「レナード様」
何も言わず、コチラを見る事もないレナードにヴィオラは不安になった。
もし、今現れた目前の令嬢が本当にレナードの婚約者ならば……自分は。
令嬢からしたらこれは、歴とした浮気だ。
ヴィオラは婚約者とレナードを交互に見遣る。そして周囲を見渡した。
「カトリーヌ嬢、かわいそうに」
誰かがそう呟いたのが確かに聞こえて、心臓が跳ねた。瞬間、レナードが初めて部屋を訪ねて来た日から今日までの事が走馬灯の様に甦る。
そして、ハッと我に返ると周囲からの痛いほどの視線に気が付いた。その視線は冷たく突き刺さり、一様にレナードとヴィオラに向けらていた。この事が全てを物語っている。
令嬢が婚約者でありヴィオラが浮気相手なのだと。
責める様な目が、怖い。だが、自分が悪いのだから……当然だ。もし、自分が令嬢なら、きっと苦しくて辛い、悲しい、そして赦せないだろう。
ヴィオラは罰を受ける事を覚悟した。だが、身体は震え出す。どんなお咎めがあるのか想像が出来ない。私は……死ぬのだろうか。
どうしてこんな事に……先程まであんなに幸せだったのに。まるで御伽噺のお姫様にでもなったようだったのに……。やはり、自分にはそんな幸せを望む事は許されないのだろうか。
「どうして、私もお外で遊びたい‼︎」
幼い頃何度言ったか分からない台詞。いつも、デラを困らせた。
「ねぇ、デラ。お父さまは?お母さまは?」
それまでもそんなに、父も母も兄弟姉妹達もあの部屋を訪れる事はなかったのに。ある日を境に誰一人として会いに来る事がなくなった。
「どうして、誰も会いに来てくれないの?ねぇ、デラ」
デラはただ、悲しそうに微笑むだけだった。
そんな中で、唯一あの扉を開いたのは。
「姉さん」
弟だけだった。ミシェルだけがいつも、会いに来てくれた。いつでも、私の味方だった。理解者だった。救いだった。私の、生きる希望だった……。
「姉さん、僕ね、今度騎士団に入隊するんだ!」
外に出れなくても、この足が動かなくても、ミシェルがいてくれたらそれで良かった。ミシェルが私の代わりに幸せになってくれさえすれば、それが私の幸せだったのに。
ミシェルは騎士団に入隊してからは、騎士団の宿舎に入り屋敷を出て行った。それからは、月に2回屋敷に帰って来ては会いに来てくれた。
「姉さん!僕絶対、頑張って出世するからね!それまで、待っててよ」
ミシェルの口癖。そして、ミシェルが死んで、私は絶望した。生きる気力などなく、もう死んでしまってもいいとすら思った。
私の世界はあの部屋と窓から見える景色、デラとミシェルだけ。その1つが欠け落ちてしまい、ミシェルの死を知った瞬間から私の時間は止まってしまった。
そんな時再び、あの扉は開いた。扉を開けたのは……レナードだ。
レナードがあの部屋を訪れてから、私の世界は、時間は再び動き出して。
幸せだった。レナードから名前を呼ばれるだけで、生きる喜びを感じた。
このまま、ずっとこの時間が終わらなければいいのに……いつも、願った。
なのに、どうして……ですか?
レナード様。
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