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にくまん小娘
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「今日、現場来る?」姉からの一言は軽かった。
放課後、直が連れてこられたのは都内のテレビ局。
地下アイドルの収録、と聞いていたからもっと小さいスタジオを想像していた。
けれど、思ったよりも照明は本格的で、
カメラは三台、
スタッフは十人以上。
姉――高瀬莉央は、台本を片手に立っている。
「直、あっちで見てな。邪魔しないで。」
素っ気ないが、少しだけ口元が緩んでいる。
その時。
「おはようございます!」
スタジオの奥から、澄んだ声が響いた。
ぱっと空気が明るくなる。
神代通一。
今日の衣装は、白に淡い桜色を重ねたワンピース。
胸元に小さなかすみ草の刺繍。
黒髪はゆるく巻かれている。
小柄なのに、
小さいと感じさせない。
不思議な存在感。
「神代ちゃん、今日もよろしくねー」
「ドラマ見たよ!」
スタッフが自然に声をかける。
通一は一人一人に目を合わせる。
「よろしくお願いします。」
「えー!ありがとうございます。今日も頑張りますっ。」
声の高さ、角度、間。
完璧だった。
媚びていない。
でも好かれる。
“努力している感”を一切出さずに、
場の空気を整えていく。
直は気づく。
この子は、中心に立とうとしていない。
でも気づけば、中心になっている。
リハーサルが始まる。
かすみ草日和、五人。
他の四人も、可愛い。
一生懸命だ。
けれど。
音楽が鳴った瞬間。
違いが、明確になる。
通一だけ、呼吸が音楽と同化している。
一拍前に動き、
一拍後に視線を流す。
ほんの数センチの首の傾き。
指先の止め。
すべてが“画になる”。
モニター越しに見ていたスタッフが呟く。
「やっぱ神代だな。」
「カメラが追いやすい。」
それは、技術の問題ではない。
“カメラに愛される顔”というものが、確実にある。
レンズが自然に寄る。
照明が似合う。
通一は、それを知っている。
リハーサルが止まる。
「神代ちゃん、最後の振り少し強くいける?」
ディレクターの声。
「はい。」
一言。
次の通し。
さっきよりも、ほんの少しだけ感情が強い。
でもやりすぎない。
バランスを完全に理解している。
言われたことを、正確に。
直は思う。
(これがプロ、か。)
休憩時間。
他のメンバーはスマホを見たり、鏡を確認したりしている。
通一はスタッフのモニターを覗き込む。
「ここ、もうちょっと表情変えられます?」
自分から言う。
確認する。
研究する。
それでも空気は柔らかい。
「真面目だなあ、神代ちゃん。」
「だって-、?せっかく映るなら、ちゃんと可愛く映りたいじゃないですか。」
くるっと笑う。
その言葉が嫌味にならないのが、才能だった。
直が立っていると、通一が気づく。
「あ、直くんだ。」
近づいてくる。
衣装の裾が揺れる。
「見てた?」
「まあ。」
「どう?ちゃんと、可愛かった?」
試すような目。
でも自信は揺らがない。
直は正直に言う。
「……すごいな。」
通一は一瞬だけ目を細める。
嬉しそう、というより、
満足そう。
「でしょ。」
迷いのない笑顔。
「私、ステージ、好きなんだよね。」
ふっと視線を照明に向ける。
「立つとさ、ちゃんと生きてる感じがする。」
それは誇張でも演出でもなかった。
本番。
観覧席には少数のファン。
ライトが当たる。
イントロが流れた瞬間。
空気が変わる。
さっきまで笑っていた少女は消える。
目が強くなる。
声が伸びる。
ダンスは軽やかで、
でも芯がある。
一つ一つの動きが洗練されている。
ファンの歓声が、明らかに通一のパートで大きくなる。
名前を呼ぶ声。
うちわ。
通一は、それに完璧に応える。
視線を送る。
ウインク。
ハート。
全部、狙い通り。
でも不自然じゃない。
“天性”に見せる努力。
最後の決めポーズ。
センター。
カメラが寄る。
笑顔。
完璧。
カットがかかると同時に、スタッフから拍手。
「今日も良かった!」
「神代強いなー!」
通一は深く一礼する。
「ありがとうございました。」
その姿勢すら、美しい。
直は、少しだけ息を吐いた。
理解してしまった。
この子は本物だ。
作られたスターじゃない。
選ばれている。
帰り際。
スタジオの出口で、通一が隣に並ぶ。
「どうだった?」
さっきより少し近い距離。
直は答える。
「……やっぱり、アイドルだな。」
通一は笑う。
「変なこと言うね-。うん。アイドルだよ。」
当たり前のように言う。
それは宣言でも、虚勢でもない。
事実。
春の夜風が吹く。
街灯の下でも、
通一はどこか光って見えた。
高瀬直はまだ知らない。
この完璧なアイドルの笑顔が、
いつか少しだけ変わる瞬間を。
でも今はただ、
眩しかった。
嘘つきアイドルは、
まだ、
恋を知らない。