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真夜中の探偵社寮、あるいはマフィアの隠れ家。中也は物音ひとつ立てず、太宰が眠るベッドへと忍び寄った。
いつも余裕ぶって、人の心を見透かすようなあの瞳は、今は閉ざされている。包帯の隙間から覗く白い肌は、無防備そのものだ。
(……いつもいつも、好き勝手しやがって。……たまには、俺が『上』だってことを思い知らせてやるよ)
中也は音もなく太宰の上に跨り、その両手首をベッドに押し付けた。
異能力「汚れつちまつた悲しみに」を指先に込め、重力で逃げ場を奪う。
「……捕まえたぜ、太宰」
低い、勝ち誇ったような声。
だが、中也が太宰の首筋に牙を立てようとした瞬間——。
「……ふふ。待ちくたびれたよ、中也」
閉じられていたはずの太宰の瞳が、ぱちりと開いた。
そこには眠気の欠片もなく、獲物が罠にかかるのをずっと待っていたような、爛々とした知性の光が宿っている。
「っ、テメェ……起きてやがったのか……!」
「君が廊下を歩く足音で目が覚めてね。……どうしたんだい? 私の寝首を掻きに来たにしては、その手、震えているけれど」
太宰は重力で押さえつけられているはずの手首を、まるで見えない糸で操るように軽やかに動かし、逆に中也の首筋を撫でた。
「……っ、うるせェ! 今日は、俺がテメェをめちゃくちゃにしてやるって決めたんだよ。……黙って、俺に抱かれろ……っ!」
中也は焦燥感に駆られ、強引に太宰のシャツを肌蹴させる。
太宰は抵抗しない。それどころか、面白そうに目を細めて中也の「攻め」を受け入れている。
「いいよ。君の好きなようにすればいい。……でも、中也。君にその覚悟があるのかい? 私を『犯す』ということは、君のすべてを私に差し出すということと同義なんだよ」
太宰の手が、中也の腰を引き寄せる。
「……っ、あ……っ」
「攻めているつもりで、実は自分から檻の中に飛び込んでくる……。君のそういう真っ直ぐなところが、私はたまらなく愛おしいよ」
太宰が中也の耳元で甘く囁いた瞬間、主導権の境界線が音を立てて崩れた。
中也が太宰を圧倒しているはずなのに、なぜか自分の方が、底なしの沼に沈んでいくような感覚。
「……ぁ……っ、クソ……っ、なんで、……っ」
「さぁ、続きをしようか。……君が私を支配しようとするその指先が、いつの間にか私を求めて震え出すまで。……一晩中、付き合ってあげるよ」
結局、夜が明ける頃には、中也は太宰の腕の中で声を枯らし、自分が「襲おうとしていた」ことさえ忘れるほど、深く、激しく、太宰の色に染め上げられていた。
_________
「……今夜こそ、その余裕を叩き潰してやる」
中也は確信していた。前回の失敗は、太宰のペースに飲まれたことだ。ならば、最初から会話を封じ、肉体的な自由を完全に奪えばいい。
中也は太宰のセーフハウスに現れるなり、挨拶もなしに太宰をベッドへ叩きつけた。
「おや、また……っ!?」
太宰が茶化す間も与えず、中也は自身の異能を最大出力で解放した。太宰の四肢だけでなく、指先、首、果ては呼吸に必要な肺の動き以外、すべての自由を重力で奪い去る。
「あァ、動こうとするなよ。今のテメェにかかってる重力は、ビル一棟分だ。……無効化? させねェよ。テメェが俺の肌に触れる前に、その意識を快楽(ねつ)で飛ばしてやる」
中也は不敵に笑い、用意していた「特製」の酒を太宰の唇に流し込んだ。それは感度を極限まで高め、思考を奪う劇薬に近い代物だ。
「……っ、ふ……は、ぁ……っ」
太宰の瞳が、薬と重力の圧力でみるみるうちに熱を帯びていく。
中也は太宰の喉元に跨り、逃げ場のないその身体を、今度こそ自分の主導権で蹂躙し始めた。太宰の指先を、耳元を、そして一番敏感な場所を、中也はわざと時間をかけて、残酷なまでに愛撫する。
「どうだ、太宰。……声も出せねェか。……いつもみたいに、ヘラヘラ笑ってみろよ」
太宰の表情は、苦痛と陶酔が入り混じった無防備なものへと変わっていく。
中也は絶頂の直前で動きを止め、太宰の耳元で勝ち誇ったように囁いた。
「……泣いて縋れ。……『中也、愛してる。……俺の負けだ』ってな。……そうしたら、許してやる」
中也は重力をほんのわずかだけ緩め、太宰に「喋る自由」だけを与えた。
太宰は荒い呼吸を繰り返し、潤んだ瞳で中也を見つめる。そして、震える唇から漏れたのは——。
「……っ、……ふ、ふふ……。……最高だね、中也」
「……はぁ!?」
太宰は、極限まで追い詰められたその状況で、狂おしいほどの悦びに満ちた笑みを浮かべた。
「……私に『痛み』と『快感』を同時に与え、支配して……。……あァ、君の中に眠る『怪物』の愛し方は、なんて重くて、……素晴らしいんだ」
太宰は重力に抗うことをやめ、むしろその重みに沈み込むように中也を見上げた。
「君の負けだよ、中也。……君がどれだけ私を屈服させようとしても、……その必死な姿が、私を何よりも『興奮』させてしまうんだから。……さぁ、もっと私を壊してごらん。……君が私を支配すればするほど、君は一生、私の『快楽』から逃げられなくなるんだ」
