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「みんな、只今戻りました!」
伯父の領地・シャルトルーズへ行っていたショコラは、ひと月ぶりに王都にあるオードゥヴィ公爵家の屋敷へと帰って来た。
「ショコラ‼お帰りなさいっ!ああ、会いたかったわ!!」
「私もです、お姉様!!」
ひときわ熱烈な出迎えをしてくれたのは、言うまでもなく姉のフィナンシェである。彼女は久々に顔を見た妹を、その胸にぎゅうっと抱き締めた。
……夫のクレムがしばらく屋敷を空けていたとしても、ここまでの歓迎はしないのだろうな……。そう思うと、ショコラは義兄に対して少々申し訳ない気持ちになってしまう。
相変わらず、仲睦まじ過ぎる姉妹。そんな娘二人を見ながら、母はやれやれと苦笑いした。
「二人とも。それはそのくらいにして、早く中へ入りましょう。ショコラ、お兄様たちはお変わりなかった?」
「はい、お母様!みんなに宜しくとおっしゃっていました。」
邸宅の中は、懐かしい……と言うには大袈裟な期間だが、我が家の匂いで溢れている。
それが、一つの旅を終え、ついに帰って来たという事をショコラに実感させていたのだった。
どうやら、父・ガナシュと義兄のクレムはそれぞれ仕事で留守にしているようだ。
母と姉と共にリビングへ行くと、まずはお茶をしながら一休み。それからテーブルの上に土産を広げつつ、ここひと月にあった出来事を、ショコラは二人に話して聞かせた。
シャルトルーズへ着いた翌日に国王一家と謁見した事、従弟のベニエと一緒に遠乗りをしてだいぶ乗馬が上手くなった事。街にある店々はみな小さいのに、同じ品物が沢山並んでいて面白かった事――…。話は尽きない。
はじめのいくつかは手紙にも書かれていた話だったが、妹の口から直々に聞くのは、また一味違ったものがあるのだろう。すでに知っている内容でも、フィナンシェはずっとにこにことしながら聞いていた。
「――それから私、生まれて初めて自分でお買い物をしたのです!凄いでしょう⁉」
ショコラが得意げにそう言うと、母・マドレーヌは驚いた顔をする。
「まあ、お買い物を?貴女が??……それは私も、向こうにいた頃にも、した事は無かったわねえ。」
「お母様は、シャルトルーズ家の娘だったのだもの。みんなが驚いてしまうから、仕方ありませんわ。私はただの女の子になれたから、出来たのです。」
そう、あの街で自分は、『令嬢』ではなかったのだ。ほぼ誰も自分の事など知る由もない土地はとても自由で、のびのびと過ごす事が出来た……。
すると姉が、「ふう」と気怠い溜息を吐く。
「……ああ。私も、ショコラと一緒にお買い物をしてみたかったわ……‼」
……それは、無理だろう。
その場にいた者が皆、苦笑いをする。
この絶世の美女は、例えどんな田舎へ行こうとも、目立って仕方がないだろうから……。
そこでショコラは、はたと思い出した。
そして土産の中から一つを取り出し、フィナンシェの方に差し出す。
「これが、私が初めて一人で選んで、一人でお会計をした物です。最初の一つは、どうしてもお姉様へのお土産にしたくって……受け取ってくださいますか?」
おずおずとしたその手の中には、小さな包みがある。
丸く目を見開いたフィナンシェは、声も出さずに震える手でそれを受け取った。そして手を震わせたまま、その包みをそっと開いてみる。
中には、きらきらと輝く髪飾りが入っていた。
「あのっ、それは宝石ではなくて……硝子細工なのです。ですから、外出なさる時には使えないですよね……。ごめんなさい。なので、お屋敷にいる時にでも使って頂けたら……」
よく考えてみたら、使いにくいものを選んでしまったかもしれない。もっと時間を掛けて熟慮すればよかった……。言葉を取り繕いながら、ショコラは反省した。
一方の姉はそれを手に取り、まじまじと見ている。
彼女は、まだ一言も言葉を発していない。やはりあのフィナンシェへ贈るのに、硝子細工は不味かったのだ――…。
「……なんて綺麗なのかしら……」
姉が一言、ぽつりとそうこぼす。同時にその目からは、一筋の涙が流れ落ちた。それのなんと美しい事か……
「こんなに綺麗なもの、例えどんな宝石であっても敵わないわ。何て事かしら……また、宝物が増えてしまったみたい……!!」
そう言うとフィナンシェは、胸の前で髪飾りを愛おしそうに握り締めた。そんな姉を見て、ショコラはほっとする。
……良かった。喜んでくれていたようだ、と。
