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《萩花side》
「では、教科書110ページを開いてください」
先生が指示する声が聞こえてくる。
「葛城さん。 葛城萩花さん。聞いてますか?」
少ししてから先生があたしの名前を呼ぶことが耳に届く。
パッと視線をあげれば先生は呆れたような表情であたしを見ていた。
「ちゃんと、授業は聞きなさい」
それだけ言うと何も無かったかのように授業に戻っていった。
今日も、この薄汚い世界に紛れてあたしは一日を過ごす。
嘘や嫉妬、憎しみで溢れかえっているこの世界からあたしが抜け出すことは許されない。
完璧なセキュリティ。
目を光らせる監視たち。
あたしはもう逃げられない。
ずっと、息の詰まるような生活を続けて死んでいく。
そう、ずっと思っていたんだ。
彼に出会うまでは───……。
「お嬢さま、今日はお車でお帰りになってください」
「遠慮しとく。 今日も歩いて帰りたい気分なの」
「お、お嬢さま……!」
いつものように執事の狭間さんに告げて迎の車から早く逃げたくて自然と歩くペースも速くなる。
ごめん…狭間さん。
狭間さんがあたしのせいでお母さんたちに怒られているのもしっているけど、あたしにも自由が欲しいの。
こんなのただのワガママだと思うけどこの日常から抜け出したくて、現実逃避をしたくてたまらない。
狭間さんへの罪悪感が消えないまま、あたしは家とは真逆の方向へと進んでいく。
どこに行くなんて、知らない。
行き先なんて決めてもいないから。
ただ、あたしは自由になりたい……それだけだった。
この閉じ込められた生活から抜け出したいから反抗する、きっと理由はそれだけ。
無我夢中で歩いていたあたしだけど、さっきまでとは空気が違うような気がして
ハッと顔を上げるとそこには“Black City”と呼ばれている街に来ていた。
“Black City”とは不良たちや落ちこぼれが集まる街のことをそう呼ぶらしい。
なんでも、喧嘩や事件が耐えないために黒い印象がついてしまったから周りからそう呼ばれているんだって。
それに気のせいかもしれないけど 空気もなんだか重いように感じる。
あたしも家の人たちから“Black City”は危険だから絶対に近づくな、と耳にタコができるほど言われていた。
帰らなきゃ……!そう思うのに体が思うように動かない。
きっと、頭が困惑しているんだと思う。
こんな薄気味悪いような空間にいたことがないから。
「何やってんだ、こんなところで」
低く落ち着いた声が後ろから聞こえてきて弾けたようにそちらに視線を向けてあたしは言葉を失った。
あたしに声をかけた人は圧倒的なオーラを放っていてゴクリと溜まった唾を飲み込んだ。
髪の毛は綺麗に染められた赤髪。
たくさんのリングピアスが彼の左耳を飾っていて
、キリッとした眉毛、 その恐ろしいほど冷たい瞳で睨まれたら 動けなくなりそうなほど感情のない目、 薄っぺらいのに形がいい唇。
全てが完璧で、だけど闇を混じりたオーラは 人を寄せ付けないようにしている気がする。
こんなに顔の整っている人は生まれて初めて見た。
それと同時にこんなに黒いオーラを放っている人を見るのも初めてだ。
「あ、いや……」
「帰れ」
「……へ?」
あたしに言葉を続ける時間さえ彼は与えてくれなくて彼は顔色一つ変えず言った。
「聞こえなかったのか?帰れって言ってんだよ」
「え……あ……」
立ち去りたくても怖くて足がひるんで動けない。
や、やばい……。
そんなこととっくに分かっているけど動かないもんは仕方ない。
「ここはお前みたいなガキが来る所じゃねぇんだよ」
「……」
「興味本位で来たら痛い目合うぞ」
興味本位って……全然そんなんじゃないし。
ただ、無心で歩いていたらここに着いていただけ。
「俺は忠告したからな」と最後に言うと彼はあたしの横をスッと通り過ぎて歩いていく。
甘ったるい香水の匂いがあたしの鼻を刺激し、彼女でもいるのかな……と直感的に思った。
この香水は男の人のものじゃないと思うから、きっと女の人のところで……。
なんて、あたしには関係ないけど。
彼の背中を見つめた時、なぜだか分からないけど彼の背中から とても大きな翼が生えているような、そんなふうに見えた。
「あんな服着ているからかな」
彼の着ていた服は黒がベースのTシャツで背中にはストーンで翼の形が作られていた。
それにしても……この街は治安が悪そう。
彼の言う通り、ここはあたしみたいなやつが来るところじゃないからもう帰ろう。
クルリ、と体を回転させて家に帰ろうとした瞬間
「可愛い子はっけーん」
「ラッキーだな。クソ美人じゃん」
目の前にガタイのいい男の人が二人現れて、思わず足を止めた。
彼らはあたしを上から下まで見てニヤニヤと気持ち悪いくらいの笑みを浮かべている。
「あの……」
「もちろん、俺らの餌食になってくれるよな?」
は?餌食?
