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つぼ浦匠は確かに正義に満ち溢れた人間だった。暴虐な行いをする事は勿論、それが他者を脅かす原因になってしまう事だって、いくら自認が知能の弱い人間だとしても分かっているはずだ。尚のこと、つぼ浦匠は空気が読める。叡智であり聡明。つぼ浦匠を知れば知るほど、その内面は表の彼とは対局にいる。恐らく、表の彼だけを知る人間がその評価を聞けば、きっと目を丸くして別人かと疑うだろう。そんなつぼ浦匠は多くの問題を巻き込んで、日々を楽しそうに、まるで太陽のような笑顔でジャグラーを乗りこなす。大型が発生すれば、小さな犯罪を取り締まって、お小遣いと称して少しだけ切符を多めに切る。それも全て彼らしさを体現した結果であり、その表面には確かに彼なりの正義だって存在する。そんな正義と太陽を掛け合わせて出来上がった彼が、今目の前で縮こまって座っている。“アオセン”と弱々しく此方を伺うように声を漏らして、また俯いて、サングラスの奥にある可愛らしい瞳を若干に潤ませているらしい。アオセン、本名青井らだお。青色の鬼面を被り、警察らしい真っ黒な装備と背中の刀。腕を組んで仁王立ちをする様はまさに鬼と言えるだろうか。はぁ、とため息を吐いたお陰で、つぼ浦はまた小さく肩を跳ねさせた。
正直に言ってしまえば、青井は別に怒っていない。ただ、つぼ浦の普段の行いが度を越したから、軽い説教をしようと声を掛けただけだ。その時の声圧が普段の倍になっていたのか、抑揚のない声と感情の見えない鬼面に迫られて、背丈6センチ下の先輩に圧倒されて腰が抜けてしまったのが現状。普段は優しくて、比較的温厚な先輩がそんな様子を見せたものだから、つぼ浦はどういう訳か普段よりも怯えていた。いつもならここで反抗して来るのにな、と鬼面の中で小さく笑って、音もなく身体を丸めて目線を合わせた。青井からはしっかりと目が合っているが、きっとつぼ浦は恐ろしい絵面なのだろう。
「なんで呼ばれたかわかる?」
「わ、っ…、っ、わか、りません、っ」
目をあらゆる方向に向けてしどろもどろに返答をするつぼ浦は、肩で息をして、また止めてを繰り返している。正常な呼吸が出来ていない事に気づいて、青井はつぼ浦を抱えて医務室に向かった。すとん、と身体を下ろしてあげて、困惑状態の彼のサングラスを軽々しく取ってやった。潤みっぱなしの瞳には困惑の二文字が浮かび上がり、困ったようにつり眉を分かりやすく下げているのがなんとも面白かった。迷った末に仮面を顔から外して、その隣に腰掛けた。びく、と反射で肩を跳ねさせたつぼ浦は、青井の表情を伺いながらも、本当にそちらを見て良いのかと伺うように目線を寄越すだけだった。
「、ぁ、の…ぅ、あ、あおせん…?」
「ん?なぁに?」
「えっと、その…っ、」
何故自分はこの場所に連れてこられたのか、それだけを聞く事が出来なかった。つぼ浦は口を噤んで目線を下に落とした。無機質な白いタイルが今は心を落ち着かせてくれる様だ。何も言わないつぼ浦を不思議に思って、青井は覗き込むように身体を屈める。視界に映りこんだ青色に、つぼ浦は喉をひゅっと締める。スカイブルーの綺麗な細い髪に、深い青の瞳。そこに宿るほんの少しの光がなんとも美しく、つぼ浦は吸い込まれるようにその目を見詰め返した。ぼそり、咄嗟に出た言葉は「綺麗」というその一言で、目をまん丸にさせた青井に気付いて自分の口を勢いよく覆った。きゅうっ、と耳まで真っ赤に染まった顔を隠すように身体ごと逸らそうとするが、青井は面白がるかのようにつぼ浦の頬を両手で挟み込んで顔を近付ける。ほんのり染まっていた頬から、次第に顔全体に赤みを帯びた所で、青井は悪戯に笑って見せた。
