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「フェロモン香水というのをご存じですか?」
香水店の店主はお得意様の良家の令嬢に尋ねた。うら若い彼女は目を見張って首を横に振った。
「いえ、初めて聞きました」
「動物が異性を惹きつけるために分泌する物質を含んだ香水が最近若い女性に人気なのです。しかも当社では飲むタイプの製品を開発しました。七日ごとに一錠で体内からフェロモンを含んだ芳香を漂わせる事が出来ます。お試しになりますか?」
彼女は勇気を出してその錠剤を飲み、気になっている男性の家の近くに行ってみた。高い塀に囲まれた豪邸という感じのお屋敷の側をうろうろしていたら、突然大きな猟犬が二匹彼女に飛びかかった。
彼女は地面にへたり込んで怯えたが、犬たちは彼女の顔をしきりと舐めてクンクンと甘える仕草をした。するとかの男性があわてて駆け寄ってきた。
「こら、お前たち、よさないか。申し訳ない、お嬢さん」
彼は同じく富豪の跡取り息子。彼女とはパーティーでよく顔を合わせたが、人間嫌いで有名な偏屈な人で、ろくに話をした事もなかった。金持ちの家にありがちな問題がいろいろあって人間不信になっているらしい。彼は彼女の手をつかんで起こしながら驚いた顔で言った。
「しかし不思議だな。こいつらが僕以外の人間にこんなになつくなんて」
それがきっかけになって二人は時々会話を交わすようになり、少しずつ彼は彼女と一緒に時を過ごすようになった。彼は彼女の横に座って愛犬をなでながらよくこう言った。
「人間、どんなに上っ面を飾っても犬には分かるんだよ。犬の嗅覚は誤魔化せない。そう言えばあなたもいい香りがするね」
やがて数か月後、彼女はあの香水店の前を通りかかり、店の前を掃除していた店主と顔を会わせた。店主はにこりと笑って言った。禿げ頭から汗が一筋流れ落ちた。
「おや、これはお久しぶりです。あの飲む香水はいかがでした?」
彼女は黙って左手の薬指の婚約指輪を見せた。
「おや、それはおめでとうございます。ところでそろそろ錠剤が切れたでしょう。またお求めに?」
彼女は幸せそうな顔で上品に首を横に振り、そして愛想よく微笑んで去って行った。店のドアから女の店員がおずおずと顔を出して店主に言った。
「あの、黙っていてよかったんですか?」
店主は指を自分の唇にあて「シッ」と店員をたしなめた。
「いいか、口が裂けても誰にも言うんじゃないぞ。あの方に間違って犬用の製品をお渡ししてしまったなんて事は」
コメント
1件
あら、素敵なオチでしたね…! 人間の虚飾を犬の嗅覚がすり抜けてしまう、という構図がなんとも皮肉で、でも最後は彼女が幸せそうでほっとしました。店主が「シッ」と黙る仕草に、人間の業みたいなものを感じます。短いのに心に残る、読後感のいいお話でした🌷