧乏人と取引して、組織をおっきくするのが仕事なの。まあ今回は」
Chanceの目の前にバールが突きつけられる。
「秘密裏に金を頂戴するつもりだったんだ。ボスが君を信頼してると見せかけて八百長試合をふっかける、お馴染みの手段でね。けど君が【幸運にも】勝っちゃったおかげで、ぼくらの仕事が増えたわけ」
「soldier、話が長いぞ」
「ごめんって、caporegime」
相棒にたしなめられたsoldierは、今一度Chanceに向き直る。
「って事で、来てもらうから。小包ソレ、大事なものなんだよね」
「抵抗はよしたほうがいい。お前は既に我々ファミリーを敵にまわしたも同然だ」
頭上の声が告げる。
「…嫌だ!」
Chanceは突然、拘束を振り解いた。
「おい、お前っ…..」
素早くホルスターからフリントロック銃を抜く。ありったけの火薬を詰める。両手が震える。caporegimeは慌てて銃口から身を逸らした。
バアン!!!!!
硝煙が辺りに充満する。銃が火薬の積載量に耐えきれず、自爆したのは明らかだった。…しかし。
「soldier!奴はどこに行った!!?」
「煙でなんも見えないよ!も〜、こんなのってアリ!!?!?」
Chanceは持ち前の運で、追手を撒いたのだ。
「嘘だ、嘘だ、あんなの嘘だ…..」
soldierの言葉が頭の中で反響する。
ぼくらはねぇ、マフィアなのさ…秘密裏に金を…君を信頼していると見せかけて…
Chanceは自分がどこを走っているのかすら分からなくなっていた。どこを走っているかなんてどうでも良かった。体の痛みさえどうでも良かった。ただ、走って走って、全てを忘れたかった。
Forsakenの領域内。Chanceは愛銃の手入れをしていた。弾の詰まり、無し。撃鉄、良し。
Chanceは自爆で傷だらけになりながら我が家に駆け込んだあの夜を思い出す。例の小包は未だChanceの自宅だ。結局中身は見る気になれなかった。あれを見てしまったら最後、Mafiosoとの仲が、真に終わってしまう気がしたから。
たまに、ラウンドに彼が現れる。Chanceを血眼で探している。Chanceはいつも隠れるが、そう長くはできない。
「Chance、お前の罪は赦されない!」
違う。
「我々から奪った物を返せ!」
違うんだ。
「Chance!」
がなり声がChanceを現実に引き戻す。視界が朦朧とする。MafiosoはChanceの首元を軽々と持ち上げ、今まさにその命を刈り取ろうとしていた。他のサバイバーは全滅した。もう助けは来ない。そしてマフィアはいつもの様に、小さなギャンブラーを責め立てる。
「いつまでこれを続けるつもりなんだ」
Chanceはぎこちない笑顔で返した。
「俺とアンタが、また友達になれるまでだよ」
そして、2人きりの地獄は続く。