テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
⸻
再発は、静かだった。
騒ぎも、前兆もない。
ただ、ハルヒの中で現実の輪郭がほどけていく感覚だけが、日に日に強くなった。
声が遠い。
触れられても、触れられた“気”がしない。
自分がどこに立っているのか、分からない。
——大丈夫。
そう言う言葉だけが、反射で残っていた。
⸻
その日は、いつもより長く部室にいた。
誰もいなくなる時間。
カーテン越しの薄暗さが、妙に落ち着く。
椅子に座ったまま、
呼吸が合わなくなった。
速くも、遅くもできない。
胸の内側で、何かが暴れ出す。
(違う、これは……)
思考が追いつく前に、
身体が勝手に動いた。
⸻
気づいたとき、
誰かの声が重なっていた。
「ハルヒ、聞こえるか」
低い声。
近い。
逃げなきゃ、という衝動だけが先に立つ。
「触らないで!」
叫びは荒く、
前よりも長く、止まらない。
腕を振り、
距離を取ろうとし、
意味のない言葉が途切れ途切れに溢れる。
「違う、違う……私じゃない……」
自分の声が、
自分のものに聞こえない。
⸻
「無理に止めるな」
鏡夜の声が、はっきりと指示を出す。
モリ先輩が前に立つ。
押さえつけない。
ただ、逃げ道を作らない距離を保つ。
はにー先輩は、
泣きそうな顔で、同じ言葉を繰り返す。
「ハルちゃん、ここだよ。
一人じゃないよ」
その言葉が、
届いたり、届かなかったりする。
時間の感覚が、消えていく。
短いはずの数分が、
永遠みたいに伸びる。
前より、明らかに長い。
前より、深い。
⸻
「ハルヒ!」
環の声は、
もう大げさじゃなかった。
怒鳴るでも、泣くでもない。
必死に、現実に繋ぎ止める声だった。
「君が見えなくなっても、
僕はここにいる!」
その一言で、
ハルヒの動きが、一瞬だけ止まる。
でも、すぐにまた荒れる。
「やめて……期待しないで……!」
その言葉に、
双子が初めて言葉を失った。
冗談も、軽口も、出てこない。
⸻
呼吸が乱れ、
力が抜け、
それでも感情だけが先走る。
「ごめん……ごめん……」
謝罪が、意味もなく続く。
鏡夜が、低く、確実に言った。
「謝る必要はない。
今は、ここにいろ」
“いろ”。
それは、
何かをしろ、でも
やめろ、でもない。
ただ、消えないでという命令だった。
⸻
どれくらい経ったのか、
分からない。
暴れは、少しずつ、
波が引くように弱まっていった。
ハルヒは、
誰かに支えられたまま、床に座り込む。
視界が戻る。
音が、形を持つ。
環が、
震える手で距離を保ったまま、言う。
「……戻ってきたかい」
ハルヒは、
返事ができなかった。
ただ、
自分が“ここにいる”事実だけが、
遅れて実感として落ちてきた。
⸻
前より、長かった。
前より、危うかった。
誰も、そう口には出さない。
でも全員が理解している。
——次は、もっと深く沈むかもしれない。
それでも。
誰一人、
手を離そうとはしなかった。