「頼光様! 頼光様! 大変なことになりました!」
 「どうした? 綱」
 水本頼光は夜勤明けで疲れ切った体に鞭打って、渡部綱からの緊迫した様子の電話に出た。
 「今私もニュースで確認したのですが、女子高生が八人も失踪したそうなのです」
 「八人だと?」
 頼光はベッドから跳ね起きると、枕元に置いてあるタブレットですぐに検索した。
 「……詳しい事はまだ分からないのか」
 「マスコミも、とりあえず八人いなくなったということしか把握していないようです」
 「女が八人……」
 頼光はイライラと指でタブレットをコツコツと叩いた。
 「一気にいなくなったのか、それとも……」
 「詳しい情報が出ていないので分かりませんが、学校が隠蔽していた可能性もあります。とりあえず行ってみますか?」
 頼光は勢いよくベッドから立ち上がった。
 「行こう。ただの失踪事件にしてはあまりにも怪しい。須佐殿はどこにいらっしゃる?」
 「既に準備いただいております」
 「よし」
 頼光はタブレットをベッドに放り投げたが、思い直してもう一度拾い上げた。
 「場所はどこだ」
 「東京です」
 「東京だと?」
 頼光はうんざりした様子で時計を見上げた。
 「ちょっと遠いな……」
「……運命の出会いって、どんな出会いだと思う?」
 「きっとあれだよ、相手の顔を見た瞬間に分かるんだよ。この人だ! って」
 「そんな出会い本当にあるのかな?」
 「ないない。こっちが勝手にそう思ったって、向こうがそう思わなかったらただの一方的な勘違いじゃない」
 「きっとほとんどないからみんな憧れるんだよ……」
 自分の席に突っ伏して半分眠りながら、武尊はそんな女子の会話を無意識に聞いていた。
 (顔を見た瞬間分かるって、それ顔しか分かんないじゃん。相手の性格もわからないのに勝手に運命とか勘違いしてたら大変な事になるぞ……)
 そんな現実的なことを一人で考えていると、親友の清次が教室に入ってきた。
 「おはよう武尊」
 「おはよう」
 突っ伏した机から顔も上げず、武尊は片手を上げるだけで清次の挨拶に応えた。清次は武尊の前の席に腰掛けると、体を回して後ろの席の武尊に向き合った。
 「ビッグニュースが二つあるんだ」
 「何?」
 「うちのクラスの女子たち、行方不明で全国ニュースになってるんだ」
 「何だよ、それくらい知ってる」
 武尊は気だるそうに机から起き上がった。
 「あいつらが失踪するのなんて今に始まった事じゃないのに」
 「でもニュースになったのは初めてだ。今回はマジでやばいんじゃない?」
 清次は片肘をついてはあっとため息を吐いた。
 「吉沢さんとか、大丈夫かな」
 「何で吉沢が気になるんだよ?」
 「ええっ? 武尊は心配じゃないの?」
 「別に俺は誰も心配してないよ。どうせまた何事もなかったかのようにふらっと帰ってくるって。お前は吉沢だけ心配なのかよ?」
 「嫌だなあ。僕は武尊と違って博愛主義者だからね。みんな心配だけど、可愛い子は特に気になるじゃん」
 「可愛い子?」
 武尊は、マスカラに縁取られた黒い目元と、高校生には不釣り合いに紅い唇を思い浮かべた。
 「清次はあんなのがタイプなのか?」
 「あんなのって、クラスで人気ナンバーワンだよ」
 「吉沢ってホストクラブに出入りしてるって聞いたけど」
 「え! どういうこと?」
 驚いた清次が机に付いていた肘を滑らせ、顎が机に激突した。
 「いたた……そんなことある?」
 「さあ。でもこないだ掃除当番で一緒になった時、聞いてもないのに自分からペラペラ喋ってたよ。元々彼女が働いてたクラブでホストと知り合ったとか何とか……」
 「クラブで働いてたの? 未成年なのに?」
 「知るもんか。モテる女アピールしたかっただけかも。どっちにしろ俺はああいうタイプの人間は好きじゃないな」
 他人事だと言わんばかりに、武尊はつまらなそうに欠伸をしてうーんと大きく伸びをした。そんな武尊を清次は不満気にじろりと睨んだ。
 「じゃあ聞くけど、武尊はどんな子がタイプなのさ」
 「そりゃ大和撫子だよ。品があって落ち着いていて男を立てる、気立の優しい穏やかな女性」
 「うわ……武尊って意外と古風っていうか、亭主関白タイプだったのか。そんな子うちのクラスにいたっけ?」
 「いないね。 それより二つ目のニュースは?」
 清次は自分の座っている椅子の背をバシバシ叩いた。
 「昨日まで空いていたここの席が今日から埋まるぜ」
 「転校生?」
 清次はにやりと肯定の笑みを浮かべた。
 「さっき職員室の前を通った時、稲田先生が知らない生徒に説明してるのが聞こえたんだ。席は大山君の前だからって聞こえたから間違いないよ」
 「大和撫子だった?」
 「いいや、男だった」
 「なんだよ、もう」
 清次は憐れむように武尊の肩をぽんぽんと叩いた。
 「武尊、お前は理想が高すぎるんだ。かなりモテる方なんだから、もうちょっと守備範囲を広げる度量を持て。そうすれば彼女なんか一瞬でできる」
 「いや、誰が彼女が欲しいなんて言ったよ?」
 別に彼女が欲しくないわけではなかったが、付き合いたい人がいるわけでもなかった。
 (可愛いとか、綺麗だとか、いい子だとか思っても、じゃあその子とどうこうしたいのかと言われると……)
 そこまでの情熱が沸いたことが無いので、自分から告白したこともなければ、受けた告白をオーケーしたこともなかった。
 「そんなんだから万年ぼっちなんだぞ」
 「いや、人の心配してないで自分の心配しろよな」
 二人が小突き合いを始めた時、キーンコーンカーンコーンとホームルームを告げるチャイムが鳴った。清次が慌てて自分の席に駆け戻る。教室中に散らばっていた生徒たちが自分の席に座ると、空いている九つの席がやはり目立った。武尊の前の席は元々空いていたが、それ以外の空白は教室に不自然な歪みをもたらしているようだった。
 やがて、二人の人間の靴音が廊下に響き、教室の戸がガラリと開いて、担任の稲田先生が転校生を伴って入ってきた。
 (失踪中の不良生徒より、俺は先生の方がよっぽど心配だけど)
 元々細くて華奢な印象の女性だったが、ここ最近はさらに頬が痩けて青白くなり、ほとんど病人に見えた。
 (問題ばっか起こす生徒たちの担任なんか持たされて、先生も大変なんだろうな……)
 「……ええっと、皆さん。今日は転校生を紹介しますね」
 先生が転校生の名前を書くのにくるりと背中を向けて黒板に向き合うと、教室中の視線が一斉に転校生に集中する。前の方の女子生徒たちが、興奮気味に目配せしあっているのが見えた。
 色素の薄い、柔らかそうな髪がさらりと少し長く、色白で中性的な綺麗な顔立ちだったが、身長は武尊と同じくらい高そうに見える。体つきもしっかりしていて、かなり女子ウケしそうな男子高校生だ。
 (よかった。こいつのおかげで鬱陶しい女子が俺に絡まなくなるかな)
 この美男子をもっとよく見ようと姿勢を正して首を伸ばした時、彼が目を上げて茶色い瞳と目が合った。
 「島根県から引っ越してきた、武田大和君です」
 次の瞬間、雷に打たれたような衝撃が武尊の脳天を突き抜けて全身に走った。








