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そうして迎えた、次の土曜日。予想外だったと言うか、よく考えれば予想内だったと言うか。俺らの話し合いの中では予想だにしていなかったことが、目の前で起こっている。
「おかあ!!」
待ち合わせ先の広めのカフェテラスで彼女の姿が見えた途端、嬉しそうにその胸に飛び込んでいったのは、あんなにも空に懐いていた弦だった。
戸惑うことなく母親の顔に戻って、弦を愛おしそうに抱きしめる彼女の姿を見て、あぁ、もう無理かもな、と少し諦めた。
「……大丈夫、元宮さん。弦くんが俺といたのはたった半年です。これが当たり前なんです。でも、洸くんは新を選んだ。まだ勝てる余地はあります」
後ろから空の声がして、空の大きな手が俺の背中をポン、と優しく撫でる。
振り返ると、気持ちを確かめようと洸を地面に下ろし、同じ目線で膝をついている新が目に入った。洸は一度も母親を見ようとはせず、新に手を伸ばして抱っこをせがんでいる。彼女の本命は洸や。空の言う通り、俺らに勝てる余地はある。
「……洸もこっちおいで?おかあと一緒に帰ろ?」
にこやかに笑って手を差し出す彼女を見る。だが、その声と姿を確認した洸は、ただただ大きな声を出して泣いた。それでも、新に抱きついたまま、絶対に離れようとしなかった。
……お前にとってはたった半年やったかもしれん。やけど、洸にとっては、半年もお前に会えへんかったんや。意味もわからず母親が目の前から消えて、悲しくて毎日泣いて。そこに手を差し伸べて毎日抱きしめてくれたんが新やった。そんな新に今のお前が勝てるわけないやろ?
「……弦は?弦はこれから先、ずっと誰と一緒におりたい? この中から一人だけ選んで、お名前いえる?」
俺の声が弦の耳に届くと、弦は不思議そうに、俺と奥さんと空と新を代わる代わる見つめた。
頼むで、お前ならベタ惚れしてる空の事、選べるやろ?
「……こう!やって、おれはこうのおにいちゃんやから!」
ニカッと大きな口で笑って、弦は洸のことを指さしている。
そうか、それは俺でも予想つかんかった。喧嘩ばかりやけど、弦はちゃんとお兄ちゃんとしての責任感を持ってくれてたんやな。
「……おかあと一緒に暮らせなくなるけど、弦はそれでいいの?」
彼女は最後の手段として、弦ごとそっちに取り込む気なんやろう。でも、子供に無理強いはできひん。もうこれは弦に運命を託すしかない。
「うん、おかあ、またおやすみのひにあいにきてな?」
……彼女が半年も経った休みの日に、急に会いたいと思ったのと同じように弦ももう、それだけでいいと思ったんやろな。
バイバイと彼女に手を振って、弦は屈んでいた空の胸に笑顔で飛び込んだ。
なんか、俺、誰にも選ばれへんかったし、父親の面目丸潰れやけど……まぁ、それはそれでええか。
「……こういう事やから。……今まで2人を愛してきてくれた事はほんまに感謝してる。又……会いたくなったら連絡してくれてええから。……これからも、貴方は貴方の選んだ人生を、自由に生きればいいと思う」
胸の奥から湧き上がる色々な感情をぐっと押し殺しながら、不器用ながらも、今俺が出せる精一杯の言葉を真っ直ぐに伝える。
「……優しいだけの、つまらない人」
俺にだけに聞こえるように彼女は言葉を吐いた。
……でも今は、それで良かったと冷静に自分に言い聞かせる。
四つ折りになった離婚届を彼女の前にそっと置く。それを何も言わずに受け取って、彼女は静かに俺たちの横を通り過ぎていった。……とりあえず、今日は勝てた。
「よっし」と小さくガッツポーズを決めると、ふふっと小さく笑った空と目が合った。新も洸を抱っこしたまま、安心したようにいつもの優しい笑顔を浮かべている。
「……真の勇者は弦やったな? 弦も洸も、家族を守ってくれてありがとうな?」
俺が弦と洸の頭を順番に撫でると、「大変良くできました」と、空が優しく弦の頬を撫でる。その大きな手のひらの温もりに、弦は嬉しそうに目を細めていた。
新はただただ、じっと腕の中の洸を見つめ、その愛おしい重みと、守り抜けた幸せを噛み締めているようだった。
「さあ!じゃあ、みんな好きなもの全部頼んでええで!」
カフェのテラスから店内に移動し、俺は声を張り上げた。
何事かと周りで見守っていてくれた店員さんに、「騒がしくしてすみません、お詫びにいっぱい注文させてもらいますんで」と頭を下げて回ると、店員さんはクスッと笑って快く広い席へ案内してくれた。
「元宮さんはやっぱりパニーニですよね?」
席につくなり、空が嬉しそうに俺の前にメニューを広げる。
「……パニーニってなんですか?」
不思議そうに首を傾げる新に、「なんか食いにくいオシャレなパンや」と説明すると、新はジッと俺を見つめてきた。
「……元宮さんっておじさんなんやなって、今気づきました」
そう言って、100年の恋も冷めたような顔をしてる。
まぁええ、まぁええ。若者は若者同士で恋したらええねん。こんなおっさんに好意を寄せても仕方が無いで?
「俺、パニーニとホットコーヒーにするわ」
「僕も、元宮さんと同じもので」
「じゃあ俺もパニーニで! あと、クリームソーダ3つ!2人はショートケーキも追加で!」
嬉しそうに、子供たちとお揃いのクリームソーダを注文する空を見ていて、相変わらずやなと顔がニヤけて仕方がなかった。
運ばれてきた鮮やかな緑色のグラスを前に、子供たちと一緒になってバニラアイスを突ついている空。その姿を眺めながら、俺はあることに気付いた。
今日、久々に奥さんと会った。
あいつは弦のことを力いっぱい抱きしめた後、手のひらで、愛おしそうに弦の頬を優しく撫でていた。
その仕草が、「良くできました」と弦の頬を撫でた空にそっくりやった。
何事にも一生懸命で、仕事の覚えが早くて、どんなことでも器用にこなせて、そして……どこまでも美しい。
あの春の日、新入社員として入ってきた空に感じた、憧れとも恋とも取れる特別な気持ちは、かつて俺が、あの眩しいくらいに輝いていた彼女に惹かれたあの時と、まったく同じ気持ちやったんやなと思った。
そして、そんな空に、弦もまた実の母親に甘えるようにベタ惚れしている。
「元宮さん?パニーニ来ましたよ? とりあえず今は美味しいものお腹いっぱい食べましょ?」
「……そうやな?」
優しく微笑む空を見つめ返す。
俺と弦は、かつての彼女に似ている、空の眩しさと温もりに、どうしようもなく惹かれていったんやなと思った。
るる太📱⚡🐼
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