あたしは人間だからこんなやつらの餌食なんてなるつもりはないんだけど。
「い、いや……」
「さ、行こうぜ」
隙をつかれてグッ、と手首を掴まれ動きを制される。
どうしよう……どこかへ連れていかれそうになる中、後ろを振り向いて さっきの彼に助けを求めようとするけど、彼はこちらを向いているにも関わらず助けてくれようとはしない。
ただ、あたしが連れていかれるのをひどく冷たい瞳で黙って見ているだけ……。
そうだよ、彼は赤の他人だもん。
もっと早くに帰っていればよかった。
狭間さんの言う通りにして、車で帰っていればよかった。
バチが当たったんだ。
いつも、反抗ばかりしているから……全部自分のせいだ。
なのに……怖くて助けて欲しくて涙が溢れてくるのを必死にこらえる。
「待てよ、雑魚」
もうダメだ……と諦めかけていた時だった。
見ているだけだった彼が言葉を発してあたしに一歩ずつ近づいてくる。
あたしを連れていこうとしていた奴らも歩みを止めて、『ああ”?』と喧嘩腰に言葉を返した。
彼があたしに近づいて来ているのがスローモーションのように見えて、 綺麗な赤髪がゆらり、ゆらりと歩くたびに揺れ、コツン、コツンと歩く足音さえもゆっくりに聞こえる。
「……チッ、めんどくせぇな」
彼がぼそっとそういったのがあたしの耳にはちゃんと届いていた。
「んだよ、てめぇ。 俺らのこと雑魚って言ったこと
すぐに後悔させてやる」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ。 さっさとそのガキを離せよ」
「あ?お前に指図される筋合いなんてねぇよ。 誰も、もうお前なんて怖くねぇんだよ」
ヘヘッと気味悪い笑い声を上げる奴ら。
一方で彼は平然としていて、至って冷静そうだ。
「俺だって、お前らみたいなクズは怖くない」
「落ちこぼれ……うっ!」
えっ……今何が起こったの?
気づけば、あたしの腕を掴んでいた男の人が地面にお腹を抑えながら倒れていた。
彼が……一発でこの男の人を……?!
そう考えると、ゾッと寒気がして恐ろしかった。
「あ、兄貴……!やばいっすよ!逃げましょ!」
もう一人が彼の放つとてつもなく黒いオーラに圧倒されたのか倒れている男の人を立ち上がらせると、おぼつかない足取りで二人揃って逃げていった。
「助かった……」
何はともあれ、無事に助かったからよかった。
彼が助けてくれなかったらあたしはいまごろ……考えただけで気持ち悪くて吐き気がする。
「ここはお前にとっては危険すぎる。 だから、早く帰れっつったのに」
愚痴のようにいう彼は相当怒っているように思える。
それもそのはず、あたしは彼の忠告を無視したのだから。
だけど、『危ないから』と一言いってくれればすぐにでも帰ったのに
『ガキが来るところじゃねぇ』とかひどい言い方するから……なんて心の中で愚痴る。
本来なら助けてもらえたのが奇跡といっても過言ではないくらいなのに。
「ありがとうございました」
一応助けてもらったからペコリ、と彼に向かって頭を下げれば上から抑揚がなく感情のこもっていない声が降ってきた。
「お前、ちゃんと言葉話せたんだな」
「言葉くらい話せますよ……!」
「まあ、どうでもいいけど。もう二度と会わねぇし」
そういうと、再びあたしに背を向け、ポケットに手を突っ込んで歩いていく。
その姿はやっぱり、魅力的な翼の生えたカッコイイ人に見えた。
あの翼があれば…… あたしも自由になれたりするのかな?
なんて、そんな訳ないか。
あの人の言うとおり、もう二度とあの人と会うことないんだし。
また……あたしは縛られて生きていくんだ。
そう思うと、重い重いため息がこぼれた。
「ただいま」
「萩花、勉強はちゃんとしてるの?」
玄関に入ってすぐに海外に行っていたはずのお母さんが帰国していてリビングから顔を覗かせた。
帰ってきて、第一声がそれ……?
本当にこんな家なんて嫌になる。
勉強、勉強……そればっかりでいつかノイローゼになってしまうんじゃないか、と思うくらい。
「あ、そうだ。 最近車で帰っていないみたいじゃない。 危ないからちゃんと狭間のいうこと聞きなさい」
それも言われると思っていた。
うちの親は厳しい上に過保護で普通の生活なんてあたしにはない。
どこに行くにも執事やメイドがついてきて、何をするにも一人でさせてくれない。
生活をすべて管理されている感覚になってくるから、自由がほしい……と思ってしまうのも無理はないと自分では思っている。
「うん……ごめんなさい」
それだけ言うとあたしは逃げるように自分の部屋へと逃げ込んだ。
バタン…と扉が閉まる音が部屋に響き、あたしはカバンを投げ捨ててベッドにダイブした。
「はぁ……自由が欲しい。 誰か、あたしをさらって……」
ぽつり、と静かに心の奥底に秘めていた本音を吐き出すけど、それは暗い部屋の闇の中に消えていった。
誰にも邪魔されないような自由が欲しい。
管理されて生きるんじゃなくて、自分の力で道を切り開いて生きていきたい。
そりゃあ、お母さんやお父さんには感謝してる。
ここまで育ててくれているし、仕事が忙しくてもあたしのことを気にかけてくれているのは身に染みてわかるけど、それが今では窮屈なんだ。
そっと、目を閉じると頭の中に浮かぶのはさっきと彼のこと。
どうして彼はあんなに冷たい瞳をしていたんだろう……。
たぶん、彼はあたしのことなんて助けるつもりはなかったんだと思う。
だって、助けるならもっと早くに助けているだろうから。
だけど、結局助けてくれた彼は本当は優しい人なのかもしれない。
それにしても……綺麗な顔だった。
思い出すだけで、トクントクンと鼓動が速くなり心地いいリズムを刻み始める。
もう一度……どこかで会えたらいいな。
なんて、叶いもしない願い事をする。