「俺の顔、好きなの?」
「はっ、はっ、…!?っ、!?!」
図星も図星、逃げようにも逃げられない状況に陥っているお陰で、逸らせない顔はまた赤くなっていく。首まで赤く染まって、熱を持ち始める。つぼ浦の膝の上に跨るように対面になって座り込んだ青井は、もう逃げられまいと口角を上げた。つぼ浦からすれば彼は本当に意地悪な上司で、悪魔で。今の一瞬で自覚させられた好意にも、つぼ浦は気付いてしまったからこそ、強引に青井を跳ね除けるなんて出来なかった。顔で気付かされたとはいえ、つぼ浦は温厚で時折意地悪な青井がこの上なく好きだった。
「ねぇ、聞いてる?」
「きっ、ぃて、ま、…、す!聞いてます、!」
耳に触れてきた指を擽ったく思っていれば、首に回ってきた手に驚いて、そのまま距離を縮めるように腕で引き寄せられる。大好きな顔が目の前に来たつぼ浦は、ここから何をどうすれば良いのだろうと頭の中では大混乱。ぐるぐると纏まらない思考のままだが、本能のままに顔は見つめていたいのか、目はぱっちりと開いて彼を見ていた。青井はくすりと笑って、少し勢いをつけて額を合わせてから離れた。一瞬のことで何が何だか分からなかったが、恐らく、額で説教でもされたのだろう。少し痛みを貰った額に手を置いて、離れていった青井を見た。自分の上にあった熱が逃げて行くのを寂しく思いながら、何を?という目で青井を見る。
「説教のつもりだったけど楽しかったからいいや。あ、これ返してなかった。」
「ぇ、っと…ん、゙…」
唐突にサングラスを耳に掛けられて困惑してしまう。青井は仮面をポケットから取り出して被ろうとしていた。それがなんだか勿体無くて、つぼ浦はその手を咄嗟に掴んでしまう。驚いた表情でつぼ浦を見る青井の手から仮面が滑り落ちて、ゴンッと鈍い音が医務室に響く。
「ぁっ…す、すみませ…っ!、!?」
咄嗟に謝って身体を引こうとしたつぼ浦の身体は、急に引き戻されて、かと思えば医務室のベッドに押し倒されていた。きゅ、と瞑った目を開けば、自分の身体に馬乗りになっている先輩は、先程の優しい表情からは想像も出来ないほど、飢えた獣のようにギラついていた。その瞳にさえときめいてしまっては、もう何も言えず喉を鳴らすだけ。何も言わない青井が、口を開いてからまた閉じて、脱力したようにつぼ浦へ覆い被さった。胸に頭を置くように抱き締めて、少しぐりぐりと頭を押し付けてからすくりと立ち上がる。既に元通りになっていた青井が、ほんのり眉を下げて笑った。
「ごめんごめん、ただの悪ふざけ。」
悪ふざけにしては、とは思ったが、つぼ浦はそれ以上何も言えずに小さく頷くだけしか出来なかった。
・・・
それから何週間が経ったある日の事だった。いつも通り出勤していた青井は、つぼ浦匠を思い浮かべて重々しいため息を吐いた。あの医務室の一件から、妙に避けられ続けている。業務は確かに彼なりにしっかりとしているし、相変わらず犯人を笑顔で処刑しているし、上司のキャップを楽しそうに轢き殺しているのも見る。そうして廊下ですれ違った時におはようと返したりするのだって、いつも通り。そう、いつも通りの日常だった。しかしこちらが声を掛けなければ絶対に話し掛けてくる事がなくなってしまったのは、どう考えても気の所為で片付けられる程では無い。青井は自分でも、彼が自分に対して少しばかり信頼を持っているのは分かっていた。自惚れに過ぎないかもしれないが、彼が自分には懐いている自信だってあった。だからこそ、今の状況は“面白くない”のだ。青井にとってつぼ浦はコメディ映画の主人公で、自分はその主人公を見て笑うテレビの外側。つまりは視聴者。どこまでも真っ直ぐな己の正義を貫く姿勢は、まさにアクションとコメディを見事に掛け合わせた人格だ。