【 糸師 凛の記憶に
”糸師 冴”の存在が消えたら 】
時刻は0時を過ぎ、
暗く寝静まった ”青い監獄” では
才能の原石は皆一同、眠りについていた。
そんな中、
妙な夢を見る男が一人。
凛side
(んだここ。)
辺りは一面真っ白で
奥まで続いているこの空間は
建設物とはとても思えなかった。
そして何より、
この空間にいるという感覚が無かった。
(あ、これ夢だ)
そう勘づくのも時間はかからなかった。
何か変化が起こるまで暫く待っていると、
見知らぬ女性が現れた。
(んだコイツ。)
金髪なのか銀髪なのか
よくわからないクソ長い髪の毛に、
かの有名な何処ぞの雪の女王様のような
サラサラとした光り輝くドレス。
神々しく、大袈裟に上からゆっくりと
降りてくるその女性はまるで女神のよう。
「 こんばんは 。私は女神と申す者。」
『あ?』
「 貴方様のお願い事、何でもお一つ、
叶えて差し上げましょう 。さぁ、望みは。」
『…… は …………?』
急に出てきたと思えば訳の
分からないことを言うこの女。
(うさんくせぇ 。)
当然、凛は乗り気じゃない。
凛は追い払おうと口を開く。
『帰れ。俺は神に祈るほど妥当じゃねぇ。
信じるかんな話。』
(何が女神だ。
何が願い一つ叶えてやる、だ。)
鬱陶しい。凛はそもそも
話かけられている時点で
苛立ちを見せていた。
また女神が凛に問いかける。
「 貴方様が最も憎悪を抱いているお方を、
貴方様の記憶の中から
消し去るのも可能です。」
ピクッ
凛の心が少し動揺した。
憎い人間……?
そいつを俺の記憶から消して
無かったことにする?
女神は続ける。
「記憶から消したい人物は居られせんか。
まるで呪いのように貴方様の
脳内を駆け巡る存在__」
凛の思考がグルグルする。
女神は優しく微笑み、耳元で言った。
「そう悪くはない話では御座いませんか。」
ゾワッ
身体中に背筋が凍った。
凛は何も応答しなかった。ただ下を向くだけ。
また女神が微笑む。そして、
「一日」と凛の目の前に
人差し指を立てながら、
「一日だけ、貴方様の記憶の中から
”糸師 冴”という存在を消しましょう。」
『ッ!?』
「そんなに怖がらないで、
力になりたいんです。
たったの一日なので試しに、ですよ。」
『っ…、待っ…』
そう言いかけると同時に、女神の身体が
少しふわっと宙に浮いたように見えた。
そして目を奪われるくらいに眩しい光が、
凛の視界を襲った。
『ゔっ…』
あまりの眩しさに目を閉じ女神を
逃がしてしまった。
___________________
『…………んぅ……?』
朝だ。
重い身体を起こしてそう実感した。
部屋には俺を合わせて
五人居る筈だが、居ない。
寝坊でもしてしまったんだろうか。
俺は急ぎながらも
妙な夢を見たなと思っていた。
だが、思い出せないのである。
何か大事なことを忘れているんじゃないか。
何故思い出せない。
昨日どんな夢を見ていた?
俺は今何に悩んでいる?
もやもやしすぎていて、全く練習にならない。
サッカーの調子ものらない。
チームメイトから休憩しろ、と
強制的にベンチに乗せられてしまった。
凛は頭にタオルを乗せ、
猫背状態で自分の
垂れ流れる汗を見届けていた。
そして凛はまた考えた。
(俺、何の為にサッカーしてんだろ。)
そう。そうだ。
そこが曖昧になってしまった。
どうしてサッカーをしようと思ったのか。
何の為にここまでサッカーを続けて来たのか。
何故ボールを蹴るだけで熱くなっているのか。
凛の頭の上にはクエスチョンマークが
浮かび上がるだけだった。
何も分からない。
自分がサッカーで何を得たいのだろうか、
こんなにも熱中しているのに
続けてる理由が無い。
好きだから?楽しいから?
