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 アソビが目を覚ました翌日、その姿は依然として衰弱していた。目を開けたものの、動くことができず、ただ微かに目を動かすことしかできない状態が続いた。

 最初の数日は、意識を取り戻しても、身体が言うことをきかない。長い間昏睡状態にあったため、筋肉も衰え、食欲もほとんど湧かず、ただ水分を取るのがやっとだった。


 テナーは、アソビが目を開けたことに心から喜び、毎日その傍らで彼の回復を見守っていた。時折、アソビの額に手を当て、熱がないかを確認しながら、優しく声をかけ続ける。

 その間、バスもアソビの体調を気遣って手を尽くし、できる限りのことをしていたが、目に見える回復の兆しはなかなか見られなかった。


「少しずつだけど、戻ってきてる…」


 テナーは毎回そう言って、微笑んだ。その微笑みはアソビにとって、何よりの支えになっただろう。


 それでも、アソビの身体は依然として重く、起き上がろうとする力さえも湧かない。目を開けていることはできるものの、長時間それを保つこともできず、すぐに目を閉じてしまう。言葉を発することすら、今は困難だった。

 だからこそ、テナーが時折声をかけて、励まし続けるのがどれほど大切だったのか、彼自身も理解していた。


「大丈夫だから。無理せず、少しずつ回復していこうね」


 テナーはアソビの手を握り、そう言いながらじっと彼の顔を見つめていた。アソビはそれに応えるように、ゆっくりとまぶたを動かし、ほんの少しだけ微笑んだ。その笑顔に、テナーの心はほんの少しだけ軽くなった。


 数日後、ようやくアソビは声を発することができるようになった。最初はかすれた声で、「ありがとう」とだけ言った。

 その一言が、テナーにとってどれほど大きな意味を持つか、想像に難くなかった。


「アソビ…よかった、君が戻ってきてくれて」


 テナーはその言葉を涙声で呟きながら、アソビの手を握りしめた。その手は、まだ強さを感じさせることはなかったが、確実に温かさを取り戻し始めていた。


 そして、アソビは少しずつ食べ物を口にできるようになった。最初はほんの少しのスープから始まり、次第に栄養を含んだ軽い食事に変わっていった。それに伴い、彼の顔色も少しずつ回復していった。

 だが、完全に元気を取り戻すには、まだ時間がかかることは明らかだった。


 テナーとバスは、彼が完全に回復するまでの長い時間を共に過ごし、支え合っていく覚悟を決めていた。アソビは、その優しさと忍耐に感謝しながら、ゆっくりと回復の過程を歩んでいった。だが、彼の心の中では、何かを気にかけるような複雑な思いが渦巻いていた。それでも、彼はそれを言葉にすることなく、ただ時間が過ぎるのを感じながら、少しずつ自分を取り戻していった。


アソビの意識が戻ったその日から、彼は一歩ずつ、確実に回復へと向かっていった。けれども、その過程には苦しみや葛藤もあった。身体が回復することと、心の中の傷が癒えることは、また別の問題だったからだ。

 それでもアソビは、周りの支えを感じながら、少しずつ自分を取り戻していく。




 体力が完全に戻りきっていないとはいえ、部屋の中で歩き回れる程度には回復してきた。けれど、胸の中にはずっと、もやもやした感情が居座っていた。

 あの日、自分が招いた結果でバスが命を落としかけたことを思うと、どうしても彼の顔をまともに見られなかった。


 窓辺で椅子にもたれ、ぼんやりと外の景色を眺めるふりをしている。頭の中では、バスの声や歌が何度も繰り返し蘇る。その歌声に囚われた日々は遠い夢のように感じるが、現実として今もその影響を感じている。

 そして、バスに対してどんな顔をすればいいのか、答えが見つからないままだった。


 ドアがノックされ、低い声が聞こえてきた。


「だいぶ回復してきたな、アソビ」


 その声が耳に届いた瞬間、心臓がぎゅっと締めつけられる。振り返るのが怖くて、答えを返さずにいた。そんな自分の態度が相手を傷つけるかもしれないと思いながら、それでも何も言えない。


「…あまり良くは思ってないよ」


 気づけば、そんな言葉が口から滑り出ていた。自分でも驚くくらい冷たい声だった。でも、それが自分の本心の全てではないことは分かっていた。どうしても素直になれない自分が、嫌になる。


