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よき
「ジミナ?」
最近、ジムでよく会うなとは思っていた。しかし、2回目の森でもトレーニングを欠かさない自分と同じくらいのめり込んでいるようには見えなかった。だから、こうしてこの場所で会うのは意外だった。
「随分熱心だな。」
「あ、ナムジュニヒョン。ふふ…ヒョンの方こそ。…っていうか、ここに来ればヒョンがいるかなって思って。」
そう言って小首を傾げる様子は、ウリ長男とはまた別の可愛さだ。前者が全く無自覚な天然だとするなら、後者は計算され尽くした作品だ。計算と言うとネガティブに聞こえるかもしれないが、その裏にある努力のいじらしさも含めて、俺にはどちらもひどく魅力的に見える。いや、それこそが計算なのかもしれないが。
「そんなこと言ったって何も出ないぞ。」
「なにそれ〜。本当のことなのに。」
プクッと膨らませた頬は昔に比べたらずっとスッキリしているが、それでもお餅のように柔らかそうだ。
「ジミナ、寂しいのか?」
腹筋をしながら、そちらを見ないままでそう尋ねると、小さくヒュッと息を飲む音がした。その直後、座っている俺を跨ぐようにしてグッと顔を近づけてきたジミンは、俺の目の前で妖艶に笑った。
「そういう意地悪言うんだ?ヒョン。それなら僕も意地悪するけど?」
気づけば首の後ろに両腕を回され、唇をペロリと舐められる。
「おい。」
慌ててその華奢な身体を引き離して、辺りを見回す。
「大丈夫。カメラなら切ってありますから。」
可笑しそうにそう言うジミンは、もういつもの無邪気な弟の顔に戻っていた。
「ヒョンだって寂しいくせに。部屋を変わりたかったのだって…」
「やめろ。」
「はーい。」
ジミンは、わざとらしく肩をすくめると、ふっと真顔になった。
「やっぱりヒョンは僕にしとけばいいのに。僕だって…」
「俺にしとけばいいのにって?そんなことあり得ないって、おまえもよくわかってるだろう?」
「どうかな…わからないよ、人の気持ちなんて、いつどうなるか…」
ジミンはそう呟くと、「ま、いいや。じゃあね、ヒョン。」とジムを出て行った。
ジミンと一度だけ肌を重ねたのは、もう随分前のことだ。人の気持ちに敏いジミンには、俺が稚拙に隠した恋心など筒抜けだった。
一方のジミンの恋心には、当然のことながらその時まで俺は全く気がついていなかった。
お互いの想い人が、昔からの長兄とマンネの強い絆を無自覚に見せつける度に、俺たちは少しずつ、身を焦がすような嫉妬と焦りに蝕まれていった。
誘ったのはジミンの方だ。でも、それを突っぱねずに受け入れたのは俺だ。兄として、リーダーとして諭すこともできたのに、目の前の快楽に溺れることで自分のちっぽけさを忘れたかった。
いや、何よりその夜のジミンは、ただ一人の弟への想いにかき乱されて壊れそうなくらい儚く、美しかった。
お互いが目の前にいない誰かを思い浮かべながら、それでも身体だけは正直に反応しあい、貪りあった。何も生み出さない関係。それでも、その前も後もジミンは俺の大事な弟に変わりなかった。
その後、いくつかの季節を経て、俺たちの想いがそれぞれの想い人に届いたのは奇跡みたいだ。
しかし、俺たちが愛した相手は俺たち以外にも愛情深く、愛され上手だ。
彼らの愛情には色々な形があって、その愛が自分だけのものではないと知っていても、「唯一」になりたがる強欲さでは俺たちはやはりよく似ていた。
だから想いが通じたその後も、ジミンは寂しさを癒やすために、今日みたいに時々俺のところにやってきた。
この森で、ジミンからマンネの愛を奪っているのは可愛い愛犬だ。彼のために早寝早起きのあいつと、夜更しのジミンはどうしてもすれ違いがちになる。
ここでのあいつは、多分、同じように早起きの上の兄たちと過ごす時間の方がずっと長いだろう。
上の兄たち。
初日の部屋割の後、個室とはいえ共有リビングのある同じ建物に向かう長兄と次兄の後ろ姿が、やけに遠くに感じられた。
元々生活のリズムも休日の過ごし方も違う長兄とは、前回の森でもほとんど一緒に過ごすことがなかった。
今回もまたそうなることは予想していたのに、いざ目の前で寄り添う元ルームメイトを見れば、やっぱり心がザワザワする。
