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にゃん生

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にゃん生

4 - 最終話 この時よ、永遠に

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2025年06月08日

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吾輩は窓辺に寝そべり、暖かな陽光に身を委ねていた。書生の借金を返す試みは、芸の失敗、商売の挫折、ゴミ拾いの徒労と、悉く水の泡と消えた。だが、猫の誇りは失せぬ。吾輩は思う。人間とは、金を追い求め、己を縛る愚かな生き物だ。されど、書生は吾輩に飯を分け、貧乏臭い書斎に居場所を与えた。その恩を返さずして、猫の魂は安らぐまい。突如、書斎の戸が乱暴に叩かれる。強面の借金取りが土足で踏み込み、「今日中に金を返さねば、命はないぞ!」と書生に吠える。書生は顔を青ざめ、慌てて外に飛び出す。吾輩は背筋を伸ばす。これはまずい。書生の命が危ういとなれば、猫の誇りにかけて動かねばならぬ。吾輩は窓から飛び出し、街路を駆ける。落ちている高価そうな物を拾い、書生を救うのだ。

路地裏で光る石、市場の片隅の金属片、川沿いの紙切れを咥える。どれも金に見えるが、吾輩の猫脳は金とゴミの区別がつかぬ。書斎に戻り、拾った物を積み上げるが、書斎はゴミの山と化すばかり。石はただの石ころ、金属片は錆びた釘、紙切れは破れたチラシ。吾輩は思う。人間の価値観とは、かくも不可解なものか。猫には全てが宝だ。だが、書生の命を救うには足りぬ。

やがて、書生が肩を落として帰ってくる。彼はゴミの山を見て目を丸くし、呆れ顔に苦笑を浮かべる。「お前、こんなものを拾って……借金を返そうとしたのか?」と呟く。その声には、怒りよりも温かみが宿る。書生は膝をつき、吾輩の頭をそっと撫でる。「ありがとう。だが、もう駄目だ。借金は返せん。今生に別れを告げるしかあるまい。」彼の目は潤み、吾輩は胸を締め付けられる。人間とは、かくも脆いものか。されど、この男の優しさは、猫の心を動かす。

書生は諦め、身の回りの整理を始める。ゴミの山を片付けながら、ふと一枚の紙切れを手に取る。ぼろぼろで、雨風に晒されたその紙切れは、吾輩が川沿いで拾ったものだ。書生は眉をひそめ、紙切れを手にじっと見つめる。すると、彼は慌てて机の上の新聞を広げる。紙切れと新聞を交互に見比べ、目を擦り、再度見比べる。その顔が、みるみるうちに青から赤へ、赤から白へと変わる。「こ、これは……!」と叫び、書生は紙切れを握りしめ、書斎を跳ね回る。

吾輩は首を傾げる。書生は新聞を床に叩きつけ、「宝くじだ! 当たりくじだ!」と絶叫する。どうやら、吾輩が拾った紙切れは「宝くじ」とやらで、しかも大当たりだったらしい。書生は紙切れを胸に押し当て、「これで借金が返せる! お釣りが来るぞ!」と笑う。吾輩は思う。金の価値はわからぬが、書生の喜びは本物だ。猫の努力が、ついに実を結んだのか。書生は当たりくじを握りしめ、借金取りに返すべく再び外に飛び出す。吾輩は窓辺に戻り、街の喧騒を眺める。こうして、猫の恩返しは終わりを告げた。

吾輩は窓から飛び出し、今度こそ自由を求めて街を彷徨う。路地裏を抜け、市場を過ぎ、川沿いの草むらに身を横たえる。陽光が心地よく、吾輩は目を閉じる。すると、夢の中に母猫の姿が現れる。ふくよかな毛並み、鋭い目、吾輩にこの世の命を与えた愛すべき母だ。母は静かに語る。「お前、あのろくでなしの書生に恩を返したな。だが、聞け。金を持った人間は、すぐにそれを浪費する。あの男はろくでなしだ。金があっても、また貧乏に戻るだろう。お前は猫だ。自由を求めるなら、去れ。だが、恩を忘れぬなら、あの男の様子を見なさい。」

母の言葉は、吾輩の心に突き刺さる。猫とは畜生だが、母の教えを無下にできるほど堕落してはおらぬ。吾輩は草むらから立ち上がり、貧乏臭い書斎に戻ることを決意する。自由は甘美だが、恩義は猫の魂を縛る。書生は本当にろくでなしなのか? 金を使い果たし、元の貧乏に戻ったのか? 吾輩は書斎の窓から滑り込む。

書斎は、相変わらず貧乏臭い。埃っぽい本、乱雑な机、酒瓶の転がる床。書生は机に突っ伏し、以前より小汚い姿で寝息を立てている。吾輩は思う。やはり母の言う通り、ろくでなしが金を使い果たしたか。が、書生が顔を上げ、「おお、お前、帰ってきたのか!」と笑う。その顔は、貧乏臭いが、どこか清々しい。書生は語る。「お前が拾った宝くじで、借金を全て返した。残りの金はな、お前に恩があると思ったんだ。猫の慈善団体に全部寄付したよ。お前のような猫が、腹を空かせずに済むように。」

吾輩は呆然とする。書生はろくでなしではなかった。吾輩を拾い、飯を分け、貧乏ながら優しさを失わなかった男だ。そのことを、吾輩は知っていたはずなのに、忘れていた。人間とは、かくも複雑で、かくも美しい生き物か。書生はろくでなしではなく、誠の善人だったのだ。吾輩の胸に、温かなものが広がる。

ふと、書斎の隅に目をやると、いつもの残飯の皿がある。が、そこには貧相な飯粒ではない。なんと、上等の魚が一匹、まるまる盛られている! 書生は笑い、「魚屋で一番いい魚を選んだんだ。お前にやるよ」と言う。吾輩は目を潤ませ、魚に齧りつく。その味は、母の乳を思い出すほど甘美だ。吾輩は決意する。この恩、一生をかけて返そう。猫の誇りにかけて、書生と共に生きよう。吾輩は魚の頭を咥え、書生の膝にそっと置く。書生は驚き、笑い、「お前も分けてくれるのか」と頭を撫でる。

吾輩は思う。人生とは、かくも滑稽で、かくも美しいものか。猫と人間、互いに恩を返すこの瞬間、吾輩は真の自由を見つけたのかもしれぬ

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