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魔法の指導は『七五三』の翌日から行われることになった。
俺は一刻も早く教えてもらいたかったが、『七五三』が終わって家に帰った時には既に夕方。その時間に魔法の練習をするのは、最初の内は良くないという話をされてしまい、結局次の日に持ち込みとなったわけである。
そういうわけで俺は久しぶりに寝れない夜を過ごすことになった。
寝れない理由は様々だ。
恐怖、不安、そして期待。
冴えた目で見慣れた天井を見上げながら、俺は自分の気持ちを落ち着かせるように何度か深呼吸を行った。『神在月かみありづき』の人に脅された時はたしかにビビり散らかしたが、今はその不安も落ち着きつつある。
だって3年間、俺が襲われることは無かったんだぞ?
『七五三』があったからって、急にモンスターに襲われるわけもない。
俺が寝れないのは、やっぱり期待や好奇心が大きいからだろう。
一言で言ってしまえば、明日がすごく楽しみなのだ。
「……まほう」
そりゃ、俺だって小さい頃はそれに憧れなかったわけがない。
日本に育った俺の周りには溢れんばかりの創作物があって、その中には魔法を使うものがたくさんあった。
小さい頃は、実は俺にも隠された力があるんじゃないかと思って本気で特訓したこともある。
まぁ、2日で飽きたけど。
とにかく俺は昔、魔法使いに憧れていたのだ。
いや、憧れた先は魔法使いだけじゃなかった。
超能力者とか、呪術師とか、とにかくそういう特別な存在に憧れたのだ。
それが、こんな歳になって魔法の使えるチャンスが目の前に転がってきていた。
それに期待しない方が無理というものだろう。
だから明日が楽しみで眠れないのだ。
こんなの小学生の修学旅行以来だぞ。
そんなことを思いながら俺は天井を見つめ続けていた。
いつの間にか、眠りについていた。
――――――――――――
「イツキ。準備は良いか」
「うん! 良いよ!!」
翌朝。俺は子供用の道着に着替えて、道場に父親と2人で向かいあっていた。
この道場というのは、如月きさらぎ家の中にある道場である。
俺は知らなかったのだが、この家には道場があったらしい。
マジで、どんな家なんだよ。
「よし。良い挨拶だ。今日から魔法を教えるにあたって、お前には1つのことを守ってもらう」
「うゆ?」
「パパが魔法を教えている間は、パパのことを師匠と呼ぶのだ」
おお! なんかそれっぽい!
筋肉隆々の父親も、真っ白な道着に着替えて俺の前に座っている。
そんな父親のことを『師匠』と呼ぶなんてまさに『それっぽい』じゃないか!
俺は自衛のためという目的も忘れて、テンションの上がったまま口を開いた。
「師匠ちちょー!」
「……む」
せっかく呼んだのに、師匠の顔色は優れない。
なぜだ。
「やめておこう。師匠じゃなくて、パパと呼びなさい」
「う!」
なんだったんだよ、今の。
「ではこれから、魔法の特訓を始める。まずは、お前のへその下に意識を向けよ」
「……うゆ」
へその下……というと、何もしていない時に魔力が溜まっている場所だろう。
なんでここに溜まるか分からないが、これは0歳の時に初めて魔力を知覚した時からずっとそうなのだ。恐らくここに魔力の『器』がある。
「お腹の熱いところ?」
「そうだ。そこを『丹田たんでん』と呼ぶ」
へぇ! ここが。
名前だけしか聞いたことのないものと、現実の知識がリンクして俺は気持ち良さを覚えた。
「そこにある熱を全身に行き渡らせる術を『廻術カイジュツ』と呼ぶ」
「うゅ」
「最初は出来ないと思うが、気にするな。これは普通の祓魔師であれば5歳までに覚える。今日、明日で出来るものではない。だから、まずは身体の中の魔力を知覚するところから……」
「できた」
「むっ!?」
出来た、というか元々使っていた技術である。
俺が勢いよく立ち上がると、父親は目を丸くした。
「ほ、本当に、全身に熱が行き渡ってるか? 指の先とか、髪の毛とか、そういうところにもだぞ?」
「うん。できてるよ」
俺は全身に魔力を回した状態……いわゆる、『廻術カイジュツ』を使った状態でそういうと、父親はあっけに取られたまま俺の身体に手を触れた。
「……む。本当だ。魔力が渡っている」
「指もできてるよ!」
そう言って俺が足を向けると、それを父親はちょんちょんと触って、
「うむむ……可愛い指だ……。って、そうじゃない!!」
バン!! と、飛び上がると道場から飛び出した。
「か、楓かえでっ! 大変だ!! イツキが天才だぞ!!」
大声を上げて、母親のところに行ってしまった。
師匠! 修行の途中ですよ!!
「どうしたんですか、イツキは第七階位。天才は今に始まったことじゃないでしょう」
「ち、違う! 教えてすぐに『廻術カイジュツ』を使ったのだ!!」
「えぇっ!?」
父親の声は相変わらずデカいのだが、それを聞かされた母親の声もそれに負けないくらいに大きい。そして、足音が2倍になって戻ってきた。
「い、イツキ! 本当に廻術カイジュツ使えたの!?」
「うん。使えたよ! ほら」
そういって俺は母親に全身を見せる。
恐る恐る、と言った具合に俺を抱っこした母親は「ほんと……」と漏らした。
「……本当に、『廻術カイジュツ』を使ってる」
どうやら、父親も母親も全身触って魔力を測っているっぽいな。
そういえば俺が生まれて初めて父親に抱っこされたときも、身体の中にあったかいもんが流れてるって思ったっけ。そう考えれば、触って魔力を感じるのは祓魔師として普通なのかも知れない。
「さ、3歳で『廻術カイジュツ』を使えるなんて聞いたことがないぞ! これは、如月家どころか祓魔師の歴史上見たこと無い天才かもしれん!!!」
あ、やばい。
父親の親馬鹿スイッチが入りつつある。
一度スイッチが入ると、しばらく俺のことをずっと褒め続けるのでこのままでは魔法の練習にならない。俺は父親の道着を引っ張って、言った。
「ねぇ、『廻術カイジュツ』使えたら、次は『絲術ちぢゅつ』だよ!」
「う、うむ。そうだったな。『絲術シジュツ』だ……」
俺の横槍によって強制的に親馬鹿スイッチがオフになった父親は、座り込みながら続けた。
「イツキ。手を伸ばせ」
「うゆ」
「手のひらに魔力を集めるのだ」
「うん」
俺は全身に行き渡らせた魔力を、今度は右の手のひらに集めた。
ぎゅっ、と全身に飛んでいた魔力が一箇所に集まって圧倒的な熱になる。
「より集めた魔力を『糸』のように外に出すのだ」
「……うん」
そう言われて、俺は手のひらの魔力を細く細く捻って外に出るように動かしたのだが……。
「どうだ?」
「むむむ……!!」
「わはは。流石に『絲術シジュツ』は、すぐには使えぬか」
……何もでなかった。
「も、もう一回!」
「うむ。時間はいくらでもある。出るまでやってみよ!」
こうして、俺の魔法の修行が本格的に始まった。