しかしその傍ら、頭の片隅では別の事を考えてもいた。――ミエルに渡した時と同じような反応なのに、二人の表現の仕方は少し違っていて面白い、だなんて事を――。
「…ねぇショコラ、私には?私には、何かないの⁇」
そんなところへ、母・マドレーヌがひょっこりと身を乗り出して尋ねて来る。深く感動している長女を見て、ウズウズとしてしまったようなのだ。自分へ順番が回って来るのが、待ち切れなくなったらしい。
ショコラは、ぱあっと明るい笑顔で返した。
「もちろんありますわ!あとお父様と、クレムお義兄様にも。他にも、沢山あるんですよ‼」
そう言って、フィナンシェへの土産とは別の機会に買った包みを取り出し、母へと渡す。
その後は、特定の相手に用意した物ではない包みを、どんどん開いて行ったのだった。
夜になり、ガナシュやクレムの帰宅時間がやって来た。
役者が揃ったところで、ショコラの無事の帰還を祝い、本館にて久々に皆での晩餐が始まった。
ここでは、昼間留守にしていた父たちへ向け土産話をする事になったのだが……その内容は、当然フィナンシェたちに話した事と重複している。にも拘わらず、ショコラの話はどんどん花が咲いて行く。
そして気付くと、いつの間にか食事よりもお喋りに夢中になっていた。
「――そうか。充実していたようで、良かったね。」
「ええ、とっても‼早く本格的な旅に行きたくなりました!」
ガナシュは娘の話を嬉しそうに聞きながら相槌を打つと、彼女越しにダイニングの壁際へと目をやる。
「ファリヌとミエルも、ご苦労だった。」
そこにに立っていたのは、ショコラの執事と侍女だ。彼は、娘の初めての旅を支えた二人を労った。
しかし、ファリヌとミエルは顔を曇らせている。……彼らにはまだ、しなければならない重要な仕事が残っていたからだ。
――賑やかな晩餐も終わり、一家がそれぞれの部屋へと戻って行った後の事。
今回の旅の報告のため、ファリヌとミエルは当主の部屋を訪れていた。
「分かった、ご苦労。引き続き頼んだぞ。」
ガナシュはさらりと、一言だけを返した。二人は思わず、ポカンとしてしまう。
「えっ…それだけ、で……ございますか⁇」
戸惑いながら、ミエルの方が尋ねる。
「?ああ、そうだが。以上だ。」
……二人のした報告とは、主に外歩きでミエルが何度も感じた、妙な視線についての事だった。
得体の知れない、妙な視線――。それなのに、ガナシュの反応はまさかと言うほど呆気ないものだったのである。
「い……今の報告を、お聞きになられましたよね⁉」
さすがのファリヌも意見した。
「もちろん聞いていたよ。」
「それでは、ショコラ様の今後の旅についてなど、何かおっしゃる事がございますでしょう⁉」
「今回、他には特に何も無かったのだろう?ならば特に言う事は無い。今後の旅についても、特に変更は無しだ。」
「ですが…っ!」
あのガナシュが……あの過保護な父親が、こんな反応を返して来るとは……。想定外過ぎる。とてもではないが、ファリヌには信じられない事だった。
その様子を察して、主の斜め後ろに立っていた執事のジェノワーズが、弟子をぴしゃりと叱り付ける。
「ファリヌ!旦那様の決定に不服なのですか?立場を弁えなさい。失礼ですよ。」
「……はい。申し訳ございませんでした。旦那様……。」
諭され、ファリヌは頭を下げた。納得は出来ていないものの、従うしかない。
そんな彼に、ガナシュは早くも尋ねた。
「それで、次の旅先の候補地はどうなった?」
「……はい、すでにいくつか場所を絞っております。」
本当に、何の心配もしていないらしい。
「では、後でまとめたものを持って来てくれ。私の方でも、事前に調査をしたいからね。」
「かしこまりました。」
次にガナシュは、“視線の件”についての説明以外、黙ったままでいるミエルの方へと目を向けた。
「それとミエル。ショコラから聞いていると思うが、近くヴァンロゼ伯爵家の祝いの場に招待されている。当日は特に、念入りに!支度をしてやるように。」
“念入りに”の部分に力を入れ、彼は強く念を押す。
「はい。周りにショコラ様のお姿を強く印象付けるべく、煌びやかに飾り付けるように。――という意味でございますね?」
その返事に、ガナシュはふっと笑った。
「そうだ。分かって来ているじゃないか、ミエル。それなら心配はなさそうだな。今回の主役は、ご子息だからね。その婚約者殿には申し訳ないが、遠慮する必要はない。思い切りやってくれ。」
「はいっ、お任せください!」
……自分は、期待されている!そう思ったミエルは、喜びに打ち震えた。
話が終わると、ミエルとファリヌは揃ってガナシュの部屋を出て行った。