それがつぼ浦匠であり、彼にしかない個性。しかしあの一件で、青井は視聴者からキャストになってしまった。つぼ浦の傍に寄りすぎたから、青井はその映画の一員になってしまう。アクションであろうとも、コメディであろうと、映画の中に入る人間は真剣そのもので、視聴者を喜ばせようと真面目に取り組む。そう、至って真面目に巫山戯るのだ。青井はそれが、本当につまらなかった。自分のせいでつぼ浦匠という主人公のコメディ映画をつまらなくしてしまった事が、何よりも許せなかった。
重々しいため息をもう一度吐いて、仮面を外して屋上の風に吹かれる。換気扇の隣に座り、身体を預けながら駐車場で暴れる署員を見て煙草を蒸かす。その中に見えるアロハシャツを目で追いかけて、ジャグラーに乗り込んだと思えば上司を轢いてから走り去って行くのを横目で見た。もう一度肺に煙を溜め込んで、長く息を吐き出して風を見つめた。あんなに楽しかった日常が、こんなにもつまらない。
「どうしたもんかなぁ。」
「何が?」
ふと呟いた声は、いつの間にか背後に立っていたペンギン頭に聞かれていたらしい。「成瀬」と抑揚の無い声を返せば、隣に座った彼に目線を送る。なんで外してんの?なんて聞きながら青井の鬼面を膝に乗せて角を遊びながら、先程まで見つめていた消えかけの風を見詰める。感情の読めないペンギンの頭から、騒がしい紫髪の青年になれば鬼面にペンギンを被せて遊んでいる。それで?と顔を向けてきた成瀬は、没収〜と伸びやかなよく通る声で言いながら易々と煙草を取られて間抜けな声を出した。
「んー、なんかね。つまんないなって。」
「何も伝わらん了解、何、何がつまんない?」
「なんだろう、世界?」
「幅広すぎるだろ。」
成瀬はだはは、と声を上げて笑いながら、手に持っていた仮面達を横に置いてあぐらをかいた。つまんなさそうに駐車場を見て、うーんと唸る。ボロボロのジャグラーが地下に入っていくのを見て、つぼ浦さん、とほぼ無意識レベルで声を出した。
「帰ってきてた?」
「?…あぁ、つぼ浦さん?今帰ってきてたな、相変わらずボロボロの車で。」
「相変わらずだなぁ。」
成瀬が思わず青井を見る程に、その声には優しさが含みすぎていた。青井は自分を見た成瀬に驚いて、何?と笑い混じりに返す。だから少し、ほんの少しの好奇心から、成瀬は問い掛けた。
「らだお、お前さ。──────?」
・・・
とある日から青井の様子がおかしかった。医務室の一件からほんの少し避けていたのはつぼ浦側だったが、とある日を境にめっきり話し掛けてくる事すら無くなってしまった事に違和感を覚えていた。恥ずかしさと、気まずさ。それを紛らわそうとした結果の行動が、もしかしたら状況を悪化させたのでは無いかとつぼ浦側は変な焦燥に駆られていた。話し掛けるどころか、つぼ浦が本署にいる時はヘリでパトロールをしているし、つぼ浦がどこかに行っている時は本署で事務作業をしているらしい。最初は偶然かと思ったが、あまりにも被らなさすぎる。どうやって行動を把握しているのかは気になったが、それよりもその行動源の方が気になってしまう。何故、どうしてという疑問は、感じていたほんの少しの羞恥と躊躇いを全て弾き飛ばした。
「アオセン!ちょっといいスか!」
「…何?つぼ浦。」
ちょうどヘリへ向かおうとしていた青井を呼び止めて、くるりと振り返った鬼面にどかどかと大股で近付いていく。
「パトロール行くんスか?」
「うん、行こうかなって。」
「俺も連れてってくれませン?」
「なっ、な、…なんで?」
分かりやすく動揺を示した声は、非常に分かりやすかった。たじろぐ様に足を一歩だけ後ろにして、ギラギラと迫ってくる太陽から逃げようとさえしている様だ。逃げるなという圧よりも、つぼ浦は力で抑え込む方が慣れていた。片腕をやんわり掴んで、青井の良心に訴えかける。これで逃げられたら、きっともう追い掛けたりはしないが。
