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「やりますね〜」
それは本来、相手を称えるための、やさしくて万能な日本語のはずだった。
褒めたいとき、感心したとき、特に何も言うことがないとき。
そう、思考停止ワード界のエースである。
だが彼——田中(仮名・32歳・会社員)は、
その言葉に人生を支配されていた。
会議中。
部長「今回の企画、かなり攻めてるよね」
田中「……やりますね〜」
部長「え、どういう点が?」
田中「いや〜……やりますね〜は、やりますね〜でして」
沈黙。
会議室に落ちる「こいつ中身ないな」という視線。
だが田中は気づかない。なぜなら、やりますね〜は無敵だと信じているから。
昼休み。
同僚「昨日5キロ走ったんだよ」
田中「やりますね〜」
同僚「でさ、タイムが――」
田中「いや〜走るの、やりますね〜」
同僚「……お前、感想それしかないの?」
田中は心の中で叫ぶ。
(違う!これは相手を包み込む肯定の魔法なんだ!)
恋愛でも事件は起きる。
デート中、彼女が手作り弁当を出す。
彼女「朝から作ったんだよ?」
田中「やりますね〜」
彼女「……他にないの?」
田中「え、最高じゃん?やりますね〜的な」
彼女は静かに箸を置いた。
この瞬間、田中は気づく。
やりますね〜は、褒めているようで、何も見ていない言葉だということに。
その夜、田中は鏡の前でつぶやく。
「俺は……本当に、やってたのか?」
初めて出た「やりますね〜」以外の言葉だった。
翌日。
同僚「昨日のプレゼン、どうだった?」
田中「正直、構成が分かりやすくて助かりました。特に後半」
同僚「……お、おう」
ぎこちない。
だが、確かな手応え。
田中は小さく微笑む。
(たまには……やらないのも、やりますね〜か)
だが安心するな。
3日後、彼は言ってしまう。
「やりますね〜」
人はそう簡単に、やりますね〜沼から抜け出せない。
完。