 バスは少しの間、黙っていた。気まずい空気が部屋に漂う。けれど、その静けさが壊れることはなかった。やがて、バスの足音が近づいてきた。

 椅子に腰掛けたままの自分を見下ろすその姿は、なぜか落ち着いていて、どこか穏やかだった。


「わかってる。無理もないさ」


 その一言に、胸がざわつく。怒りでも苛立ちでもなく、ただ理解を示すような声色だった。それが、どうしても自分の心を乱す。

 どうしてそんな風に振る舞えるのかがわからなくて、息苦しさを感じた。


「でも、少しずつだってわかってるから。無理しないで、必要な時に言ってくれ」


 その優しさに、思わず目を伏せた。言葉が詰まる。こんな自分に対して、どうしてここまで優しくできるのか。感謝の言葉すら言えない自分が、何もかも情けなかった。


 バスはそれ以上何も言わず、静かに椅子に座った。彼が近くにいるだけで、心の奥底がざわめいているのを感じる。彼が変わろうとしているのはわかる。

 それでも、自分がどうすればいいのかはわからない。


「俺も、まだ無理に話すつもりはない。でも、これからは少しずつ、距離を縮めていこうと思う」


 その言葉が、少しだけ救いになった。焦る必要はないのだと言われた気がして、心の重荷が少しだけ軽くなったような気がした。


「…うん」


 それが、今の自分にできる精一杯だった。彼の言葉に応えたかったけれど、それ以上のことを言うには、まだ自分の心が追いついていなかった。ただ、少しずつでも歩み寄れるのなら、それでいい。そう思えたのは、バスがここまで自分を理解しようとしてくれているからなのだろう。


 静かな時間が流れる中、バスは変わらずその場に座っていた。彼の存在は、まだどこか重たく感じる。けれど、それでも彼がそばにいることで、自分は少しずつ前に進めるのかもしれない。

 そんな小さな希望を胸に抱きながら、俺はまた静かに目を閉じた。




(バス視点)


 彼が静かに目を閉じると、部屋の空気がまた一層静まり返った。俺はしばらくそのまま彼のそばに座り、何も言わずに彼の回復を見守っていた。時間がゆっくりと流れていく中、どこか遠くで微かな音が響いていた。


 その後、俺は軽くため息をつき、立ち上がった。アソビが回復しつつあることはわかっているものの、心の奥底でまだ何かが引っかかっていた。彼自身も、アソビに対してどこまで手を伸ばせるのか、正直なところ迷っていた。


 そんな時、突然、部屋の外から聞こえた足音が彼の注意を引いた。テナーだ。

 俺は一度アソビを見つめ、そのままドアへと歩み寄る。


「バス、少し話したいことがあるんだ」


 テナーの声は、いつもの柔らかさを含んでいたが、どこか緊張したようにも感じられた。


 ドアを開け、彼を招き入れた。テナーは少し躊躇いながらも足を踏み入れ、目の前で立ち止まる。


「アソビは、もうすぐ回復すると思う。でも、やっぱり気になることがあって」


 テナーは視線を一度アソビに向け、その後すぐに俺を見た。


「アソビが目を覚ましたとき、何かが違ったように感じたんだ。精神的に、体調的にも…何か、まだ残ってる気がして」


 テナーの言葉には、確かな不安が込められていた。それは、アソビの回復に安心しているようでいて、どこかで不安を抱えているようにも感じられた。

 少し考え、言葉を選びながら答える。


「あぁ、わかってる。アソビの精神状態はまだ完全には戻っていない。彼の歌声を受け入れるのは大きな代償を伴うものだし、どうしても心に傷が残っている。でも、きっと時間が解決してくれるだろう。」


 テナーは少し黙った後、再び話し始めた。


「でも、それだけじゃなくて……。アソビが目を覚ましたとき、俺が感じたのはただの回復じゃなくて、何か…音楽的な変化のようなものもあった。僕の歌も、バスの歌も、彼に強い影響を与えてるって感じたんだ」


 その言葉には、確かな洞察力が感じられた。テナーは、アソビの変化に敏感に反応している。


「それは、やっぱりアルカノーレの力が関わっているからだと思う。彼が受けた影響、僕たちの歌声の影響が、あの力と絡み合ってるんだ」


 俺は……少しずつだが確信を持ちながら答える。


「だけど、彼が完全に回復するには、まだ時間が必要だ」


 テナーはしばらく黙っていたが、ふと何かを決意したように顔を上げた。


「それなら、俺も何か手伝えることがあるんじゃないかと思って。アソビのために、何かできることをしたい」


 バスは少し驚きながらも頷いた。


「もちろん、君の助けがあれば心強い。アソビも、きっと君の支えを必要としている」


 テナーは静かに微笑み、アソビにもう一度視線を向けた。彼の回復を願う気持ちが、今の彼の表情から伝わってきた。

 その一方で、アソビの意識の中では、まだ深い眠りに閉じ込められたままの部分があった。彼が本当に完全に目を覚ますためには、まだ越えなければならない壁がいくつもある。

 俺とテナーは、彼を支え続ける決意を固めていたが、その道のりは一筋縄ではいかないことを、二人とも深く感じていた。


 その時、部屋の隅に置かれた書棚が揺れ、何かが落ちる音が響く。俺とテナーは互いに目を合わせ、すぐにその方向へと足を向けた。


 その先に待ち受けるものが、二人の未来をどう変えるのか。



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