11.氷織羊は嫌いになる。
「やっとや、最初から勝てるなんか思ってない。自分の力を試す良い機会やわ。」
「…来い。 」
冴の目線は足元のボールと目を同時に見ていた。
僕が動き出す一歩の動きを冴は見ている。
なら…。
僕は左足でボールを前に蹴るとフェイントはかけずに勢いに乗せてボールを追った。
「対決結果、一回戦。氷織羊勝利」
冴は転がったボールを手に取ると笑った。
微笑みでも笑顔でもない。
全てを理解しているような薄気味悪い笑みで。
「…そんな単純なフェイクで騙せると思うなよ。聞かせろ、何故フェイントをしなかった?」
僕は彼の威圧的な視線に耐えて口を開く。
「フェイントをかけることを前提でさらに警戒を固めてくるやろ。ならフェイントをかけへん、それが僕の答えやと思った。」
真っ直ぐに強く彼を睨み返した。
するとすぐに鼻で笑って壁に映し出されたスクリーン映像を指差した。
彼のさす方向を向くとそこには今行われた1on1の映像がうつっている。
たしかにスクリーンに映る僕は糸師冴を抜いていた。
でも冴は笑っている。
ボールに喰いつく僕を横目に動いていない。
違う、騙せたのは僕じゃない。僕は騙された被害者なんだ。
「…はなから僕の作戦に気づいてたんやな。目線がボールを見てないし足さえ動いてない。どーゆうつもりか、教えてくれへん?」
腹が立った。
いつもより熱い体温が頭に血を上らせた。
冴はいつもの無表情に戻って言う。
「教えてやったんだよ、お前が言ったんだろ。自分の力を試したいって。現在地は分かったか?お前は俺が止めるほどの価値がない。」
冴の目は真剣だった。
深く塗りつぶされた瞳に嘘は感じられない。
初めて僕は僕を好きになれたのに。
また僕は手放してしまう。
勝てたのに負けた気分だった。
冴の…糸師冴のあの表情が忘れられなかった。
「はは…ッ…ははははッ…!価値がない…?全部分かってはった?…笑わせてくれるなぁ。弟も大事にできない奴にサッカーで負けるのは悔しいわ。違うな、逃げてるんか。弟と向き合うことも怖がってサッカーに逃げた…やろ?」
冴はまた鼻であしらうように笑って背中を向けた。
入り口に立つ黒名に肩を叩かれて僕は初めて涙が出た。
「…負けた。勝負に勝って、負けた。」
「…負けてない。俺が勝つよ。絶対に。」
「…」
黒名から力強く肩を押されると僕はふらつく足取りでコートを出た。
廊下に出ると一気に体の力が抜ける。
溢れる涙、動かない体、出ない言葉。
僕はまた自分を嫌いになっていく。
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