「…、何、考えてるのかは知らないけど…まぁ、良いよ。おいで。」
「!、…あざっす。」
満面の笑みを浮かべたつぼ浦の光に圧倒されて、陰りかけていた青井は消えそうな迄に疲弊してしまう。前まではコメディ映画の様に明るくて眩しいほどの太陽が好きで仕方なかったのに、今ではその熱が苦しい。そんな物さえも通り越して、少しばかりの腹立ちさえ覚えてしまう。外干しが捗りそうなほどギラギラとした太陽は、時にアスファルトを熱し、黒塗りの車を熱し、真っ黒な肌も見えぬ服を着る警察には苦しい。それと同じ様に、青井は今の精神状態につぼ浦匠は薬にも毒にもなる。重いため息は無理やり腹の中に落とし込めて、暇すぎてずっとメンテナンスをしていた綺麗なヘリを浮上させた。
隣に座るつぼ浦は、久しぶりに青井の近くに居ることが嬉しいのか、少しだけ居心地の悪そうに身動ぎをして空から地面までを舐め回すように眺めていた。操縦桿を握る青井はその様子を少しだけ見て、また目線を戻す。何か話があって引き留めたのだと思っていたが、つぼ浦が一向に口を開かないから、手に少し力を込める。グリップとグローブの皮が擦れる音で、つぼ浦は青井の手元を見遣ってから、鬼面の横顔を見つめた。
「何か話があるんじゃないの?」
「…あぁ、そッスね。」
「話せば?」
「でもまだ、運転中なんで。」
「パトロールなんだから、そりゃずっと運転中だけど。」
青井の言わんとしている事は何となくわかった。なら話さないつもりなのか、と。無論、つぼ浦は青井に話がしたかったから引き止めたのだ。ここで引くほどつぼ浦は女々しくない。どちらかと言うなら、彼は男らしかった。
「まぁ、今話していいなら話しますよ。」
「だから話せって言ってるじゃん。」
「アァほんとスか。」
「で、何?本題。」
有無を言わさぬ青井の物言いに少しだけ間を置いて、つぼ浦は静かに切り出した。
「アオセン、最近何かありました?」
青井は小さく唸る。何かがあったと言えばあったし、無かったと言えばなかった。その質問が、ここ数日間の青井の態度とその行動についての疑問から来る事だって、青井は十分に理解していた。思ったより遅かったな、とも思ったが、自分が避け続けていたせいで話す機会が無かったのだろう。時と場合においては賢明な判断の出来るつぼ浦の事だから、きっと確信に変わるまで泳がされてでもいたんだろう。だからこそ、態度を改めようとは思わなかったし、それで何かが変わるとも思えなかった。こんなに真っ直ぐな後輩を、自分のエゴだけで遠ざけるのも、きっと違っているから。
つぼ浦の質問には何を答えるべきか、青井は悩み続けていた。きっとその苦悩はつぼ浦にも伝わっているらしく、ずっと同じ場所を周回する青井に目を向けた。それから、少し高いビルを指さして、止まりましょう、と提案を。ガシャン、と音を立てて羽を休めると、操縦桿から手を離した青井が項垂れるように頭を座席に預けた。その様子から、まだ何をどう言おうか迷っているなんてことは、一目瞭然だろう。
頭の中で反芻する成瀬の質問。そこで自覚したつぼ浦に対する感情。それは愛とは言い難く、他人と割り切るにはあまりにも虚しすぎた。どう頑張っても引き離せない気持ちと、突き放したくないむず痒い感情。わがままなのは理解している。しているからこそ、彼を傷付けたくなかった。良くも悪くも、青井らだおは自分に対しての自信が無かった。他者からすれば謙遜、青井にとってはそれが真実で、自分はまだまだであると被虐的になってしまう。ヘリの扱いに長けた人物である事を自覚していつつも、心のどこかでは自分より上手い人はいるから、と諦めてしまう。それも、彼の良さであり悪さでもあるのだろう。彼を支える後輩達は口を揃えて青井のヘリは上手だと言っている事に、青井自身が気付けていない。