やる気に満ち溢れた彼女と、今一つ不服そうな彼……。二人は、見事に真逆の表情をしていたのだった。
ふう、とジェノワーズは小さく息を吐く。
「申し訳ございません、旦那様。ファリヌの方は、まだ不満そうでございましたね。よろしいのですか?このままで。」
「構わん。それに、警戒心が強いのは、この先むしろ都合がいいだろう。」
そう返すガナシュは、不敵な笑みを浮かべていたのだった。
「――…おかしいと思いませんか?」
廊下を行くファリヌは、思わず歩きながらミエルに声を掛けた。
「シャルトルーズ伯爵といい、旦那様といい――…。危機感があまりにもなさすぎる。」
彼らの普段の思考や言動からすれば、あり得ない事なのに……。
考えれば考えるほど、おかしい。
「うーん……。でも、旦那様の事ですから、何かお考えがあるのでは?」
「……だと、いいのですが。」
どうも腑に落ちないファリヌをよそに、夜は更けて行く――。
翌日。
今日は一日、ゆっくりと休む……事は出来ず。帰って来たばかりだというのに、ショコラは次のための準備を始めなければならなかった。
近々行われるサヴァランのパーティーへ出席するため、身に着ける品々を新調する事になったからだ。頭の先から足の先まで、採寸やら何やらで朝から大忙しである。
「ショコラ様、仕立て屋がいらっしゃいました!」
侍女の一人が報告に来た。彼女たちも皆、バタバタとしている。
「お披露目の時も、ここまではしなかったのに……。今回は、ずいぶんと気合が入っているのね?」
大きな夜会とは違い、今度のパーティーは主にヴァンロゼ伯爵家に所縁のある者たちを集めた、ささやかなものらしい。
ただ、ささやかなとは言っても、ヴァンロゼ家は旧王族の家系である。きっと、それなりの規模ではあるのだろう。
「そうですね。あの時は旦那様の計画の下、十分に目立つよう計算されていたようですから。今回は旦那様がいらっしゃらないので、ショコラ様お一人でも目立つように、とのご指示ですわ。」
それともう一つ――…。支度に力を入れるのには、ショコラについて良くない噂が立っていたためでもあった。
旅に出た彼女が人前から姿を消した事で、社交界には「次期公爵(候補)」として何かあったのではないか?という憶測が飛んでいるのだ。
そこで、思い切り手を掛け着飾らせた姿を見せる――。
公爵家にとって大事な人間であるという事を知らしめるには、それは重要な事だった。
「そう。それじゃあいつも通りミエルたちに任せて、私はお人形さんになっているわね。」
「ふふっかしこまりました。これが終われば、後は一日ゆっくり出来ますからね。」
「本当⁉何をしようかしら……そうだわ、久し振りにお庭の芝生の上でごろごろしたいわ!」
「まあ。ショコラ様ったら……。」
――そして、一連の作業が終わるまでじっと我慢していたショコラは、そこから解放されると宣言通りに庭へ直行する。それからそのまま芝生の上に、ごろりと一人寝転がった。
“公爵になる”と決めてから、毎日忙しく過ごして来た彼女だったが――…。束の間の休息だ。
シャルトルーズでは高熱で一日だけ寝込んだが、あれは療養であって休息ではなかった。
仰向けになって、流れる雲をぼぅっと眺める。吹く風は、シャルトルーズの方が爽やかだったように感じるが……ここのは何だか、落ち着く気がする。
こんなにゆっくりとした時間を過ごしたのは、いつ以来だろう……。
『明日からは、またしばらくお屋敷の中でお勉強の続きをしなくちゃ。それに……サヴァラン様のパーティーが実質、私の次期公爵候補としての初舞台になるのだわ。後ろ盾がいない中でも、一人でしっかりと振る舞わなくては……!』
それからほんのひと時だけ、ショコラは目を閉じた。
コメント
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ショコラが帰宅して家族との再会が本当に温かくて、フィナンシェが硝子細工の髪飾りを涙ぐんで喜ぶ場面にじーんと来ました。「ただの女の子」になれたあの街の自由さと、公爵家の娘としての責任の間で揺れる心情が丁寧に描かれていて好きです。でもガナシュのあの不敵な笑み……妙な視線の報告を軽く流したのには何か裏がありそうで、次のパーティーが不穏ですね。
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秋宮
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