テラーノベル
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グラスが置かれる音で、気づいた。
カウンターに肘をついたまま、蒼牙は顔を上げる。
「遅い」
言うつもりはなかったが、口から出た。
目の前にいる男は、昔と変わらない顔で立っている。
クロウ・ノクス。
殺し屋になってから出会った、同期。
そして。
「……そうか」
相変わらず、どうでもよさそうな返しをする男だ。
蒼牙は舌打ちを飲み込む。
この店は、気に入っている。
静かで、余計な奴が来ない。
それに。
「……まだやってたんだな」
「何を」
「その顔」
クロウは一瞬だけ、手を止めた。
ほんの一瞬。
それだけで十分だった。
「変わらない」
淡々とした声。
蒼牙は鼻で笑う。
「変わってるだろ」
視線を、わずかに左へずらす。
何もないはずの場所。
だが、蒼牙には“見えている”。
見えてしまう。
「……ああ」
クロウは否定しなかった。
「そうかもな」
軽い肯定。
それだけで終わる。
蒼牙はグラスを手に取る。
口に運ぶ前に、止めた。
液体の表面。
そこに、ほんの一瞬だけ。
黒い影が揺れた。
「……出てるぞ」
「出てない」
即答だった。
だが、嘘だ。
蒼牙は知っている。
こいつが“そういう嘘をつくとき”の声を。
「抑えろ」
低く言う。
命令ではない。
ただの確認だ。
クロウは答えない。
代わりに、ゆっくりと息を吐いた。
その瞬間。
空気が、わずかに重くなる。
見えないはずの“何か”が、空間を満たす。
黒い霧。
触れれば消えそうで、消えない。
蒼牙は目を細める。
「……厄介だな」
「今に始まったことじゃない」
クロウはグラスを磨く手を止めない。
その余裕が、気に食わない。
「お前、気づいてるか」
「何を」
蒼牙は少しだけ前に身を乗り出す。
「それ、“お前だけのもんじゃない”」
沈黙。
初めて、クロウの手が止まった。
完全に。
「……どういう意味だ」
声が、わずかに低くなる。
蒼牙は肩をすくめる。
「そのままだ」
それ以上は言わない。
言えない。
確証があるわけじゃない。
ただ。
「現場で見た」
ぽつり、と落とす。
「似たようなのがいた」
クロウの視線が、初めてこちらを向いた。
鋭い。
それでも、冷たいままだ。
「……どこだ」
「教えない」
即答。
クロウの眉が、わずかに動く。
「なんでだ」
「面倒だからだ」
それは半分本音で、半分嘘だ。
本当は。
――巻き込みたくない。
だが、それを言う気はない。
蒼牙はグラスを一気に飲み干す。
氷が音を立てる。
「……勝手に嗅ぎ回るなよ」
立ち上がる。
クロウは何も言わない。
ただ、見ている。
その視線を背中に感じながら、蒼牙は扉へ向かう。
「お前、死ぬぞ」
振り返らずに言う。
少しだけ間を置いて。
「それ」
指で、空気を軽く指す。
黒い霧のある方へ。
「放っといたらな」
沈黙。
扉に手をかける。
その時。
「……蒼牙」
呼ばれた。
足を止める。
振り返らない。
「なんだ」
「それ、本当か」
短い問い。
蒼牙は一度だけ目を閉じる。
ほんの一瞬。
それから。
「さあな」
そう答えた。
扉を開ける。
外の空気は冷たい。
背後で、何かが軋む気配がした。
振り返らない。
振り返れば、何かが変わる気がした。
だから。
そのまま歩き出す。
夜は静かだ。
だが、その奥で。
何かが確実に、動き始めていた。
解説書くのめんどい(放棄)
自己解釈してください
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