「……なんだろうね、俺。どうしたいんだろうなぁ。」
やっと出た言葉は自分への疑問と、未来への問い掛け。自問自答に見えたそれは、確かにつぼ浦への返答と、会話の続きを求める言葉だった。ぐ、と右拳に力を入れてから、座席にもたれかかって自分の鮮やかなズボンを見た。特に意味は無いし、いつもの自分の足だとしか思わないが。
「迷ってる事が、あるんですか。」
つぼ浦の精一杯の返答だった。最初の質問と似通っていながらも、青井の問い掛けを紐解いていく小さな鍵。気付けば足元にあった鬼面に気付いて、つぼ浦は矯正な顔をした先輩に目を向けた。どこを見ているのか、青井の瞳は憂いげに窓の外を見ている。深い青は更に深く、スカイブルーの髪がそのギャップを際立てる。
つぼ浦匠にとって、青井らだおはヒューマンドラマの主人公だった。ハリウッドにすら駆り出されそうな程、その根は素晴らしい人材で、そうして何もかもが真っ直ぐな逸材だった。つぼ浦は元より、それがつまらないと思っていた。激しいアクション映画や、面白おかしいコメディも、ワクワクするSFだって、つぼ浦にとっては全てが娯楽で、その全てが好きだった。視聴者として楽しむなら、まずそういった映画を好んで見る。対してヒューマンドラマは気難しい人間関係や、ドロドロとした恋愛ドラマ。推理系は楽しいが、サスペンスとヒューマンドラマではまた一風変わってしまう。ヒューマンドラマとサスペンス映画がそこに並んでいるなら、迷わずサスペンスを手に取るだろう。だからこそ、最初は青井の生き方をつぼ浦は「面白くない」と評価した。つまらなさそうだと、揶揄した事もあった。口には出さなかったが、自分ならその道は選ばなかったと。でも、そうじゃなかった。選べなかったのだ。見れば見るほど青井は完璧な人間で、誰からも慕われる唯一の存在で、希少な才能を持つ努力家だった。果たして自分は彼の道を選ぶ事が出来ただろうか。否、無理だと悟った。その頃からだろうか、青井らだおという人間が面白くて仕方が無かったのは。事件対応中のIGL、特殊刑事課の対応、ロスサントス市民との交流。その全てを見ていると、青井らだおは確かにヒューマンドラマの主人公だった。だから自分も、混ざろうとした。混ざりたかった。けれども、青井らだおは常に、つぼ浦匠の視聴者にすぎなかった。
「…迷っている事かぁ。…まぁ、無い、…は嘘になるね。」
「でかい声で問い詰めてやりますよ、嘘ついたら。詐欺罪切っていいですか?」
まだ嘘ついてないでしょ、とこちらを見て目を柔らかく細めて喉を鳴らす青井にとくりと心臓が鳴る。良かった、いつものアオセンだと思うと同時に、どうしてもそこにある距離感に苛まれてしまう。青井の癖を、つぼ浦は理解していた。人を遠ざける時、ここから先に踏み入って来ないで欲しいと思う時、彼は、青井は絶対に目を閉じず相手を見て笑う。だから、これは望まない未来を生み出す事をつぼ浦はしっかりと理解していた。
「アオセン」
「…?、なぁに?」
急に真面目な顔をしたつぼ浦に釣られて、笑っていた青井の顔も少しだけ強ばる。首を傾げてつぼ浦の言葉を待って、もう今しか見れないであろうその琥珀色を目に収めようと思っていた。
「…俺はアオセンを信頼してるし、そ、…尊敬、もしているという前提で聞いて欲しいんスけど。」
「…う、うん。」
「アンタは自分に自信が無さすぎる、逆にウザイっすよ。」
「うっ…、」
「オマケにそれなりの自尊心はあると来た。」
「は、…ッ、」
