優side
『君のせいだよ』
俺の方をみてそう言った。冷たい言葉とは裏腹に、目はどこまでも優しく、でも必要以上の感情は遮断されている。
天音だけど、天音じゃない。
天音)君が天音を名前で呼ぶから、混乱した。自分が分からなくなった
優)……
天音)安心して。一瞬だけだから
優)…天音は、二重人格なのか?
天音)違うよ。ただ、最大限に俯瞰してるだけ
俯瞰。高いところから見おろすこと。全体を上から見ること。ビジネスでは、ものごとの一部ではなく、全体を見る事として使われる。
今の天音は、そういう状態……。自分を客観視してるって解釈の方が飲み込みやすいな。
優)…分からない
天音)何が分からないの?
優)天音のことだよ。いくら取り乱したところを見られてしまったとはいえ、昨日会ったばかりの俺にそこまでさらけ出して良かったのか?
あの取り乱し方。ただ混乱しただけなのか、もしくは過去に何かしらに巻き込まれたのか……。
天音)それは……
優)クラスメイトを見た感じ、こっちの天音を知らないんだろ?先生はどうか分からないけど
天音)……
優)どうなんだ
天音)そんなに問い詰めないでよ。私も色々と頭の中を整理してるの
優)っ、悪い……
少し焦り過ぎたな。落ち着こう。
天音)気にしてない
天音)君の考えは合ってるよ。付け足すなら、先生はこのことを知ってる。全員じゃないけどね
優)…担任か
天音)正解。あとは校長先生もだよ
優)え、校長も?
予想外の人物に耳を疑うが、ここで天音が嘘をつくとも思えなかったから、疑問を飲み込む。
天音)うん。これは中学3年生の頃に起こったことだしね
優)受験期に何かあったのか?
天音)いや、それは関係ない
優)じゃあ、何が原因なんだ?
天音)私、中高一貫の学校に通ってたんだけど、その時の先生が……
不自然に言葉が途切れた。天音は俯いていて表情が見えないが、身体が震えているのが分かる。
優)…天音、話したくないなら無理に話そうとするな。これは尋問じゃない
優しく語りかけるように言う。暫くして天音も落ち着いてきたのか、天音はそっと顔を上げた。顔色は悪そうだが、震えは止まったようだ。
天音)っ……ありがとう。でも、話すよ
天音)優くんなら、私も変えてくれるかもしれない存在だから
優)それって、どういう…?
天音)続けるね。その先生は、ある生徒に対して凄く執着してて───
天音の口から出たのは、あまりにも惨い出来事だった。
優)……それは、酷いな
天音の話はたどたどしく、何度も同じことを繰り返して言っていて分かりにくかったから、簡潔にまとめる。
・その生徒は精神を壊したこと
・今も病院で入院してること
・学校がトラウマになってしまったこと
・筆記用具を触れなくなってしまったこと
中学生にやることじゃない。想像しただけでも吐きそうになる。
優)その先生はどうなった
天音)普通に教職員として働いているよ
優)それ、大丈夫なのかよ
天音)暫くは監視もあるよ。確かに、人としてどうかと思うけど、教え方はかなり上手だからね
優)そうかもしれないけど……!
───納得いかない。
第三者である俺は何も言えない。何かしら動いたとしても軽くあしらわれるだけだろう。
天音)ねぇ、優くん!
優)うおっ……なんだいきなり
てか、抱きついてくんなよ。これが高校生の距離感なのか?
天音)明日はお仕事ある?
優)ある
天音)えー!そこは嘘でも『ない』って言ってよ!
優)耳元で叫ぶな。仕事なんだから、仕方ないだろ
天音)うぅ……そうだけど〜!
やだやだと駄々っ子のように暴れる天音に呆れながら、少しは元気になったことに安堵する。それはそれとして、うるさいけどな。
優)…来週の日曜なら、空けておくから
天音)えっ!?
優)…なに
天音)い、良いの……?
急に遠慮すんなよ。なんだ、あんなに駄々こねてたのは演技なのか。女優にでもなる?
優)今までは友達がいな……かったこともないけど、仕事の方を優先してたからな。マネージャーに頼めば、プライベートを優先させてもらえる
俺にも友達はいる。いる……よな?
天音)優くん、有名人じゃないもんね!
優)うるさいっての。これから有名になるし
天音side
ふと、優くんの言葉をもう一度脳内で再生する。
『今までは友達がいなかったから、仕事の方を優先してたからな。マネージャーに頼めば、プライベートを優先させてもらえる。』
天音)……はっ!
友達いない→「天音は友達」
仕事優先→「天音の方が大事」
プライベート→「天音といると落ち着く」
<天音、俺と結婚しよう!>
……なるほど!優くんは私と結婚したいんだね!
天音)優くん……!
優)なんか変な方向に行ってない?
天音)私のことをそんなに愛してくれてたなんて!
優)おい、どうしてそうなった
天音)大丈夫!優くんを幸せにするよ!
ぎゅっと優くんの両手を握ると、何故か諦めた顔をした。
優)…うん。それで良いや
その言葉と共に、チャイムが鳴る。慌てて時計を見ると、授業開始まであと5分しかなかった。
天音)えっ、もう5分前!?
優)急ぐか
天音)うん!
優side
───元気そうだな。このままだと良いが……。
優)いや、今気にしても仕方ないな
「すーぐーるーくーん!!!!!」
優)走るの速いな!?
生徒会なのに、意外と廊下走るんだな。
「へぇ…楽しそうに学校生活遅れてるじゃん」
走っていく優の後ろ姿ををみて、嬉しそうに目を細めた人がいた。
続く
コメント
1件
優くんはツンデレなのか……(??)