そんな幼稚なモノなんかじゃない。
凛は困惑していた。少し呼吸が乱れていた。
だがそんな自分の状態に気付かないまま、
頭の中で、サッカーをしている
理由についてばかり考えていた。
その凛の様子に気付いたのが、
”潔 世一” と ”蜂楽 廻” であった。
二人が凛の元に駆け寄ってくれた。
「おい凛!大丈夫か!?」
滅多に見せない姿に潔は驚きを隠せない。
「凛ちゃん、どっか痛い?」
いいや、それは蜂楽も同じであった。
凛は、咄嗟に__
『俺が…サッカーしてる意味って…何……?』
ハッとした時には遅かった。
もう全て口から零れ落ちていた。
訂正しようとまた口を開こうとする前に
二人が驚きながら、
「何言ってんだよ凛!お前、__」
「 ”糸師 冴” を潰すんだろ!?」
凛は戸惑いを見せた。
(糸師 冴……って……誰だ……。)
納得の行かなそうな顔の凛を見て、
ますます二人の顔色が悪くなる。
「ちょっと凛ちゃん!
本当にどうしちゃったの!?」
「あぁ、……何か今日、やけに優しいし……」
『……ッ』
自分でも分からない。
いつも通りの筈なのに、
何も可笑しく無い筈なのに。
何故か喉の奥がグッと痛む。
鳩尾に違和感がある。
『俺だって…ッ……分かんねぇよッ……!』
気分が悪くなり、練習場を飛び出し、
トイレに駆け込んだ。
トイレに顔を向け、そのまま嘔吐。
ここに誰も居なくてよかった。
気持ち悪さと共に、安心の色も。
だが直ぐに、違和感へと引き摺られる。
「糸師 冴」……って、俺と同じ苗字…?
けれど心当たりは全く無い。
容姿も声も性格も全て。何もかも
凛の記憶には記されて無かった。
(誰だ、誰なんだ……ッ )
何故かこの男が、凄く関わりがありそうな
感じがして止まない。
(もう嫌だ。)
今日はまだ午前中だが、凛は寝ることにした。
嫌な事でもない。
ただ気になること、なのだが、
そんなのどうだっていい。
このまま悩み続けても
皆に迷惑が掛かるだけ。
凛はあっという間に眠りについた。
「時間切れです。」
ニッコリと万遍の笑みで
こちらに顔を向ける女神
『は?』
「貴方様の記憶から消した
”糸師 冴”さんの存在を、
また貴方様の記憶にお戻しさせてもらいます」
『何言ってんだてめぇ。』
訳の分からないことを
ペラペラと喋り出すこの女。
凛は鋭い目付きで睨んだ。
「まぁまぁ、良かったでしょう?
呪われた身から開放される感覚は。」
『知らねぇよ。さっさと去れ。』
塩対応な凛。別にこの女性に嫌われようが
何だろうがどうだっていい。
俺は兄ちゃんさえ居ればそれで…………
ん?
兄ちゃん?
視界が暗くなると共に、薄らと人影が一つ。
見覚えのある、人物が、一人。
「消えろ凛。
俺のサッカー人生に、お前は要らない。」
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目を開けるとグレー色の天井。
気付いた頃には、凛は涙を流して寝ていた。
頭がガンガンする。チームメイトが
凛を心配した目で見つめている。
『チッ……んだよ。』
「あっ!いつも通りの凛ちゃんだー!!」
抱きつかれ、イラついたので押し戻した。
構わずくっついてくるので、
部屋から出て来た。
凛は今日も、
糸師 冴を超えるため、サッカーをする。
糸師 冴に憧れたあの頃とは、もう違う。
コメント
10件
やば最高ッッ! たしかに凛ちゃんは冴ちゃんの記憶がなかったらもうちょい優しい感じしそう…… でも冴が凛の記憶から消えたら弟属性が消えるッッ…⁉︎ それは困るやばいダメだ!サッカーする理由も大事だけど個人的に凛から弟属性が消える方がこま((殴 すいませんなんでもないですっ☆ ほんとにこーゆー系好きです、最高です天才ですね作ってくれてありがとうございます!
【 結論 】 ・サッカーをする理由、きっかけが無くなる ・なんか優しく無邪気な性格になる 冴ちゃんがいないとゲシュタルト崩壊するんですね。怖い。
最高だった~! めっちゃ凄いな✨ 内容も面白いかったよ!!! 読切はあんまり読んだこと 無いけどほんと面白かった! これからもこういう話が 投稿されるんだよね? めっちゃ楽しみにしてる! これからも頑張ってね👊✨