テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「ねぇ言凛、聞いた?」
大学に入学してからたまたま学籍番号が近かった絡みで仲良くなって、以来ずっと一緒にいる仁科楓が、教室に入るなりポンッと肩を叩いて顔を覗き込んできた。
2年生になってやっと。
眼鏡をやめてコンタクトレンズデビューを果たした私と違って、楓は出会った時からラピスラズリ色のカラコンを入れたお洒落女子だった。
そんな彼女が、光が当たると黒目の縁取りがブルーがかって見える綺麗な目で、じっと私を見つめてくる。
灰色の、前下がりボブが楓の動きに合わせてふわりと揺れた。
ゆるっと当てられたパーマも、エアリーでとっても可愛く見える。
今日はパフスリーブになったクロシェ編みの白いサマーニットに、後ろがレースアップになったオフホワイトのデニムを合わせた楓は、165センチあると言うそこそこの高身長を支える長い脚に、パンツルックがよく似合うことを誰よりも知っているの。
対する私は、ベージュの花柄ブラウスに、くるぶしまで隠れるようなAラインのデニムスカート。
腰まであった長い黒髪を適当に編み込みにしていた頃の名残で、顔横の束ね髪に触れようと手を伸ばしてから、空振りして。
そこでようやく「あ、髪、切ったんだった」とハッとする体たらく。
ヘアカラーデビューも、ミディアムロングデビューも、コンタクト同様まだ1ヶ月半しか経っていないヒヨコ女子なので、どうも色々馴染まなくてダメ。
上げた手を、所在なく肩口を少し超えた辺りで切り揃えたオリーブベージュの髪に伸ばすと、横髪を耳にかける仕草をして誤魔化した。
私がこの髪型を真似るきっかけになった後輩の女の子は、もっと自然な動作で髪に触れるんだろうな、とかぼんやり思いつつ。
「ん〜? なにを?」
そうしながら、『粘菌生活のよろこび』という、ちょっぴりマニアックな……でもとっても綺麗なフルカラー写真が眼福な単行本からちらりと顔を上げると、私は楓に向かって小首を傾げる。
「今朝ね、正門のところで柳川が――」
〝柳川〟と聞いて、私は読んでいた本を放り投げるようにして楓の方へ身体ごと向き直った。
「柳川がどうしたのっ!?」
言うと同時に腰が浮いて。
まさか事故とか!?と不吉なことを思って、頭の中、いま紙面で見たばかりのピンク色の愛らしい変形菌が、まん丸な体を震わせながら、コロコロと谷底へ転がり落ちていく。
いや、柳川のイメージだとマメホコリより瑠璃色に美しく光り輝いて見えるルリホコリかな。
だって、だって。誰が何と言おうと、柳川は私にとってはピカイチに輝いて見える存在だから。
155センチの私から見ると、175センチを超えた柳川は、とっても背が高く見える。
でも、基本的にはゼミの研究室で椅子に腰掛けた彼と対峙することが多いからか、私は柳川のつむじを見る機会が多くて。
横に何気なく立ったときに見える、柳川の、ナチュラルなスパイラルパーマを当てたセンター分けの刈り上げマッシュは、入学した当初から変わっていない。
そんな彼が立ち上がった時の、自分との身長差にいつもキュンとしてしまうの。
なんてことはどうでもよくて!
「ちょっと落ち着こっか」
#極道
鷹槻れん