初日の晩は壁を隔てて隣棟で過ごす二人を思い浮べてどうしても寝付けず、ジミンに泣きついて、二人から一番遠いジミンの部屋と交換してもらった。
だから、「ヒョンだって寂しいくせに」と言ったジミンの言葉は全く正しかった。
結局森にいる間、読書をしている傍らに、トレーニングの場に、一人でカラオケをしている所にジミンは現れたし、俺は大雨の中での足球に迷うことなくジミンを誘った。そうやって、お互いの寂しさを紛らせる狡さにお互いが気づきながら、それなしにはこれをやり過ごすことができそうになかった。
そんな森での休暇も、いよいよ最後の夕食の時間になると終わるのが少し寂しくなる。アルコールも入って饒舌なメンバーとの語り合いは、やっぱり楽しい。
食事の時くらいしかゆっくり顔を見られない長兄も随分ご機嫌で、俺はテーブルを挟んだ向かい側で、その顔をチラチラと盗み見た。すると、いつもはこちらからの一方的な視線なのに、今夜はやけに目が合う。しかもそれだけではなくて、珍しく自分から俺の話題を振ってきた。
「ナムジュンが、こうやって意味なく過ごしていいんでしょうかって言うんだよ。」
それは昨日、少しだけ二人になれた時に俺がヒョンに漏らした言葉だった。そんな話を持ち出せば、下手をすればメンバーに囃し立てられかねないのに、照れ屋のこの人にしては珍しいな。
それでもこの4日間、なかなか独占できなかったその優しい眼差しが、今はまっすぐに自分だけに向けられているのを感じて悪い気はしない。
ジンヒョンが、
「僕は、こんな過ごし方でいいのかって情けないって思うことが本当の休息だと思うんだよ。」
と言えば、俺はすかさずそれに答える。
「こういう人と一緒にいるべきなんだよ。同じような人間同士だと一緒にしんどくなるから。」
するとヒョンは我が意を得たりという顔で
「ナムジュニと僕が半分ずつ混ざったらいいね。僕も休んでる時にナムジュニは何してるのかなって考えるよ。それで作業しなくちゃって思うんだ。」
俺の弱さも肯定して包み込む、ヒョンの思いがけない言葉がくすぐったくて、周りにメンバーがいても二人だけで向かいあっているみたいだった。窓ガラスには、嬉しそうに目を細める自分が映っていた。
食後はみんなで一つのところに集まってゲームに興じた。俺もジンヒョンのすぐそばで、機嫌良く勝ち上がっていくヒョンを見るのは楽しかった。
ふと気になってジミンを見ると、あの子も目を細めてケラケラと楽しそうで、なんとなくホッとした。
何があったわけでもないのに不思議と満たされた気がして、俺は部屋に戻ると森での最後の夜を一人で楽しんだ。
その時、
ヒュ〜、バチバチバチ
外から花火が上がる音が聞こえてきた。本から顔を上げて立ち上がり窓を開けると、夜空を照らす花火と、歓声を上げるホビとジミンが見える。
こちらに気づいて「ナムジュニヒョン〜!」と両手を振るジミンに手を振り返す。すると、見上げていたジミンが急に動きを止めてニッと笑ってサムズアップしたかと思うと、踵を返して走り去って行った。
「え?」
と呟いたのと、後ろから、毎晩焦がれた甘い声が聞こえるのが同時だった。
「今回は随分ジミニと仲いいじゃないか、ナムジュナ〜」
頬をプックリとさせて拗ねて見せるジンヒョンは、それでも目は優しく笑っていた。
「一緒にいるべきだって言われたから来たよ。僕ら、半分同士だろ。」
そう言って一歩こちらに近づいて、俺の服の裾を握りながら耳を真っ赤に染めたヒョンを、俺はゆっくり抱き寄せると、その柔らかな髪に森で初めてのキスを落とした。
翌朝、今更ながら照れくさくてぶっきらぼうになる俺に、ヒョンはチャンチグクスを作ってくれた。「旨い」と食べる俺を嬉しそうに見つめる眼差しがくすぐったい。
二人で他愛のない話をしていると、こちらに向かって歩いてくるジョングクが見える。毎朝欠かさず早起きをしていたあいつが、こんな時間に盛大な寝癖をつけて今起きたという顔をしているのを見て、俺は昨夜あれからジミンがどこに行ったのかを悟った。
「今年一番ブサイクだな、グガ。」
あいつが、俺の言葉に込められた揶揄いの色に気づいたかどうかはわからない。でも、少しだけ頬を染めて俯いたグギの顔は、どんな言葉よりも雄弁だった。