「承認欲求、真面目過ぎ、頑固。他にも色々、アオセンの悪いトコです。」
全てに自覚があるのか、青井は複数の槍で貫かれたかのようにぐったりとしていた。顔色も少しばかり悪く、つぼ浦はそちらを伺わぬようにして言葉を続ける。
「…でも俺は、そうじゃないとアオセンじゃなかったんだろうなって思うんスよね。」
「…、俺じゃなかった?」
「ハイ。そうするべくして、アオセンはそうなったんだろうって。俺は思います。」
そうでなければ、あんなに出来た人間は作られない。そういった悪い所は、彼を他者から見た時の評価を「完璧」に仕立て上げるためのスパイス。青井は確かに完璧だった。そう、表だけは。
「アンタは完璧だって、ずっと思ってた。けど、違う。」
「…、うん。違うよ。」
「……表向きは、完璧なだけだ。アンタは。」
「…うん。」
そこまで言って、つぼ浦は何も言わなくなった。軽い頭痛を感じて、ポケットに入っていた飲み物を口に運ぶ。少しだけストレス値は下がったが、どうやらシンプルな頭痛らしい。小難しい話が出来るのに難航すると途端に頭痛を感じる厄介な体質をしているお陰で、こういった会話につぼ浦は適していない。けれども今回だけは、言わなければいけないと思った。
「でも俺は、完璧なアオセンは…」
嫌いでもなく、好きじゃないでもなく、ただ一言。「面白くない」と告げる。聞き間違いかと顔を向けて首を傾げた青井は、こちらを向かないつぼ浦の横顔を見詰めた。そのまま口を開いたから、開きかけた口を閉ざして言葉を聞いた。
「面白くないんスよ、完璧なアンタは。」
それは青井の悩んでいた答えでもあっただろう。コメディ映画に唐突なシリアスが入ってしまえば、それはそれでギャップとして良作。だが、最初から最後までコメディを求めている人間にはつまらないだろう。青井はつぼ浦に対して終始コメディであるそれを求めていた。多少のシリアス展開はスパイスとして必要だが、それでも多量なシリアスは必要ない。それこそヒューマンドラマやサスペンスによくあるシーンは、物語の中盤で少し出るだけでいい。
「そっか…、…そっ、かぁ…」
「……」
「…お前をつまんなくしてたのは、俺だったか。」
コメディ映画のシリアスは、視聴者として居続けようとした青井が歪めてしまった。中途半端に置きすぎたその物語を、青井が遠ざけようとした。つまらないからと、エンディングを飛ばしてしまったから。最後の最後の、あと1ピースがどうしても埋められなかったのだ。
納得したように頷いた青井は、笑って、それから唸るような声を喉から絞り出して座席にもたれかかった。
「ごめんね、つぼ浦。」
「…ハイ。」
何を謝っているのかなんてものは、青井自身にしか分からない事だ。しかし、これを突っ撥ねるべきではないとつぼ浦は理解してた。自分自身の中に答えを見つけた本人の行動を否定するほど、淀んだ思考は持ち合わせていない。身体を前傾姿勢にして、膝に両肘を置いて顔を俯かせる。やはりゴキゲンなズボンは何も心を落ち着かせてはくれなかった。
しばらくの無言が続いて、唐突に扉が開いて風が入ってきたと思えば、外に出た青井がビルのギリギリに立って夕日を見つめている。咄嗟に出て近付いていけば、青井は夕日に照らされながら綺麗に笑う。
「…言いたいことある。つぼ浦、聞いてくれる?」
「なんスか、幾らでも聞くぞ。」
半分だけを夕日に照らして、つぼ浦に笑いかける青井。スカイブルーの髪がほんの少し赤く光っていて、その瞳は明るく光った。深い青が今だけは浅瀬の海の様だ。綺麗だと見蕩れていれば、青井は甘い顔を更に柔らかくして、少し照れくさそうに自身の首に触れた。
「…俺ね。つぼ浦が好きになっちゃったみたい。」
「え…」
「つぼ浦は俺にとって映画の主人公で、明るくて、太陽で。海だった。」
