テラーノベル
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部屋に転がる酒の空瓶を見た朝倉くんが、呆然と立ち尽くした。
微動だにしないが、目だけは絶えず左右を確認するように動いている。
「……いつから、こんなにアルコールを飲むようになったのですか?」
朝倉くんの声が、小さく震えていた。
「やめて……。みんな出て行って……」
美麗さんから、あれほどあったエネルギーが消失していた。力なく、その場にへたり込んでしまう。
朝倉くんは振り返ると、美麗さんが握っていた薬の紙を奪い取った。
美麗さんは抵抗もせず、ただ項垂れている。
朝倉くんは処方された薬を見て、驚愕の表情を浮かべた。
「肝機能改善薬……そして、睡眠薬ですか……」
その後の言葉が出てこなかった。
額に手を添え、苦しそうに目を瞑る。
怒り、悲しみ、悔しさ。
どうしようもない感情が、彼を支配していることがわかった。
美麗さんの処方薬を見たとき、正直、ここまでお酒に飲まれているとは想像していなかった。
悩み事がある、その程度に考えていた私は、話し合えば解決できると思っていた。
私の頭は、平和すぎた。
「……いつから薬とアルコールに頼るようになったのですか?」
朝倉くんが、厳しい視線で美麗さんを見た。
美麗さんは言い訳もせず、顔すら上げない。
張り詰めていた糸が限界を迎え、ぷつりと切れたかのようだった。
朝倉くんが、反応しない美麗さんの横に腰を落とした。
そして、勢いも生気も失った母に詰め寄る。
「あなたは弱い人間ではないはずですっ!
私や兄を圧倒する朝倉家の当主ではないですかっ!」
叫ぶように言い放った朝倉くんの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
そして悔しそうに唇を噛む。
魔人のはずの母親が、いつの間にかアルコールや薬に頼る人間になっていたのだから。
私はゆっくりと、朝倉くんの肩に手を添えた。
彼の身体がびくっと反応する。
朝倉くんは立ち上がると、私に背を向けて目頭を押さえた。
「美麗さんはグループをまとめた、すごい人よ。必死に仕事をこなしてきたのに、次男は家を出て、家業を継いだ長男も自分から離れていった。本当は側にいてほしいのに、息子の心をつなぎとめる方法を知らない。その辛さから逃げるために、何かに頼らざるを得なかったのだと思うわ」
美麗さんは、とても不器用な人だと思う。
何も言わずに項垂れている美麗さんの代わりに、私は彼女に起こったことを代弁した。
おこがましいことは承知だ。
「この人は家族より仕事を選んだ人です! 家族がバラバラになったのは自業自得ですっ!」
あの朝倉くんが、感情を爆発させた。
母親が魔人のままなら、恨み続けることができたのに。
人間味のある弱さなんて、見たくなかったよね。
ずっと、ずっと強い母親でいてほしかったよね。
立場が違えば、見え方が変わる。
美麗さんが守りたいもの。
朝倉くんが欲しかったもの。
お互いに、それが見えていなかったんだ。
私は朝倉くんに問いかけた。
「朝倉くんは、泥水を飲む生活をしたことはある?」
「……いいえ」
「美麗さんは身重の身体で、亡くなった夫の事業を引き継いだ。色々あった夫の事業を捨てることもできたのに。美麗さんは自分の感情より、鳳凰グループの従業員や朝倉くんたちの生活を守ることを選んだのよ。簡単にできることではない。私、そんな美麗さんを尊敬するわ」
私は李人一人を守るのも苦労した。
親がいないかわいそうな子と思われないように、愛情を注いだ。
友達が持っている数万円もするゲーム機も、自分の衣服を我慢して購入した。
自分より守りたい人のために、何かを犠牲にしないと成り立たなかった。
美麗さんだって、何も起こらなければ、生まれてきた朝倉くんを精一杯の愛情で受け入れていたはずだ。
妊娠中に夫の浮気が発覚し、その夫は愛人との事故で亡くなってしまった。
それだけでも、精神が狂うには十分な出来事だ。
その中で『祐二』に込めた想いだって、今では後悔しているはずだ。
「美麗さんは愛情表現が不器用な人なのよ。でも、朝倉くんへの愛情がないわけではない。その証拠に、あなたは常に上質な環境に囲まれていたでしょう。美麗さんがその環境を与え続ける苦労は、いかほどだったでしょうね?」
だから私は、美麗さんを嫌いにはなれない。
どうしても同情してしまう。
もっと器用に愛情を示せたら。
助けてほしいと素直になれたら。
アルコールなどに依存することもなかったはずだ。
「いまさらっ、母の生き方を理解するのは難しいですっ!」
朝倉くんが、感情に任せて吐き捨てる。
私は彼の気持ちも受け入れる。
「朝倉くんも辛い経験をして、本当に頑張ったよね。それを過去に戻ってやり直すことはできない。だから、これからできることをやっていこうよ」
「何をやるというのですかっっ?」
目を赤くした朝倉くんが、辛そうに私を見る。
人間関係に特効薬なんてない。
だけど、少しずつなら変化していける。
「母親に関心を持ちましょう」
私のその言葉を聞いた途端、美麗さんが口に手を当て、嗚咽を漏らし始めた。
小刻みに震える肩が、ものすごく小さく見えてしまった。
本当は無理をしていた。
無理をして、強がっていた。
朝倉家の当主として。
この苦悩を理解してくれなくてもいい。
でも、自分を見捨てず、そばにいてくれる人が欲しかったんだよね。
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夏目莉央
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