「……テメェ……っ、どこまで……ッ!!」
結局、中也の二度目の挑戦も、太宰の底知れない執着と異常な性癖によって、甘い敗北へと塗り替えられていった。
「支配」したはずが、いつの間にか「捧げて」いる。
中也は絶頂の中で、太宰治という男の愛の深淵から二度と抜け出せないことを、今度こそ魂に刻み込まれたのだった。
「……っ、……あ、……ぁ……ッ!?」
太宰を重力で押さえつけ、薬で意識を飛ばそうとしていた中也が、突如としてその場に崩れ落ちた。
太宰に流し込んだはずの「特製」の酒。そして太宰を縛り付けていた「重力」。そのすべてが、中也自身の身体を突き刺すような快楽へと変換され、逆流してきたのだ。
「……あ、あァ……ッ、……熱、い……っ、何だ、これ……っ!!」
「……ふふ、おやおや。言い忘れていたけれど、中也。……さっき私が飲まされたその薬、……『触れている者同士』で感覚を共有させる副作用があるんだよ。特に、君のように異能で私を強く繋ぎ止めていると、そのパスはより強固になる」
重力から解放された太宰が、ゆっくりと上体を起こす。
彼は自由になった手で、荒い息をつきながら床に伏せる中也の腰を、優しく抱き上げた。
「……っ、……ふ、……ふざけんな……っ、……は、なせ……ッ!」
「離さないよ。……君が私に与えようとした快感は、今、そのまま君の脳にも響いているんだろう? ……ほら、私がこうして君の首筋に触れるだけで、君の身体は……」
太宰が中也のうなじを指先でなぞる。
その瞬間、中也の背中に電流が走ったような衝撃が駆け抜けた。
「ひ、あぁっ……!! ぁ、……っ、……ぁああぁっ!」
薬の副作用による「過敏」と、太宰との「共有」。
太宰が自分を撫でる指の感触が、まるで脳を直接かき回されるような暴力的なまでの快楽となって中也を襲う。攻めていたはずの手が、今は太宰のシャツを必死に掴み、助けを求めるように震えていた。
「……君が仕掛けたゲームだ。最後まで責任を持ってよ、中也」
太宰は中也をベッドに押し戻し、今度は自分が「上」になる。
中也は重力の異能を解こうとするが、快楽で思考が散乱し、集中力が保てない。
「……ぁ……、……だざ、い……、……も、う……無理……っ」
「無理じゃないさ。……私と君の感覚が混ざり合って、どこまでが自分で、どこからが相手なのか分からなくなるまで。……たっぷり味わわせてあげるよ」
太宰の低い笑い声が、熱に浮かされた中也の耳に溶け込んでいく。
結局、自分自身の策に溺れた中也は、太宰という底なしの愛に、心も身体も完全に飲み込まれていった。
眩しい朝陽がカーテンの隙間から差し込み、中也の瞼を叩く。
「……っ、い……っ」
目を開けようとした瞬間、全身を突き抜けたのは、節々の痛みと……昨日、自ら仕掛けた薬と異能がもたらした、過剰な快楽の「残響」だった。
感覚が共有されていたせいで、太宰が自分を抱いたときの指の温度、声の振動、そして彼が感じていたであろうドロドロとした独占欲までもが、自分の記憶として脳にべったりと張り付いている。
「……最悪だ……」
掠れた声で呟き、顔を覆おうとしたが、右腕が動かない。
見れば、太宰が中也の腕を枕にし、これ以上ないほど満足げな顔で眠りこけていた。
「……おい、起きろ。……太宰、退け」
中也が声をかけると、太宰は薄らと目を開け、寝起きとは思えないほど艶っぽい微笑を浮かべた。
「おはよう、中也。……昨夜は素晴らしかったね。君が自分からあんなに『熱く』なるなんて、私の計算を遥かに超えていたよ」
「……っ、五月蝿ェ! 全部あの薬のせいだ、……俺の意志じゃねェ……ッ」
顔を真っ赤にして言い返す中也だが、太宰は逃がさない。中也の腰を引き寄せ、耳元で悪魔のように囁く。
「嘘を言っちゃいけないな。感覚が繋がっていたんだから、私には分かっているよ? 君が私の指を求めていたことも、……もっと壊してほしいと願っていた心音も。……全部、私の中に『君の本音』として流れ込んできたんだから」
「…………ッ!!」
中也は絶句した。
そうだ、感覚共有の副作用は「一方通行」ではない。
中也が太宰に何をされたかったのか、どこを触られてどう感じていたのか。そのすべてが、太宰にも「自分のこと」のように伝わっていたのだ。
「……殺す。……絶対に、殺す……っ」
「いいよ、殺して。……でもその前に、昨夜の『お返し』をさせてくれないかな? 今度は薬の力じゃなくて、……君のその純粋な本能だけで、私に抱かれてよ」
太宰の手が、中也の背中を優しくなぞる。
感覚の共有は解けているはずなのに、触れられた場所が火傷のように熱い。
中也は、もはや自分が太宰の掌の上から一生逃げられないことを、清々しいほどの絶望とともに悟った。
「……っ、一回だけだ。……一回済んだら、……さっさと探偵社に帰りやがれ ……ッ」
「ふふ、……一回で済むわけないだろう?」
再び重なる唇。
朝の静寂の中で、中也の「敗北の溜息」は、太宰の甘い吐息にかき消されていった。