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……見ててやるとは言ったものの、子どもの相手とかどうすれば、
と思った瞬間、日向は走り出していた。
子どもの動き、唐突すぎるっ、と慌てて青葉は日向の後を追う。
日向は扉を開けて、外に出た。
えっ? と振り返ったあかりに、
「大丈夫だっ」
と青葉は叫ぶ。
あかりより、自分の方が足が速そうだったからだ。
だが、外に出たところで、日向は立ち止まっていた。
「せんせー」
と若い男の人の足に抱きついていっている。
いきなり、足をつかまれた男は、おおっとっ、とよろけていた。
身なりのいいその男は、日向に気づき、抱き上げる。
「おっ、日向くんじゃないかー。
こんなところでどうしたー。
ママは?」
と訊いている。
「ママ、誰?」
先生と呼ばれたその男は、あ~、しまった、という顔をし、
「真希絵さんは?」
と言いかえていた。
「まあちゃん帰ったー。
おねーちゃんといるー」
「あかりちゃんは何処?」
そのとき、さっきの女性客がスーツケースを抱えて出て行き、遅れてあかりが現れた。
「若先生っ。
すみませんっ」
と感じのいいその男に言っている。
あかりはこちらに気づき、
「ありがとうございました、木南さんっ。
あの、こちら、日向がいつも行ってる小児科の先生です」
と紹介してくれる。
若先生は、日向をあかりに手渡したあとで、こちらを向き、
「あ、こんにちは。
はじめまして。
その先の小児科の早田です」
と頭を下げてきた。
「はじめまして。
……木南青葉と申します」
自分が日向のかかりつけ医に名乗るのも変だな、と思いながらも、そう名乗った。
そこで、早田は、はっ、という感じに、あかりを見る。
「もしかして、この人、あかりちゃんの彼氏っ?」
「ち、違いますっ。
この人は、ここを壊した人ですっ」
とあかりは、忙しいのか、まだ業者が来ていないらしい植え込みを慌てて指差す。
……そろそろ他の紹介のされ方したい、と青葉は思っていた。
日向を受け取ったあと、あかりは、
「早田先生の病院、私も子どものころ、通ってたんですよ」
と青葉に説明しながら、
ひー、まずいまずい、と思っていた。
寿々花との約束で、日向は表向きは弟ということになっているが。
戸籍の上では、あかりの子だ。
保険の関係もあって、早田はそのことを知っている。
あかりが小さいとき、見てもらった大先生やこの若先生。
それと、そのご家族でやっている小さな小児科なので、他にバレる心配はないのだが。
……若先生も大先生も、人がいいから、つるっとしゃべりそうなんだよな~とあかりはハラハラしていた。
そのとき、大先生がやってきた。
「コロッケも頼む、コロッケもー」
と前振りもなく、若先生に言いながら。
「わかりましたー」
若先生はコンビニに昼を買いに行くところだったらしい。
大先生は日向に気づき、
「おー、日向じゃないか」
と日向の頭をわしゃわしゃと撫でる。
日向は嬉しそうにしていた。
大先生は日向を抱き上げたあとで、青葉に気づき、
「誰だね、この男前は。
あかりちゃんの彼氏か」
と言い出した。
何故、この親子は同じ発想……と思いながら、あかりは言った。
「違います。
この人は……」
そこの植え込みを壊した人です、と説明しかけたが、青葉に睨まれる。
「他の紹介の仕方はないのか」
とまだ、なにも言っていないのに言われた。
えっ? そう言われても。
ここを壊した人以外になんと?
アブラカタブラの人とか?
いや、この人が呪文を要求してきたんじゃなかったな、と答えに困っている間に、大先生の中で勝手に話が進んでいた。
「そうかー。
じゃあ、この人が日向のパパになるのかー」
青葉は、ん? という顔をしていた。
お、大先生……。
日向はうちのお母さんの子どもだということにしてくださいと言ったではないですかっ。
あかりの妄想の中ではもう、寿々花が家でナタを用意していた。
殺られるのは、余計なことを言った大先生か、あかりか。
その緊迫感のまるで伝わっていない大先生は、
「そうか、そうか。
日向、パパができるのか」
とちょっと嬉しそうに言う。
今、寿々花にナタで狙われていることも忘れ、あかりは、その大先生の嬉しそうな顔に、ちょっと、じんと来てしまった。
「うんうん。
似合いの親子だな」
と日向と青葉を見て、大先生は笑う。
そこは、似合いの夫婦では……。
いや、別にこの人と似合わなくていいのですが。
うんうん、と大先生は日向に髭を引っ張られながら、頷き、
「そういえば、この御仁、日向とちょっと似たところがあるな」
と青葉を見て言う。
「一緒に暮らすと似てくるというからな」
一緒に暮らすどころか、日向とこの人、会ったの二度目なんですけど……。
「うんうん。
よく似てるぞ。
……そうだな。
うん。
耳が似てるな」
他に似ているところは見つけられなかったらしい。
診察のとき、子どもが緊張しないよう、パパやママに似てるなあ、とかいう話題をよく振っているので。
その流れで、なんとなく言っただけのようだった。
「はいはい、もう行きますよ、お父さん。
ごめんね、あかりちゃん、日向。
えーと……木南さん」
若先生は苦笑いしながら、いつも細かいことは気にしない大先生を引きずるように連れていった。
笑顔で見送っていると、背後に立つ青葉が訊いてくる。
「……日向はお前の弟じゃなかったのか?」
まあよく考えたら、自分の息子であることは、日向に対して隠しているだけで。
人に対して隠しているわけではない。
通りすがりに近いこの人に知られても、別にいいか、と思い、走って店に入っていく日向の背を見ながら、あかりは言った。
「日向は私の子どもなんです。
相手の実家に、私の子といって育てるなと言われてるだけで」
「例の手切れ金の男か」
はあ、そうです、とあかりは頷く。
「その男は養育費とか、くれてるのか」
「いえ」
「……手切金はくれたのに?」
「その人じゃなくて、その人の実家の人が養育費を支払ってくれています」
「いい年して、親に支払わせるとか。
その男はなにをしてるんだ」
と何故か青葉は怒り出す。
自分には関わり合いのない親子のことで、こんな本気になるなんて、この人、やっぱり、いい人なのかな?
と思いながら、あかりは言った。
「……その人は、もうこの世にいないので」
「死んだのか?
お前を騙して」
青葉が驚愕した顔で言う。
「そこまでの暗い過去がお前にあったとは。
そんなぼんやりした顔してるのに……」
いや、そこ、顔関係ありますね?
この顔生まれつきなんで……と思いながら、あかりは聞いていた。