8,714
鷹槻れん

10,358
鷹槻れん

30,478
latte
299
周りの注目を集めつつあるのを察して、楓が私をたしなめる。
そろそろと、浮かせかけたお尻を席に降ろすと、私は声を低めて楓に先を促した。
「柳川に何があったのっ?」
薬学部同期で同じゼミ――天然医薬資源学研究室――に所属の柳川寛道には、先の興奮からもお分かりのように、私、入学してすぐのオリエンテーションの時に一目惚れして以来絶賛片想い中。
地方から出てきて、友人なんてまだひとりもいなかった折。
広い学内で迷子になりかけていた私を、「俺も新入生だから一緒に行こうぜ」って会場まで同伴してくれたのが柳川だった。
最初話しかけられた時は、20センチ以上の身長差に正直ひるんだけれど、話してみるとすごく気さくなヤツで。
緊張でガチガチに固まっていた私の心を解きほぐすみたいに、大好きだという粘菌類の話を聞かせてくれたのを思い出す。
私も子供の頃から粘菌に心奪われている人間のひとりだったから、「何この話の分かる人!」って意気投合して沢山話して。
気が付いたらお互いの連絡先を交換するに至っていた。
「ほら、言凛、ずっと言ってたじゃん? 柳川には片想いの女の子がいるから自分の入り込む余地なんてないって。――柳川がね、その子と今朝……」
私が柳川のことを好きだってハッキリ自覚した時には、柳川の方から「実は俺、ずっと片想いしてる子がいてさ」って打ち明けられた後で。
そっか、うまくいくといいね、なんて心にもないことを言ったのを思い出す。
それでも1年の間は良かったの。
その子は学内にいなかったから。
それが、この春――学部は違うけれど柳川の片想いの相手が同じ大学に入学してきてからは最悪だった。
柳川の横を歩く、自分と同じぐらいの身長の、ホワホワした可愛らしい女の子を思い出して、私は履いていたスカートの生地をギュッと握りしめた。
柳川、元々長男気質で面倒見のいいやつではあったけれど、その女の子――幼なじみらしい――には異常に過保護で。
引っ越しを機に学校までの道順が分からなくなったらしいその子を、無事通学させるためとか何とか言って、このところ毎朝一緒に登校してきていたのは私も知っている。
相手の女の子に対して、子供じゃないんだからいい加減自力で何とかなさいな、と思わなかったか?というと嘘になる。
だってだって。私も柳川と登校してみたかったんだもん!
その2人が、どうしたの?
「キスしてたとか……そういうのだったら聞きたくないよ?」
思わず溜め息混じりに楓を睨んだら、「バカね、そんなんだったらいくら何でも黙ってるわ、愚か者め〜!」と頭をぐりぐりされた。
それもそっか。
楓は優しいもんね。
「じゃあ、なに? まさか柳川、あの子にフラれちゃったとか?」
冗談のつもりでクスクス笑いながら自嘲気味に言ったら、「ビンゴ!」とか、嘘でしょ?
だって柳川、件の子は鈍感すぎて、結構ストレートに告白しても冗談だと思われるっていつも溜め息ついてたよ?
私、それを聞いた時、付き合うとかは当分なさそうかな?って安心したのと同時に、フラれることもないって言うのは、ハッキリしなくて私、身動き取れないじゃんって内心ヤキモキもしたの。
なのに?
「相手の子、イケメンの年上彼氏がいたみたいでさ」
どう言う状態だか分かんないけど、今朝は柳川、その年上イケメン彼氏とやらの車に乗り合わせる形で、幼なじみちゃんと登校してきたらしい。
「高級車だったしね、めっちゃ目立ってて注目の的だったんだけど――」
そこでどう見ても柳川がその彼女にフラれていて……。すったもんだあった挙げ句、結局柳川をひとり取り残す形でその車は女の子を降ろさないままに立ち去ってしまったんだとか。
「私、たまたまその現場に居合わせちゃって……。柳川があんまり意気消沈して見えたから、声かけ損ねちゃった」
楓が眉根を寄せてそう言ったとき、私は同じ講義を取っているはずの柳川が、まだ教室内に来ていないことに心がざわついた。
***
――柳川、片想いの子にフラれちゃえばいいのに。
柳川の心に付け入りたくて、そんなことを思わなかったわけじゃない。
だけど――。
やっぱり好きな人が落ち込んだ姿は見たくないなって思って。
勝手だけれど、私、柳川にはいつでも笑っていて欲しいとも思っているの。
コメント
1件
うわ〜〜第1話から一気に持ってかれた!!😭💕 主人公・言凛の柳川への片想いが切なすぎて、最初の「柳川がどうしたの!?」のときの焦り方がすごく伝わってきた…。自分も気になってる人の名前出た瞬間にドキッとするタイプだから、めっちゃ共感したよ🥺 それに楓のキャラも絶妙で、いい友達って感じがにじみ出てる〜! 柳川が幼なじみにフラれたっていう展開、まさかだったけど…これってチャンスなの?それとも…ってドキドキが止まらん!! 続きめっちゃ気になる!作者さんの粘菌の話題入れるセンスも好きです✨ 鷹槻れんさんの作品、他のも読んでみたいな〜🌸