広大な海は、つぼ浦の大きな人柄を体現する様だった。どこまでも綺麗で、透き通っていて、真っ直ぐで、そして、底がない。まるで海の様だと思ったのは、数日前にした成瀬との会話だった。
【らだお、お前さ。つぼ浦さんの事どう思う?】
【ど、…どう思う、って?】
【人柄的な、なんか…、らだおから見たつぼ浦さんの感じ?】
【………太陽、いや、海かも。】
【え、は…っ、え、…ごめん、なんで?】
自分はそこに浮かぶひとつの放浪物で、ちっぽけな存在だった。広い海にはなんて事ないそれは、誰かにとっては邪魔者で、望まれないもの。青井は寂しそうに笑って、つぼ浦から目線を夕日の沈み始めた海に移した。釣られて海を見たつぼ浦は、青井の言葉を噛み締めるように頭の中で噛み砕く。
「…俺は海の上で流れる、小さな放浪者で。誰かにとっては必要なそれも、いつかは要らなくなって。」
子供の頃のおもちゃを捨てるように、使い古した歯ブラシを捨てるように、壊れた冷蔵庫を投棄するように。青井もいつかは必要とされなくなった時、誰にも見られぬうちに流れて行くのだろうと、そう思っていた。
「だからね、俺とお前は釣り合わないんだって。お前はコメディ映画の主人公で、俺は。」
「アオセン。」
最後まで話を聞こうとしていたが、自虐的になっていく青井の言葉を聞いてられなくて、今度はつぼ浦が口を開いた。半ば強引に主導権を握り、名前を呼んでから身体ごと相手に向ける。
「アンタは宝石だ。」
「え?」
「宝石って元は岩石に隠れてるから削らないとどれ程の大きさなのかとかわかんないんスよ。」
「う、うん?知ってる…けど。」
「つまりは、だ。アンタはまだ岩に隠れてるから、不要だって見向きもされてない。アオセンの中の認識はコレだ。」
しかし、つぼ浦から見た青井はそうじゃなかった。
「でも俺は、市場に出回る宝石そのものだと思ってる。中々手に入らない、本当に希少な。」
そこまで言って、一呼吸、二呼吸して、つぼ浦は真剣な目つきで青井の手をグローブ越しに握った。本当に生きているのかと疑いたくなるほどに冷たい手を暖めるように、優しく包むように握る。青井はどくん、と跳ねた心臓が徐々に早く振動することに気付いていた。つぼ浦の顔が、瞳が、その火照った頬も、首元も、その全てがまるであの医務室の時見せたつぼ浦匠と全く同じだったから。
「好きです。アオセン。」
「…ぇ、えぇ、…っ、えぇ、〜〜…?」
第一に困惑、第二に歓喜、そしてほんの少しの罪悪感。青井は熱を持ち始めた顔を空いた片手で触れて、今自分が仮面を付けていないことを再確認する。遠ざけようとした。あの時、あのつぼ浦の反応を見て、薄々感じていた感情の正体に気付かぬようにしたまま、逃げようとした。良くない感情に蓋をして、そのまま流そうと思っていたのに。海はたまたま小さな島に投棄物を送り出してしまったのだろう。海はつぼ浦だが、それを拾ったのもつぼ浦だった。
「何時までも届かねェから。何処までもアンタは遠く離れるから。」
絞り出す様な声を聞いて、青井は握られた手を握り返す。ここにいる、確かにそこにいると確認する様にお互いがお互いの手を握る。青井は何も言わぬままつぼ浦を見詰めて、とろりと目を溶かして笑った。瞳が少し潤んで、頬はほんのり桃色に。青井はつぼ浦の頬に手を添えて、真っ赤な顔を楽しむように見詰める。目を泳がせてからすぐに瞳を合わせれば、諦めた様にふっ、と笑う。殆ど落ちた夕日は彼らを優しく照らし続ける。真っ赤なつぼ浦を落ち着かせるように抱き寄せて、少し前かがみになった赤に柔らかい愛を捧げた。
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