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花月夜れん
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自転車和尚
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羽海汐遠
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ゆい
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巨躯が鉄球を振り回しながら、高く飛び跳ねた。
(あの爺さん……真正面からの戦いを挑めば、小回りが利く分あっちが上手だ。とんでもねえ膂力に感じたが、さてどう出てくる?)
警戒。即座には突っ込まない。まずは様子見────。
「のんびりしている場合かね」
「あんた、いつの間に俺の背中に……!」
アルバートは、飛び上がった瞬間にはドルハダスのローブを掴んで背後に回り、そのまま彼よりも高い場所を飛んでから空を蹴って背中に乗っていた。
「少し勘違いしているようだが、二分も遊んでもらえるのは君だ」
背中に打ち込まれた掌底から伝わる衝撃がドルハダスを地面に叩き落す。 そのまま追撃に向かうが、態勢を立て直すまでが早いと判断すると軌道を変えた。着地を狙った鉄球は受け流して、伸びてきた鎖の距離から逆算して範囲の外へ。
「年寄りだと思ってナメてたのが悪かったな。イテテ、顎に響いたぜ」
鉄球を引っ張って手に戻し、片手で顎をさする。アルバートを少しばかり強い老人だと決めつけていたが、あれは歴戦の猛者だと認識を改める。
「なるほどな。特別な身体強化でもしてるのかと思ったが、あんたさてはあれだな。衝撃を操ってるだけだ。触れた瞬間、相手の防御を無視して貫通する。そうやって何人もぶちのめしてきたんだろ?」
ドルハダスの指摘にアルバートがフフッと堪え切れずに声を出す。
「見抜くまでが早いよ、ショーは時間を掛けた方が面白いぞ」
「悪ぃな、俺はサーカスを見に来たわけじゃねえんだ」
突然のことだった。ドルハダスは真正面から突っ込んだ。鎖を極端に短く持って、鉄球で殴りかかろうとする。それはアルバートにとって好機。触れれば確実にダメージを通せる隙でもある。────だが、避けた。
「どうした、爺さん。わざわざ突っ込んでやったのに」
「……それはすまんね。老人になると判断力が鈍くなるときもある」
互いにじりじりと距離を詰める。どちらが先に仕掛けるか。動作だけではない、呼吸ひとつまでも先を読んで相手を出し抜かねばならない。
(あの魔族はさっき、私との衝突を避けたはずだ。なのに、二度目は自分から突っ込んできた。こちらのやり口を看破しているにも関わらず……見たことがない。理性が働く者なら、逆を選ぶ。私の攻撃をカウンターしようとする。だが、あれはなんだ。なぜ突っ込んできた?)
自分の勢いが足下から消えていくのが分かる。アルバートは初撃の際には互角と見ていた戦いを、今は不利な状況だと冷や汗を滲ませた。初めての敗北を知る瞬間があるやもしれないと息を呑んだ。
「どうした爺さん。あと数十秒しかないぜ、オイ!」
またしてもドルハダスは鉄球を持って突っ込んだ。常軌を逸した自殺行為。何か理屈があるのだとしても、理解が遠く及ばなければ対策のしようがない。何を狙っているかを知るためにはリスクを冒すしかないだろう、とアルバートも決心を固めて、真正面から堂々と迎え撃とうとする。
(鉄球を短く持つということは、私の衝撃を腕がもろに喰らう。半歩躱して、側面から打つ。それが最も最善────!?)
既に移した行動は止められない。ゆえに、ドルハダスがニヤッと笑った瞬間を目撃したとき、自分が何か大きな失敗を犯したと直感が過った。
「ぬるい世界で生きてきたな、爺さんよ」
拳で触れようとした鉄球は高い位置でびたっ、と制止する。最初から鉄球か、あるいは腕を狙わせるつもりだった。その通りにアルバートは空を突く。
鉄球はその瞬間に振り下ろされた。どれだけ鍛えていても人間の細腕はドルハダスにとって脆い細枝そのものだ。床が爆音と共に叩き割れ、老人の腕は形も残らない。身体も引っ張られて叩きつけられた一瞬だけ、意識が飛ぶ。
刹那であろうとも隙は隙。すかさず強い蹴りがアルバートを飛ばす。
「……オイオイオイ、爺さん。もう立たない方がいいんじゃねえか」
「さてね。老いぼれは感覚が鈍くなっていてな。まだ戦えると判断した」
片腕を失ってもたちあがり、構えを取った。ドルハダスもさすがに常軌を逸した人間の精神を見て「最高に狂ってるぜ、あんた」と本気で讃えた。
しかし、二分は二分。時間が過ぎるとドルハダスは大あくびをする。
「もう魔物共の鳴き声も人間の絶叫も聞こえねえ。退屈になっちまった」
「それは戦意喪失という意味かね?」
「阿呆が。十分に警告はできたって話だ」
ドルハダスは既に勝ち誇った顔をして、視線をシレントに移す。
「お前が望む共存ってのはな、シレント。全員には響かねえ。ルアリがそうしたように、遅かれ早かれ戦争は起きた。だから俺が起こした。そうなったとき、お前はまだ対話なんざしようと思えるか? 人間共を説得して?」
くくくっ、と喉を鳴らして、彼の夢を踏みつけるように言葉は続く。
「まともに話し合う機会は五百年前にあんたらが捨てたものさ。それを拾おうってんなら、これくらいの代償はあって然るべきだ。そのうえで、まだ対話ができると本気で信じているなら他の連中を説得してから来な。ゼロは少なくとも、まだ半年は動けねえ。……タイムリミットを迎えるまで、後は高みの見物だ」
鎖を腕に巻き、鉄球を肩に担ぐ。
話すべきことは既に済んだ、とドルハダスは戦闘を放棄して立ち去った。
シレントは何も言葉を返すことはなかった。
「シレントさん……あの、」
傍にいたルルが、シャーロットとレアナの治療を終えて話しかけた。
「落ち込んでる場合じゃないわ。はやくアルバートさんを治療しないと」
「あ、ああ……。ごめん、気弱になってしまって」
レアナとシャーロットをその場に寝かせ、座り込んでいるアルバートの傍へ駆け寄った。片腕は肩から完全に潰されており、滝のように血を流していながら、彼は平然と笑顔を浮かべた。青白くもなっていなかった。
「やあ、なんとか生き残ったね。まさか片腕を持っていかれるとは」
「今すぐ止血するわ、ちょっと待って」
ルルが魔法を使って治療する間、シレントは膝を突いて座って待った。
「……僕は間違ってるのかな、アルバートさん。彼らと共存ができるはずだと信じてたのに、もう二度も目の前でぶち壊された」
愚痴を零すシレントに、アルバートは闘技場から見える遠い空を眺めた。
「私にも分からんよ。だが、あれほどの強さを持つ者を看過はできまい。話し合いで解決できるなら、その方が被害は減ると思うがね。だが、魔族以上に人間は数が多く思想が枝分かれしているから、なかなか簡単には行かないだろう」
疲れた息を漏らして、ぐらっと体を前に傾けて脱力する。アルバートは強敵の存在が嬉しいながらも、あっさりと打ち破られた自分の甘さに打ちのめされた。
「今はただ、葉巻が恋しいよ。部屋に戻って休みたい気分だ」