卒業式の日。三咲は制服のまま、校舎裏の桜の木の下に立っていた。舞い落ちる花びらが、まるで祝福のようにも、別れの涙のようにも見える。
そこへ、智也がやってきた。彼もまた、最後の言葉を伝えに来たのだ。
「……三咲。」
「……来ないと思ってた。」
三咲は微笑んだけれど、その目にはすでに涙が溜まっていた。
「卒業、おめでとう。」
「ありがとう。でも、素直に喜べない。」
智也は少しうつむいて、ぽつりと口を開いた。
「俺さ、ずっと逃げてた。自分の気持ちからも、現実からも、責任からも……。でも今やっと気づいたんだ。好きって気持ちだけじゃ、人を幸せにできないんだって。」
三咲はゆっくりと首を横に振った。
「違うよ。私は……あなたに出会って、たくさん泣いて、たくさん笑って、それでも後悔してない。」
その瞬間、智也の目にも涙が浮かんだ。
「俺はもう、君にふさわしくない。だから——」
「バカだね、最後まで。ふさわしいかどうかなんて、私が決めるのに。」
そう言って、三咲はそっと彼の手を握った。でも、その手はすぐに離れた。
「……でも、もういいの。好きって気持ちだけじゃ、やっぱり一緒にはいられないよね。」
言い終わったと同時に、三咲の頬を涙が伝った。それは、初めて素直に流した、彼への最後の涙だった。
「……ありがとう。大好きだったよ、智也。」
智也は何も言えず、ただその場に立ち尽くした。彼の胸に残ったのは、悔いと愛と、そして、失ったものの大きさだった。
三咲は背を向けて、桜のトンネルの中を歩き出した。
涙の理由は、悲しみだけじゃない。
あの日、本気で人を愛した証が、今の自分をつくっている——
そう信じながら、彼女は春の光の中に消えていった。